セイレーンのガーディアン

桃華

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日常への帰還

3.恋する乙女(シュウ)

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 何やってるんだろ。レイ君に「訓練に身が入ってない」って言われたけど、自分自身そう思う。
 みんなを巻き込んでしまって申し訳ないと思ってる。
 本当に申し訳無いのは…真面目にフィールド訓練していただけのBチームの皆んなだ。

(後で謝ろう…)

 そんなことを考えながら、重い足取りで更衣室へと向かった。
 
 ケンカになってしまったのは、どう考えても私のせいなのに。何故か、二人は居残り特訓となり私は帰っていいことになった。

 話しをしようと言ってくれたイリーナ教官は、悩みはないか問いかけてくれた。

 『襲撃』のこと、みんなまだ気にしてくれている。
 それに関しては…だ。充分に落ち込んで反省もした。
 新たに与えられた『聖女』という役目も果たそうと思っている。悩みはそれじゃない。

「大丈夫です。明日からは集中します」

「最近ずっとだから。大丈夫そうには見えないけど?」

「……大したことは無いんです。心配をおかけして申し訳ありませんでした」

 深々とお辞儀しながらイリーナ教官に謝った。納得したような…してないような表情のイリーナ教官は、これ以上聞いても、私は何も言わないと判断したんだろう。

「分かった…。だけど…このままのシュウをAチームに置いて置くわけには行かない」

「……はい……」

 またしても優しいイリーナ教官を巻き込んで、心配までかけてしまっている。
 落ち込む私の肩を叩くと「帰っていい」と言って、イリーナ教官は実戦ルームへと戻って行った。
 
(しっかりしないと…)

 そうは思ってみても、こんなことは初めてで…でも自分でもどうしたらいいのかなんて分からない。
 トレーニング用の服を脱ぐと併設されている、シャワー室に入った。
 冷たい壁に額をつけながら、目を閉じると打ち付ける水音が頭の中に響いてくる。

ザーザーとうるさい水音は…私の今の頭中と同じ。

(どっちも煩い…)

 今の悩みは『テル君のこと』だ。なんて口が裂けても言えない。

 『聖女』になり、今度は違った注目をされている私の隣りで、テル君は変わらない微笑みを見せてくれる。
 あんなことがあった私を…。変わらないといって抱きしめてくれる。
 退院してから抱きしめてくれることはなくなってしまったし、キスだってしてないけれど。

(それは私のせいだって知っている…)

 配信された動画は見ているし…。あの時されたことも、そのせいで私が苦しんだことも、テル君は全部を知っているから。
 あれからずっと、私に触れることに気を使ってくれている。

 それでもテル君は、あんなことがあった私に、変わらないと言ってくれる優しさをもっている。

(変わったのは私の方)

 前は自分から手を繋ぐことだって出来た。それに傷だって、何度も治したりしてる。治癒の為に服だって脱がせるし、意識したことなんてない。
 ルシウスと会う前に「好きだ」と、伝えた時だって…。どちらかというと「今までごめん」という気持ちの方が大きかったし。

(でも…今は違う……)

 その笑顔を見ると鼓動が速くなってしまう。それだけで体温が上がってしまうから。気付かれたくなくて、自分から離れてしまう。

 そうやって離れる癖に、本当は前のように触れたいと思っている。
 離れるくせに、テル君のこと目で追っている私がいる。周りの景色が霞んで見える。何も目に入らなくなるくらい、ただ見つめてる。

 そして…周りが見えていなくて、レイの魔法に巻き込まれた。
 罪悪感で居た堪れなくなって、シャワーを強くした。

(…こんなこと教官じゃなくても、誰にも言えないよ…)

 この年になるまで、私は誰かに『恋』したことがなかった。
 ガイアさんを好きだったのは、強くてかっこいい者が好きだっていう男の子独特の『憧れ』だった。

(自分では王子のつもりだったし)

 剣を握りすぎて、マメだらけになった。ゴツゴツした手は女の子らしくなんてない。
 男勝りで勝ち気。誰にでも正論を吐いて、自分を貫き通す私には可愛げなんていうものはひとつもない。

 だから…レイ君を「好き」だと照れるユリアが可愛かった。それにその時の私に『好き』は、関係の無い感情だと思ってた。なのに私は『恋』をした。

(今は…ユリアが羨ましい……)

 素直に好きだと言ってレイ君の手を引くところとか…。かわいい笑顔を見せるとか…。あんなかわいい顔は出来ないもん。

(とりあえず瞑想ルームに行って、気持ちを落ち着ける?)

 なんて初恋を拗らせている私は、用意してあったタオルを手に取った。

 何でこんなに拗らせているんだろ。前ならできたことを出来るようになりたい。
 大きなため息をつきながらロッカー前で、制服のブラウスに袖を通した。

「……全部テル君のせいだ…」

 なんて呟きながら制服のボタンを留めた。

「何が…??」
「!?!?」

 返って来るはずのない声が聞こえて、慌てて顔を上げた。
 心配そうに見つめるユリアと目が合って、動揺して顔を赤らめた。よく見ると、ユリアの後ろにアスカもいる。
 しかもアスカは何かに気づいて、顔を隠しながら笑っているし。

「シュウ…大丈夫…?テルに何かされた…?」

 心配そうなユリアに、更に焦りながら懸命に言い訳を考えた。

「…あ…うん……そうだ!そう、太っちゃったの。テル君…私が食べてるか心配して、おやつとかくれるから。つい食べ過ぎて…1週間で2キロ増えたの」

 我ながらいい誤魔化し方。太ったのは本当だし、テル君が「天使族はカロリー消費激しいから」と、お菓子をくれるのも本当だ。
 
「……シュウ…それは…太ったなの?」
「…大きくなったじゃなくて?」

 アスカが私の手元を凝視しながら、また笑っている。

「…え…?」

 二人の視線は胸元に向けられていた。そう言えば、シャツの胸元ボタンを止めているところだった。

「それ、すぐにテルに言ってみてよ?」

「……何で?」

「決まってるじゃない?面白そうだから!」

 アスカが涙を流しながら、大笑いしてお腹を抱えている。笑われている理由もいまいちよく分からない。
 けど…今そんなことをテル君に言う勇気も無い。

(テル君と普通に話すとか…今は無理…)

 ユリアに助けを求めたけれど、ユリアも真っ赤な顔で視線を逸らした。

「アスカ……。テル君達は居残りで…」

「大丈夫。さっき食堂に来たって…ゼルから連絡入ったから」

 アスカは戸惑う私の手を引くと、楽しそうに更衣室を後にした。
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