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#2 Operation Skyblue
ep.13 引継ぎ
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山岳地帯から緩やかな丘陵に降り、畑と民家がまばらに見え始める。このあたりはミスティリア領だ。姉ミストの名前が付けられたとおり、彼女に与えられていた領土であった。
この地域を一言で表すなら田舎である。帝都から近いという位置関係にあるのに、大きな川と山脈に挟まれて、移動手段が少なく、少し前まで物流の動きが極わずかだった。
――だから、お姉さまが線路をひかせたのよね。
そのおかげでこの周辺の町に活気が出た。しかし、今、メリーの乗っている列車のように燃料の補給だけに立ち寄る駅になってしまったら?
寂れた田舎に逆戻りだ。
カートの理想はそんな町でも、都会並とはいわないが、物資や情報に困らないようにしたいというものだ。無論、それが輸送物資の調整権をもつトランスポーターの役目である。
線路をひくだけでこの地方は変わった。
田舎に線路を引く価値がないと判断した帝国陸運に対して、ミストは自分の領地まで線路を引き、ゆくゆくはファイナリアとつなぎたいと発言した。それがこの結果だ。
ロイヤルブルーの発言を重視し、渋々だが線路が引かれたのだ。
はっと、メリーは閃いた。
――私が決まりをつくればいいんだわ。
リュミエールを助け、革命政府を退けて、私もお姉さまも安心して居られる場所をつくって、トランスポーター制の矛盾を解決する。そうすれば、世の中が変えることができるかもしれない。
――カートを知ってる私なら、絶対いい方向に変えられる。
財団が皇族を利用するつもりなら、こちらもせいぜい使ってやろう。
私はほかの誰でもない、ロイヤルブルーである。すべての人がひれふしたこの血を利用するつもりならばやってみるがいい。
だが、このままではだめだ。
たった一人では動くことすらできない。
……カートがいるじゃないか。
つっけんどんにされたことも忘れて、またメリーは会いに行く。今度は休憩中であった。年上の作業員と談笑しているのが扉越しに見えた。
メリーの姿に気づくと、彼は厳しい顔つきになった。
「なんだ?」
「なんだってなによ。私がせっかくいい話をもってきたっていうのに」
「あいにく間に合ってるよ」
すぐに踵を返そうとする。
「なによ、その態度! このままトランスポーターをやめちゃう気? 私ならそれを変えられるっていうのに!」
「なに馬鹿なこと言ってるんだ? もう帝国はないんだぞ」
「なによ……これからのことは、わからないわよ」
「あいつに何か吹き込まれたのか? 大きいことをしようっていうんなら、お姉さんに相談するんだな」
「私だって、出来るわ! 政治的なことなら私の方が得意」
「どうかな」
カートは肩をすくめる。
「協力して、カート。リュミエールを助け出して、彼と一緒に……」
「作戦の成功をお祈りしてますよ、皇女殿下」
そう言って、適当に手を振りながら、作業員のところへ戻っていった。
今度こそ、頭にきた。
大声で怒鳴ろうと、言葉が喉元まできたとき、
「なにを話されていたのですか」
どきっとして、飛び上がる。
後ろから急にウィルが姿を現した。
彼はカートをにらんでいた。
「ちょっとっ! いきなり後ろから現れないでちょうだい! ていうか、今の聞いてたの?」
「いいえ」
間髪おかず、はっきりした言葉が返ってくる。
「お部屋にいらっしゃらないので、お探ししたのです。連結部は危険ですから、お戻りになってください」
手すりにつかまっていれば、危なくない、と言い張ったが、子供の言い訳と流され、手を引かれて部屋まで連れ戻された。
「いいですか、カート君とは出来るだけ接触しないようお願いします」
「ふん、なによ。嫉妬しているの?」
「馬鹿な。彼では私のライバルになりえません。単純に殿下の身を案じて、そう言っているのです。彼はただの庶民です。そのような者を信用できるわけがありません」
「……でも、ファイナリアに来るまではトランスポーターとして私を守ってくれた。その実績を見なさいよ。信用できないっていうのは言い過ぎじゃないの。彼がいなければ、今の私はないんだから」
