上 下
4 / 59

しおりを挟む

「おはよう、団長さん」

「……あぁ、おはよう。ルーシー」

 ……何この人。会って二日目で呼び捨て?急に何なのよ。馴れ馴れしわね。

「どうした?」

「別に」

 昨日との態度の違いを考えていた私は黙り込んでいたみたいね。どうしたと言われても貴方のせいよ。脈、血圧異常無しと。

「腕と腹部の傷を見るからに服を脱いで頂戴」

「腹部?」

「内臓破裂よ。それも覚えていないの?」

 腹部の傷を自覚していない事に驚いて尋ねると、片手を顎に添えて目を閉じ少し考える仕草をした。……睫毛長いわ……羨ましい。って今は仕事に集中、集中。

「……いや、何か大きな塊が飛んできて当たったが……岩の様だったが……何か違和感が……」

「違和感?」

「あぁ、違和感……そうだ、音がしなかった」

 団長さんが言うには岩が離れた所から飛んできているなら、風を切る音が聞こえたはずだと言う。確かに何も聞こえないのは逆に不自然ね。それも書類に書いてと……あっ!

「そうそう、午後からのリハビリなんだけど」

「何か?」

「家の弟の相手をして欲しいの」

 驚く団長さんに夕べ弟から聞いた話を伝えると、大きく頷いて了承してくれた。第三者の視点は大事らしい。

「まだ幼いのに確りした弟だな」

「そうね。苦労した分、同い年より大人かもね……それじゃあ、昼食後にまた来るわ」

 団長さんの部屋を後にして他の患者の部屋を見回りする。今日で退院の人やお見舞いの家族に挨拶しながら診察処置室に向かった。さぁて、今日もお仕事頑張りますか!

「ルーシー、待ってたぞ」

「院長、おはようございます」

 私の診察処置室の前で待ち構えていたのは院長。慌てた様子で私に駆け寄ると来客を告げた。来客?今から診察なのに?そう思って不満を告げると団長さんの関係者だから私が行かないと困るらしい。それは、それは。騎士団の関係者って事は貴族様?あー嫌だわ。考えただけで憂鬱だわ。

 ため息を吐きながら向かったのは貴族が来た時に使う貴賓室。頑丈なドアを前に気合いを入れた。

「失礼します。ルーシー、参りました」

「入ってくれ」

 ドアをノックして名前を言えば中から入室の許可が降りる。中から聞こえた男性の声は昨日の部下とは違う声だった。
 静かにドアを開けて中に入ると、国王陛下と昨日の部下さん。そして、顔の腫れた少年が居た。……ナニこのカオス。今すぐ帰りたいわ。そう思っても帰る訳にはいかず、断りを入れてから向かいの椅子に座ると急に国王陛下が頭を下げた。

「この度は団長の命を救って頂き感謝する」

「いえ、仕事ですのでお気になさらずに」

「いや、今回の件は息子が悪い」

 陛下から聞いた説明では好奇心で森に行ったが怖くなって彼を置いて行ったらしい。このクソガキ。また嘘を重ねて誤魔化す気ね。

「私の所見では魔物ではなく、人間にしかも不意打ちで襲撃された傷でしたが?」

「なんと言う事だ……他にも何かあるかね?」

「あります。内臓破裂する程の大きな岩が飛んできた様ですが、団長さんが言うには風を切る音がしなかったと」

「……音がしなかった……」

「はい、この事から相手は複数で襲撃したと考えるのが適当かと」

 うむっと言った陛下がクソガキを睨む。私に視線を向けていた時の優しさは消え、見ているだけで震える様な威厳と厳しさを感じた。

「貴様はまだ事の重大さを気付かず嘘を並べるか」

「ち、父上……違い!違うんです!!」

 陛下の視線を正面から受けたクソガキは震えて涙目になりなが必死に言い訳を並べた。

一つ、団長が王子である自分の言うことを聞かないのが悪い。
二つ、団長が城に来れない様にしたかっただけで、こんな大騒ぎになると思わなかった。
三つ、平民の私の診察は大袈裟で嘘をついている可能性がある。


「……上級治療師の私の診断を誤診と言うの?」

「じ、上級って平民がそんな魔力を持つ分けないじゃないか!嘘つきめ!金が欲しくて大袈裟に言ってるだけだろう!!」

 あーダメだ。我慢出来ない。怒りに魔力が溢れだし部屋の温度が下がり始める。ダメよ、ダメ。陛下を巻き込んじゃうわ。抑え……られないわね……
 ユラユラと魔力が体から溢れだし髪と瞳の色がブラウンからルビーに変わり始める。その変化に部屋に居た全員が息を飲んだ。

「ひっ!ば、化け物!!」

 王子の一言でブツッと頭の中の何が切れた音がした次の瞬間には、王子の胸ぐらを掴んで持ち上げていた。

「私はね、貴族が大嫌いなの。私達の両親を魔道馬車で跳ねて殺した貴族が大嫌い……でもね、患者は関係ないし全力で治療するわ……貴方みたいなクソガキでも……治療はするわ。治療はね」

 溢れ出した魔力で私の髪と瞳の色が全て真っ赤に変わると、王子は恐怖で失禁した。ポタポタと足元に水溜まりが出来ていたけど、腹の虫が治まらない。こんな傲慢なクソガキが将来、国のトップだなんて最悪ね。

「事故を起こした貴族がいるのか?」

 陛下からの質問を無視する訳にもいかず、王子を床に投げると陛下を真っ直ぐに見詰め返して答えた。

「……おります。もう……五年前でしょうか。私の目の前で両親は亡くなりました」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

夫婦で異世界に召喚されました。夫とすぐに離婚して、私は人生をやり直します

もぐすけ
ファンタジー
 私はサトウエリカ。中学生の息子を持つアラフォーママだ。  子育てがひと段落ついて、結婚生活に嫌気がさしていたところ、夫婦揃って異世界に召喚されてしまった。  私はすぐに夫と離婚し、異世界で第二の人生を楽しむことにした。  

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

婚約破棄されたポンコツ魔法使い令嬢は今日も元気です!

シマ
ファンタジー
私、ルナ・ニールセン子爵令嬢。私は魔力が強い事で目を付けられ、格上のフォーラス侯爵家・長男ハリソン様と強引に婚約させられた。 ところが魔法を学ぶ学園に入学したけど、全く魔法が使えない。魔方陣は浮かぶのに魔法が発動せずに消えてしまう。練習すれば大丈夫と言われて、早三年。いまだに魔法が使えない私は“ポンコツ魔法使い”と呼ばれていた。 魔法が使えない事を不満に思っていた婚約者は、遂に我慢の限界がきたらしい。 「お前の有責で婚約は破棄する!」 そう大きな声で叫ばれて美女と何処かへ行ったハリソン様。 あの、ここ陛下主催の建国記念の大舞踏会なんですけど?いくら不満だったからってこんな所で破棄を言わなくても良いじゃない! その結果、騎士団が調査する事に。 そこで明らかになったのは侯爵様が私に掛けた呪い。 え?私、自分の魔力を盗まれてたの?婚約者は魔力が弱いから私から奪っていた!? 呪いを完全に解き魔法を学ぶ為に龍人の村でお世話になる事になった私。 呪いが解けたら魔力が強すぎて使いこなせません。 ……どうしよう。 追記 年齢を間違えていたので修正と統一しました。 ルナー15歳、サイオスー23歳 8歳差の兄妹です。

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

処理中です...