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 学校が終わってからは、ほぼ毎日のように自室でジーナさんとミシア国語の勉強をしていた。正直もう話せる言語だし、特に習う事なんてない。どうせ僕を見張る為だろ?なんて思いながら机に伏せてミーナの事を考えていた。

「ねぇ、ジーナさん。ミーナと別れてから。もうすぐ3ヶ月になるね」

 ブルームンの国王からの信頼も厚いジーナさんは、表向きはミシア国の言葉や体術を教えるに任命されていた。
 実際の任務は僕を見張ること。でも、ジーナさんは僕に甘かったし、借りがあるからミーナの近況もこっそりと教えてくれていた。
 僕の呟いた言葉にため息を吐きながら、いつも通りの言葉を述べる。

「何?ミーナなら、ちゃんと食べてるし元気よ。分かったらテキストの問題を解いて」

 ミーナが不安で仕方なかった僕はご飯をしっかり食べているのか…、ちゃんと眠れているのか、変な男に言い寄られていないか…毎日しつこくジーナさんに尋問していた。そしたら、最近は全ての会話の返しがコレになった。

「もう、テキストは全部終わってるよ。…ミーナの事なんだけど…」

「だから、元気だって言ってるでしょう?」

「…本当?妊娠の兆候とか…あったりしない?」

 ジーナはあからさまに動揺してバサっと手に持っていたテキストを落とした。

「!!?…な…イリヤ!?何言ってるの??あるわけないけど…まさか…!」
 
ジーナさんの顔が青ざめていくのが、目に見えて分かった。血の気が引くと、こんなに顔って白くなるんだ。なんて事を考えていた。

そうなったんだよね。避妊はしてないよ」

 そう言った次の瞬間、ジーナさんから思いっきり平手打ちをくらった。反動で椅子から落ちてしまうくらい強烈だった。

「…っっこのガキ!!あんたがそこまでとは思ってなかった。信じた私がバカだった」

 僕に吐き捨てるように言うと、部屋を出て行った。扉の外でジーナさんは誰かに連絡を入れているようだ。

「…そう…今すぐ…大至急検査して…」

 所々、漏れて聞こえてくるジーナさんの声を聞きながら、椅子に座り直した。すごい音を立てた頬は、まだジンジンしているし、口の中がキレたのか血の味がする。

(妊娠…してたらいいのに…)

 この時の僕は国王との溝も深くなっていて、俗に言うやさぐれ状態だった。何をしてもサキュバスとのハーフである、ミーナとの結婚は認めない。の、一点張りの国王。それと別れ際に「イリヤはこの国に必要な人だから」と、僕を拒んだミーナ。
 …まだ17歳なのに、孤軍奮闘していた僕の唯一の希望がミーナの妊娠だった。妊娠したら、ミーナだって諦めるはずだと淡い期待を抱いていた。
 ミーナの妊娠が分かったら、遠く離れた国に行こうか?そこで3人で仲良く暮らす。子供は女の子がいいな。きっとミーナに似て可憐で優しい子になるだろから。

(今考えると本当に浅はかだし、ミーナにも申し訳ない事をしてしまったと、今はすごく反省してる)

 ブルームン国王になることは、こちらから願い下げする。まだ3歳になった ばかりだけど…弟もいるし。
 
 窓の外を眺めながら、そんな事をずっと考えていた。

 僕の事を少し話すと、母は僕を産んでしばらく経った頃に病死した。余りに小さな頃だったから母のことは全く覚えていない。
 ただ、母は大天使アリエルの最後の直系の血族だった。だからこそその子供である僕は1000年に1人と言われる力を手に入れることができた。
 王が新しく今の王妃を迎え入れたのが、今から10年前になる。王妃の名誉の為に言っておくけど、別にいじめられた訳じゃない。むしろすごく優しくて、素敵な人だった。
 弟のルシウスは、今の王妃との子供。僕とは異母兄弟となる。弟のことは可愛いくて、大好きで猫可愛がりしている。