負けずにメリーも言葉を紡ぐ。
「失礼。そうでした。ある程度の信頼はおけましょう。ですが、これからは彼が我々に味方する理由はないのです。なぜなら彼はもう、トランスポーターではないのですから」
それはそうだ。たしかにもう、カートのトランスポーターとしての職務は終わる。
「本音を言えば、僕は彼が殿下を荷物扱いしているのが気に入らない」
ウィルはいたずらっぽく笑った。
メリーもうなずくしかなかった。
ごくりと唾を飲む。その言葉は心の大事なところに触れてくる。
ようやく彼の本音らしい言葉に出会えた気がした。
田園地帯を抜け、大きな川を渡る。鉄橋だ。普段は緩やかな川の流れだが、嵐が来るとどんなものでも飲み込んでしまうこの川に幾度も打ち勝ってきた、この大鉄橋。
当時の皇太子が軍用の橋をつくるため設計したものだ。とにかく鉄を建造物使いたがることと、泣く子も黙る非情さゆえに、皇太子はアイアンブルーと呼ばれた。
そんなアイアンブルーも、皇帝就任を前にして、革命が起き、戦争拡大を一手に進めてきたことを糾弾され、見るも無惨な姿で殺されたという。
彼が残した鉄橋は各地にある。
メリーは鉄橋に響く車輪の音に耳を傾け、叔父であるアイアンブルーを思い出す。
――おじさまだけではないわ。
あの革命に紛れて殺されたのは一人だけではない。思い出すと涙が出てくるので、顔は浮かべない。
メリーはじっと進行方向である東の空を見た。厚い曇に覆われていた。一波乱あることを予見させるような嫌な天気だ。だが、ウィルは逆のことを呟く。
「雨が降れば警戒は落ちます、逆にチャンスです。あの雲が流れないうちにたどり着けるか時間的に微妙ですが」
「雨に濡れるのはあまり好まないわ」
無意識のうちにウィルの説明に合わせるように口にした言葉だった。
「僕と彼のレースの時も雨が降っていました。傘も差さず、雨に濡れながら、殿下は客席の最前列にいましたね。しかも、彼の名前を叫んで」
どきっとした。あのときのこと。
顔が紅潮していくのがわかり、ぷいと横を向いた。
「昔のことよ」
「いえ、あの時の経験があったからこそ、私は殿下のお力になりたいと」
「はいはい、最高のライバルね! 何度も聞いたわ」
そんな過去の話をしていると、時間はあっという間に過ぎ去った。
帝都が見えてきた。
丘の上のターミナルに向け、速度を落とし、急カーブを進んでいく。
「では、殿下、作戦をお忘れなく。荷物の降ろしが終わるまでは待機していただきます」
「わかっているわよ、人を子供みたいに言わないで」
プラットホームに入線すると、わらわらと荷役の男たちが姿を現す。 カートが飛び出して、即座に号令をかけて整列させる。通常の光景なのだろうが、そこから、ウィルが紹介されると、場内がざわめく。しかし、指示系統が移行しただけで、荷役の行動が変わることはない。カートもいつも通りの仕事をするように指示を出す。ウィルはなるほどとばかりに感心し、ハンドサインを真似して、アクションをひきつぐ。
メリーはじっと、その様子を車両の中から見ていた。
徐々にカートは作業量を少なくして、ウィルに仕事を譲り、あるタイミングでタッチした。二人はそれほど仲が悪いようではないのだろう。
よくわからない二人だ。
そして、これで仕事が終わりだとでもいうように、カートはステップに置いてある荷物を拾う。角張った鞄で、仕事用だとすぐにわかる。
彼が向かう先……天井から吊り下げられている案内看板を見て、はっとした。あわてて、メリーは飛び出そうとするが、ステップに張られたロープの外し方がわからない。
カートは口をつぐんだまま、目の前を通り過ぎた。
「……本当に行くの?」
彼は振り向かず、手を挙げただけだった。
「私の力になってくれないの!」
俺はもう、トランスポーターじゃない。
作戦の成功をお祈りしてますよ、皇女殿下。
カートの言葉が頭によぎる。
ステップで手すりにつかまりながら、カートの背中を見送るしかなかった。旅客用と書かれた案内看板を目指す彼の姿を。
――あなたは、なんのために、ここまできたのよ!
――なにか、目的があったんでしょ!
無性に怒鳴りたかった。
「もう、全然素直じゃないんだから……!!」
ローズが待っている? そうじゃないでしょう?
