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 団長さんを見送った後、庭を走って軽く汗をかいた私が屋敷に戻るとギルマスが玄関にいた。え?随分、早い時間に来たけど何事かしら?

「ルーシー!」

 私に気付いたギルマスが不機嫌さを隠しもせずに近付いてくる。思わず後退りしていると両肩をガシッと掴まれた。

「お前、ベアーに襲われたのか?」

「ベアー?襲われ……あぁ、あの大きな体で暴れたハンターの事かしら?」

 私の言葉に大きく頷いたギルマスが、今朝そのハンターが治療院で私を出せって大暴れして入口のドアを壊したと言った。あら、懲りずにまた来たの。

「アイツはお前を襲うつもりだった」

「……あぁ、俺の女になれとか言ってたわね。後、空き部屋に引き摺り込もうとしたり」

「何故、報告しなかった」

「あら、報告がいるの?ごめんなさい。余りにも弱いから気にもしてなかったわ」

「弱いってお前」

「だって、一撃で気絶したのよ。直ぐに彼の事は忘れちゃったわ」

 一撃で気絶したと聞いてギルマスはやっと肩から手を放してくれた。ハンター同士の私闘は禁止だって言われたけど……

「正当防衛でしょう」

「だがヤツは諦めて無かったんだぞ」

 ギルマスの言葉に驚いて目を丸くしていると、団長さんが剣を突き付けて止めたと聞かされ言葉が出なくなった。

「ヤツは俺の顔みて止まったが、言い訳を聞いたマークがキレてな。殺気を飛ばされて気絶した」

 団長さんがキレたと聞いて、更に驚いている私を置き去りにギルマスはそのまま話を進めていく。え?そんなに怒ることかしら?

「治療院の方からは何も連絡が来てなかったのは、お前が誰にも言わなかったんだな?」

「そうよ。腕を掴まれた後、顎をかち上げて気絶させて空き部屋に放置したもの」

 ギルマスは大きく息を吐き出すと、乱暴に私の頭を撫で回した。

「痛いわ。放してよ」

「全く、マークからもお説教されるの覚悟しておけ」

「何でよ」

 団長さんからのお説教と聞いて納得の出来ない私は、腕を組ながらギルマスを睨んだ。私は悪くないのにお説教はないんじゃないかしら。

「お前なぁ、もっと危機感を持て。襲われて手篭めにされたら一生の傷になるぞ」

「あんな弱い相手に、それはないわよ」

「馬鹿野郎!ヤツの持ち物から睡眠薬と媚薬が出てきた。薬を使われたらお仕舞いだろうが!!」

 “薬”と聞いて私はやっとギルマス達が慌てる理由を理解した。相手が弱くても薬を使って自由を奪われたら何も出来ない。言われて初めてその事に気付いた私は、体が震えて血の気が引いた。意識があれば解毒魔法が使えるけど、意識を失えば……抵抗出来ない。

「やっと分かったか……この馬鹿」

「ごめんなさい」

 素直に謝るとギルマスは、次からは必ず報告するようにと何度も釘を刺してから帰って行った。はぁ、朝からなんか疲れたわ。そろそろ朝食の仕度もしなくちゃ。
 一度、部屋に戻りシャワーを浴びてさっぱりしてから兄妹を起こすと、朝食を食べさせ護衛の人が迎えに来たので学校へ送り出した。
 出勤したナタリーさんに台所の片付けをお願いして、洗濯物を干すと一人で書斎に籠った。
 “薬”と聞いて解毒魔法と状態回復の違いや使い分けの書かれた本を読み漁った。ベアーが考えつくならダイだって気付くはずよね。私はもっと警戒しないといけないわ。

 時間も気にせず読み耽っていると、一つのページに手が止まった。その本の研究者は自分で媚薬を試した結果、解毒だけでは効果に変化は無かったと書いてあった。
 媚薬は解毒と状態回復の両方がいるの?自分で試すって……この研究者正気を疑うわね。解毒と回復の両方が使えるのは聖女・回復系を極めた僧侶と上級治療師。確かにこの職種の人は、忙しいし数も少ないから研究されていないのかも……

「ルーシー」

 名前を呼ばれて顔を上げると、腕を組んで眉間に皺を寄せ不機嫌さを隠しもしない団長さんが部屋の入口に立っていた。

「……お帰りなさい」

「……」

 気まずい雰囲気の中、無言で目の前まで歩いて来た彼は何かを堪える様に息を吐くと、椅子に座る私と目線を合わせる様に膝をついて屈んだ。

「メイソンから聞いた。ベアーを一撃で仕留めたらしいな」

「えぇ、そうよ」

「その後、何故、放置した?」

「もう来ないと思ったのよ」

 団長さんの責める様な眼差しから逃げる様に、後ろに下がろうとしたら本の上に置いていた両手を掴まれた動けなくなる。

「世の中には常識が通じない相手がいる。ベアーもその一人だ。取り調べで負けたのは偶然だ、自分の方が強いと叫んでいた」

 団長さんから聞かされたベアーの言い訳に驚いていると、私の手が痛いくらい彼の手に力が入った。

「君はもっと人に頼るべきだ。院長だってメイソンだって君を心配している」

「……ごめんなさい……」

 素直に謝ると団長さんは小さなため息を吐いて手を放してくれた。温もりが離れた事が寂しいと感じる自分に驚いていると、団長さんが本を指さした。

「それは?」

「ギルマスからベアーが薬を持っていたと聞いたから、解毒魔法で何処まで効果があるのか調べていたのよ」

「媚薬には解毒魔法が効かない?そうなのか?」

「治療院にも、この手の患者は来ないから分からないわ」

 団長さんも初めて知った様で顎に手を添えて首を傾げている。うん?ちょっと待って。この書斎の本は団長さんのものじゃないのかしら?

「自分の書斎の本を読んでいないのかしら?」

「……あぁ、これは読書家の祖父が集めた物だ。父も俺も興味が無いし使えないから、回復や解毒関係書籍は全く読んでいないな」

 頭を掻きながら視線を反らす団長さんは、悪いことして怒られる子供の様な表情をしている。そんな彼を見ていると、緊張の糸が緩んで自然と笑顔が浮かんだ。

「勿体ないわね。治療師を目指す人は喉から手が出るほど欲しがる本よ」

「そうなのか?それなら治療院に寄付して皆で読める様にするのも良いな」

 団長さんの提案を聞いて院長が涙を流して喜ぶ姿が目に浮かび、思わず笑い声が漏れた。

「どうした?」

 急に笑い出した私を団長さんが不思議そうに見ている。団長さんが首を傾げる姿に更に笑いが込み上げる。

「きっと院長が泣いて喜ぶわよ」

「……それは……想像したくなかった」

 眉間に皺を寄せる団長さんが面白くて、私は目に涙を浮かべながら笑っていた。笑いの止まらない私を困った様な表情で見ている団長さんの目は、優しく温かくで何時までその目を見ていたいと思った。


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