(余計な力を持ってしまったせいで、勝手に期待されて…。こっちだっていい加減うんざりしてる)

 そんな事を考えながらゴロゴロしていたが、その日ジーナさんが戻ってくる事は無かった。

 その日からしばらくジーナさんとの勉強会はなく、代わりの人が僕の見張りとなって来ていた。
 その間にジーナさんは『ミシア国側で仕事が入った』と言って、ミーナに会いに行っていたようだ。

 数週間後、何事も無かったかのようにジーナさんが家庭教師として戻って来た。その顔を見た瞬間に結果が分かってしまった。

(ダメだったんだ…)

「…検査をしたわ。ミーナは妊娠していなかった」

 僕は何も答えずに、ただただ窓の外を眺めていた。不貞腐れていることに気づいたジーナさんは、僕の隣に置いてある椅子に座ると、思いっきり顔を掴んで捻った。

「拗ねてないでこっち見なさい」

 グギっと首からしてはいけない音がして、激痛が走った。

「痛いなぁ!!首、へし折る気?」

「…私はあんたの事、尊敬してる。まだ子供の癖に頭も良くて、やり手でさ…」

 ジーナさんが言ってることは『ガーディアン』を作ったことと、多種族の移民の受け入れを積極的に行ったことだろう。
 それは、ミーナとの結婚を認めてもらう為に外堀から埋めようとした事で。
 だけど純血主義のこの国と国王は、僕のことを認めるどころか更に『お前はこの国の為に力を受け継いだ。王家に穢れた血筋を入れる訳にはいかない』と僕への不信感と束縛を強める結果に終わった。

「私もガイアもイリヤに感謝してるし、助けになりたいと思ってるの。ミーナも…」

「ミーナ!!会って来たの?僕のこと何か言ってた??」

 さっきまでの苛立ちが全部嘘のように吹っ飛んだ。椅子から立ち上がった僕にジーナさんは、座ってと声をかけた。

「…子供が出来てても、イリヤに言うつもり無かったって。1人で産んで育てるつもりだったって」

「…何で…」

「分かるでしょ?あなたのことが大切だからだよ。ミーナはこの国のことも、あなたの立場も理解してるから…」

「……僕は…ミーナがいないなら、こんな国要らないよ」

「ねぇ、今までミーナとの結婚を認めて貰えるよう、頑張ったんでしょ?」

「…全て無駄だった。何をしても認めて貰えない」

 子供のように拗ねて駄々をこねて、うずくまった。ジーナはそんな僕に呆れたのか、大きめのため息を吐きながら背中を軽く叩いてきた。

「…ガイアがね。気付いたの…まだ確証は無いけど、ミーナは神族の末裔なんじゃ無いかって。それも、アスクレピオスの」

 ジーナが言った言葉に驚き、理解する事に時間がかかった。アスクレピオス?天使族以外で唯一の治癒力を持ち、聖なる力は天使族を超えると言われている。もうとっくに滅びてしまったと血族だと思っていた。

「……え?……」

「あの頃のザレス国は神族の末裔を中心に襲っていたからって…ガイアが探ってくれてたの。当時の記録を…」

「ガイア君が…?」

 ジーナは驚く僕に微笑みながら頷いた。

「言ったでしょう?ガイアもあなたに感謝してるって。かなり危険を犯して、ザレス国に忍び込んだんだから!…後は血液サンプルの照合だけなの」

 身体が震えた。なんて言うか…高揚して?
(…普通悪魔族との混血になったら、治癒力なんてなくなるはずだから。何で気付かなかったんだろ)

 もし、ミーナがアスクレピオスの末裔だったら、例えサキュバスの血が流れていたとしても、国王を説得することに優位になる。

「それが分かったら、国王を説得しましょう?私も手伝うから」

 ジーナさんの言葉に希望を取り戻した。僕は泣きながら、ありがとうって言っていたかもしれない。
 その時の記憶は、嬉しすぎて曖昧だけど。ガイア君とジーナさんには今でもすごく感謝してる。
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