「……あなたは、トランスポーターなのよ……最後まで仕事しなさいよ……私を……」
そう、言い掛けてやめた。
小さくなっていく背中を見つめていると、息を切らせて、ウィルが小走りでやってきた。慌てているのか、こだわりのキャプテンハットが落ちた。
「殿下、車内にいてください! 荷役に見られています。噂になってしまいますよ、まずいことになる」
「いいわよ、そんなの! そんなことより!」
「殿下! いけません! こちらへ」
ウィルに問答無用で手を引かれ、車内に連れ戻された。
説教がはじまったが、メリーの耳には少しも入らない。
この地域を一言で表すなら田舎である。帝都から近いという位置関係にあるのに、大きな川と山脈に挟まれて、移動手段が少なく、少し前まで物流の動きが極わずかだった。
――だから、お姉さまが線路をひかせたのよね。
そのおかげでこの周辺の町に活気が出た。しかし、今、メリーの乗っている列車のように燃料の補給だけに立ち寄る駅になってしまったら?
寂れた田舎に逆戻りだ。
カートの理想はそんな町でも、都会並とはいわないが、物資や情報に困らないようにしたいというものだ。無論、それが輸送物資の調整権をもつトランスポーターの役目である。
線路をひくだけでこの地方は変わった。
田舎に線路を引く価値がないと判断した帝国陸運に対して、ミストは自分の領地まで線路を引き、ゆくゆくはファイナリアとつなぎたいと発言した。それがこの結果だ。
ロイヤルブルーの発言を重視し、渋々だが線路が引かれたのだ。
はっと、メリーは閃いた。
――私が決まりをつくればいいんだわ。
リュミエールを助け、革命政府を退けて、私もお姉さまも安心して居られる場所をつくって、トランスポーター制の矛盾を解決する。そうすれば、世の中が変えることができるかもしれない。
――カートを知ってる私なら、絶対いい方向に変えられる。
財団が皇族を利用するつもりなら、こちらもせいぜい使ってやろう。
私はほかの誰でもない、ロイヤルブルーである。すべての人がひれふしたこの血を利用するつもりならばやってみるがいい。
だが、このままではだめだ。
たった一人では動くことすらできない。
……カートがいるじゃないか。
つっけんどんにされたことも忘れて、またメリーは会いに行く。今度は休憩中であった。年上の作業員と談笑しているのが扉越しに見えた。
メリーの姿に気づくと、彼は厳しい顔つきになった。
「なんだ?」
「なんだってなによ。私がせっかくいい話をもってきたっていうのに」
「あいにく間に合ってるよ」
すぐに踵を返そうとする。
「なによ、その態度! このままトランスポーターをやめちゃう気? 私ならそれを変えられるっていうのに!」
「なに馬鹿なこと言ってるんだ? もう帝国はないんだぞ」
「なによ……これからのことは、わからないわよ」
「あいつに何か吹き込まれたのか? 大きいことをしようっていうんなら、お姉さんに相談するんだな」
「私だって、出来るわ! 政治的なことなら私の方が得意」
「どうかな」
カートは肩をすくめる。
「協力して、カート。リュミエールを助け出して、彼と一緒に……」
「作戦の成功をお祈りしてますよ、皇女殿下」
そう言って、適当に手を振りながら、作業員のところへ戻っていった。
今度こそ、頭にきた。
大声で怒鳴ろうと、言葉が喉元まできたとき、
「なにを話されていたのですか」
どきっとして、飛び上がる。
後ろから急にウィルが姿を現した。
彼はカートをにらんでいた。
「ちょっとっ! いきなり後ろから現れないでちょうだい! ていうか、今の聞いてたの?」
「いいえ」
間髪おかず、はっきりした言葉が返ってくる。
「お部屋にいらっしゃらないので、お探ししたのです。連結部は危険ですから、お戻りになってください」
手すりにつかまっていれば、危なくない、と言い張ったが、子供の言い訳と流され、手を引かれて部屋まで連れ戻された。
「いいですか、カート君とは出来るだけ接触しないようお願いします」
「ふん、なによ。嫉妬しているの?」
「馬鹿な。彼では私のライバルになりえません。単純に殿下の身を案じて、そう言っているのです。彼はただの庶民です。そのような者を信用できるわけがありません」
「……でも、ファイナリアに来るまではトランスポーターとして私を守ってくれた。その実績を見なさいよ。信用できないっていうのは言い過ぎじゃないの。彼がいなければ、今の私はないんだから」
負けずにメリーも言葉を紡ぐ。
「失礼。そうでした。ある程度の信頼はおけましょう。ですが、これからは彼が我々に味方する理由はないのです。なぜなら彼はもう、トランスポーターではないのですから」
それはそうだ。たしかにもう、カートのトランスポーターとしての職務は終わる。
