上 下
2 / 3

第二話 異世界

しおりを挟む
男のその一言に、この場にいる誰もが唖然としていた。

「無論、魔王を討伐したその暁にはお前たちを元の世界に戻すことを約束しよう」

男は淡々と述べる。

「何が魔王を退治すれば元に戻すだよ..!早く帰せ!!」

すると、周りにいた兵隊と思われる奴らがこちらに向けて槍を構える。

「いいか..お前たちを呼んだのはこのわしの指示だ、この意味が割らないような愚か者ではないであろう?」

男は、ニヤリと気持ち悪く笑う。
周りは、完全に恐怖に囚われたように、誰一人何も言えなくなっていた。

「あの..いいですか?」

その沈黙を破るように、俺は手を挙げながら前に出る。

「俺、魔王退治面倒くさいのでこの話降ります。あ、別に帰れなくてもいいです。どうせ俺ニートだし」

俺は、それだけ言い放ち扉の方へ歩き出す。
当然の如く、兵士が扉の前に立ちはだかり先に進めないように俺に槍を構える。

「いいのか?!この世界は救えば、この世界で己の名前が語られるようになるんだぞ?」

男は、会われた様子で俺にそう言い放つ。
俺は、ゆっくり振り返り男を睨みつける。

「俺は、俺の居場所である俺の世界があればそれで充分なんだよ。」

咄嗟に窓のある方に駆け出し、そのまま窓を勢いよく蹴破る。
激しい音と共にガラスの破片が、キラキラと光を反射しながら砕け散る。
俺の体は、外に放りだされ、少しの浮遊感ののちそのまま真下に落ちていった。

兵士達が、慌てて俺が落ちたところを覗き込みこちらを見る。
俺は、その光景が面白くてクスリと笑みが零れる。
しばらく落ちると、木々に体かぶつかる。
ガサガサと音を立てながら、服が木の枝に引っかかったのか、体はピタリと止まる。

俺は、地面にようやく着地すると軽く服を叩いて、素早くこの場を離れた。
しばらく林の中を走っていると、細い道に出た。
後ろを振り返り、追ってか来てないことを確認すると、道沿いに歩いていく。
すると、広い場所に出る。

そこは、色んな人々が行き来し周りには、色んな出店が商売に精を出している。

「結構活気づいてるんだな」

辺りを見回しながら、分かったことがある。
まず、この世界の文章は日本語ではないが読むことができること。
さらに、個々の生活基準は電気、ガスがあるものの文明は明らかに現実世界より退化していた。

それにしても通りかかる人が、俺の方を珍しい物を見るような目で見てくる気がする..
まぁ、こんな目立つ格好してればそうなるよな。

「どこかで、着替えできそうな場所は..」

すると、目の前に¨仕立屋・アングランデ¨と書かれた看板が見えた。
早速、店の中に入るとそこには、色とりどりの生地が所狭しと置かれていた。
その光景に圧倒されていると、店の奥から店員らしい優しい雰囲気のおばあさんが出てくると、こちらの存在に気が付き、いらっしゃいとにこやかに挨拶してくれる。

「あら、珍しい服をお召しになってるんですねぇ」

「実は、ここから遠い場所から来たのですが、途中で盗賊に出くわしてしまって」

「それは...若いのに大変だったでしょう..あ!そうだわ。確か、取って置きのお茶とお菓子があるの。ちょっと待っててくださる?」

そう言いパタパタと奥に一度引っ込むと、ティーポットとクッキーをトレーに乗せてふるまってくれた。
そういえば、こうして誰かに何かを振舞われるのって実家に居た時以来だな..

そう思いながら、手渡されたティーカップに口を付ける。
口の中に広がる紅茶の風味が疲れた体に染み渡る感覚がどこか心地いい。

「お口に合ったみたいでよかったわ。私は、このお店を開かせもらってる店主のアルバですよろしくね。それで、どんなお洋服を仕立てましょうか。」

「俺は、ナツ・ツカモトといいます」

「そうですね..できれば、あんまり目立たない物がいいのですが..先ほども申し上げた通り、盗賊に襲われてしまい金品を奪われてしまったのです」

「なら、お代は別にいらないわ。その代わりちょくちょくでいいから私のお話相手になってくれないかしら..」

彼女は、少し俯き再び口を開く。

「私には、息子がいたんだけどね..ある日出て行ったきり帰ってこなくなってしまったのよ..今もどこにいるのか分からなくてねぇ。でも、こうしてお店を開けば、きっと何か手がかりが入ると思ったんだけどねぇ」

「それは..」

「それにね?」

彼女は、ニコリとほほ笑む。

「なんだか、あなたが昔の息子に似ているような気がしてね..」

そう言うと、そっと頭に手をのせて優しく撫でる。
なんだか、不思議な感覚だ..
いつもだったら、人から触れられることなんてかなった。
それが、俺の世界の普通だったから..
いや、正確に言えば、俺の世界には俺しかいなかった。
でも...不覚にもこの感覚は悪くないと思ってしまった。
しおりを挟む

処理中です...