「本音を言えば、僕は彼が殿下を荷物扱いしているのが気に入らない」
ウィルはいたずらっぽく笑った。
メリーもうなずくしかなかった。
ごくりと唾を飲む。その言葉は心の大事なところに触れてくる。
ようやく彼の本音らしい言葉に出会えた気がした。
田園地帯を抜け、大きな川を渡る。鉄橋だ。普段は緩やかな川の流れだが、嵐が来るとどんなものでも飲み込んでしまうこの川に幾度も打ち勝ってきた、この大鉄橋。
当時の皇太子が軍用の橋をつくるため設計したものだ。とにかく鉄を建造物使いたがることと、泣く子も黙る非情さゆえに、皇太子はアイアンブルーと呼ばれた。
そんなアイアンブルーも、皇帝就任を前にして、革命が起き、戦争拡大を一手に進めてきたことを糾弾され、見るも無惨な姿で殺されたという。
彼が残した鉄橋は各地にある。
メリーは鉄橋に響く車輪の音に耳を傾け、叔父であるアイアンブルーを思い出す。
――おじさまだけではないわ。
あの革命に紛れて殺されたのは一人だけではない。思い出すと涙が出てくるので、顔は浮かべない。
メリーはじっと進行方向である東の空を見た。厚い曇に覆われていた。一波乱あることを予見させるような嫌な天気だ。だが、ウィルは逆のことを呟く。
「雨が降れば警戒は落ちます、逆にチャンスです。あの雲が流れないうちにたどり着けるか時間的に微妙ですが」
「雨に濡れるのはあまり好まないわ」
無意識のうちにウィルの説明に合わせるように口にした言葉だった。
「僕と彼のレースの時も雨が降っていました。傘も差さず、雨に濡れながら、殿下は客席の最前列にいましたね。しかも、彼の名前を叫んで」
どきっとした。あのときのこと。
顔が紅潮していくのがわかり、ぷいと横を向いた。
「昔のことよ」
「いえ、あの時の経験があったからこそ、私は殿下のお力になりたいと」
「はいはい、最高のライバルね! 何度も聞いたわ」
そんな過去の話をしていると、時間はあっという間に過ぎ去った。
帝都が見えてきた。
丘の上のターミナルに向け、速度を落とし、急カーブを進んでいく。
「では、殿下、作戦をお忘れなく。荷物の降ろしが終わるまでは待機していただきます」
「わかっているわよ、人を子供みたいに言わないで」
プラットホームに入線すると、わらわらと荷役の男たちが姿を現す。 カートが飛び出して、即座に号令をかけて整列させる。通常の光景なのだろうが、そこから、ウィルが紹介されると、場内がざわめく。しかし、指示系統が移行しただけで、荷役の行動が変わることはない。カートもいつも通りの仕事をするように指示を出す。ウィルはなるほどとばかりに感心し、ハンドサインを真似して、アクションをひきつぐ。
メリーはじっと、その様子を車両の中から見ていた。
徐々にカートは作業量を少なくして、ウィルに仕事を譲り、あるタイミングでタッチした。二人はそれほど仲が悪いようではないのだろう。
よくわからない二人だ。
そして、これで仕事が終わりだとでもいうように、カートはステップに置いてある荷物を拾う。角張った鞄で、仕事用だとすぐにわかる。
彼が向かう先……天井から吊り下げられている案内看板を見て、はっとした。あわてて、メリーは飛び出そうとするが、ステップに張られたロープの外し方がわからない。
カートは口をつぐんだまま、目の前を通り過ぎた。
「……本当に行くの?」
彼は振り向かず、手を挙げただけだった。
「私の力になってくれないの!」
俺はもう、トランスポーターじゃない。
作戦の成功をお祈りしてますよ、皇女殿下。
カートの言葉が頭によぎる。
ステップで手すりにつかまりながら、カートの背中を見送るしかなかった。旅客用と書かれた案内看板を目指す彼の姿を。
――あなたは、なんのために、ここまできたのよ!
――なにか、目的があったんでしょ!
無性に怒鳴りたかった。
「もう、全然素直じゃないんだから……!!」
ローズが待っている? そうじゃないでしょう?
「……あなたは、トランスポーターなのよ……最後まで仕事しなさいよ……私を……」
そう、言い掛けてやめた。
小さくなっていく背中を見つめていると、息を切らせて、ウィルが小走りでやってきた。慌てているのか、こだわりのキャプテンハットが落ちた。
「殿下、車内にいてください! 荷役に見られています。噂になってしまいますよ、まずいことになる」
「いいわよ、そんなの! そんなことより!」
「殿下! いけません! こちらへ」
ウィルに問答無用で手を引かれ、車内に連れ戻された。
説教がはじまったが、メリーの耳には少しも入らない。
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