セイレーンのガーディアン

桃華

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王妃の思惑

9. 悪役王妃(ミーナ)

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 ガラス張りの部屋に向かって投げつけられたのは手榴弾。
 その瞬間に「伏せて!!」とジーナが叫び、イリーナが王妃に覆い被さった。
 防衝撃耐魔法になっているガラスには、ヒビ一つ入ってはいないものの、凄まじい爆音と振動だった。
 ジーナはすぐに緊急時用の扉を開いて、イリーナを振り返った。

「ミーナ様お怪我はございませんか?」
「大丈夫。心配ないわ」
「イリーナ。犯人の特定は?」
「出来てます。投げた瞬間と特徴を捉えました」
「ありがとう。すぐに確保して」
「了解です」

 ジーナからの指示で、イリーナは瞬時にランスを構えて飛び出して行った。

「…物に頼るということは、ただの『純血主義者』。ルシウスやイーターではなさそうだけど…。どうする?続けるの?」
「当たり前でしょう?」

 王妃は義足に手をつきながら立ち上がると、砂煙から覗く群衆に視線を送った。
 手榴弾が投げつけられたと言うのに、拍手が巻き起こっている。賛辞の声を上げる者までいる。人が目の前で襲撃を受けたというのに…異様な風景だった。

「犯罪者はイリーナが追ってくれている。こんな攻撃は一切私には通用しない。…中断の必要はないわ。言いたいことの半分も伝わっていないのが証明されたようなものだし…」
「そうね?好きにしていいわよ?何かあったら、私がミーナを守るから」

 頼もしいセリフを吐くとジーナはその手を取ってくれた。

(こんな狂った思想は私が打ち砕く)

強い決意と共に群衆を睨んだ。


***


 ゼルに言われてタブレットを見た。砂埃が落ち着いてきた頃に、ようやくガラスで覆われた壇上が見えた。
 
「今攻撃した者と、それを支持している方々に問いたい…。私の排除に何の意味があるの?」

 王妃は全く怯んでいなかった。それどころか、さっきより語気が荒くなっている。

「確かに、イーターにとって純血は優位。邪魔な存在であることは間違えない」

 イーターは純血の天使族は触れない喰えない。そして『聖なる武器』という、厄介な物を生み出す種族。どう考えても、アンデットに対しては優位な種族だ。

 群衆も大声でそのようなことを叫び、やはり優れた種族だと言い張っている。
 
「私が問いたいのはアンデット以外…。他の種族から見たあなた方の価値の方よ」

『さっきも言っただろう?私達は「治癒魔法」を使える唯一の種族だからだ!』
『穢れた血の悪女は頭も腐っている』
『どんな攻撃よりも、癒しアンデットすら清める純血が神聖な種族だ』

***

「悪女……?すごい言われようですね?この国の王妃ですよ?言ってる奴らは気が狂ってるんですか?」

「……気が狂ってるんだろ?」

 その気が狂った奴らからの攻撃や口撃を、王妃は一身に受けて立っている。
 こうなると分かっていても、この場に立つと決めたのは…守りたい者があったから。

「どれほどの決意でこの場に立つと決めたんだろうな…」

「…強い方ですね…」

 俺たちはタブレットから目を離さないで、そう呟いた。

***

「天使族が他種族から求められる理由は…その治癒力。でもね、ご存知かしら?治癒力は純血では無くても天使族の血が混じれば受け継がれる」

 静かに強く言い放った王妃の言葉に、群衆からは響めきが起きた。
 そんなことは周知のことで今更声を大にして言うことではないと笑う者もいる。

「そう?知っていたのですね。それなら、アンデット以外の他種族にとって『純血』の価値はないことも理解しているのでしょう?求められる理由が治癒力なら混血の天使族も使えるのだから」

 群衆から笑い声が消えた。

『聖なる武器!!聖なる武器は純血じゃないと作れない!!』
『そうだ!!イーターを倒せる唯一の武器だ!それは穢れた血では作り出せない!!』

 さっきよりも、群衆の声は明らかに小さくなっている。王妃はわざとらしく大きなため息を吐いた。

「声を上げた者に聞くけれど…その武器を使って戦うのは誰?…力のない天使族はお願いして戦ってもらうしかないわ?」

 群衆から声が消えて辺りは静まり返った。

「それに、聖なる武器を造ることができるのはイリヤ国王…彼だけよ?純血だけが条件ではない。それにその作り方を開発したのは私だし。そもそもイーターを倒すのであれば、悪魔族の炎属性者が一番効率よく倒せるはずよ?」

 畳み掛ける王妃に誰も何も返さなかった。ぐうの音もでないとは、正にこのことを指すんだろう。

「静かになった所でもう一つ…。イーターによる「穢れた血」の排除を行った後のことを考えたことはあるかしら?」

 ブルームン王国からイーターを使って『浄化』した後…国が混乱に陥る。更に国力も下がるでしょう。戦えない『純血の天使族』しかいないのだから。

「そこをルシウスと同じように、イーターと手を組んで攻め込もうとする種族がいたらどうなるかしら?」

 そして、手を組んだその種族が純血の天使族を根絶やしにしたいと言い出したら?

「そうなった時、イーターと共に『浄化』と言う大義名分を使って『穢れた血』の殺戮を行ったあなた達を…誰が助けようとするかしら?」
 
 王妃の問いに対して、誰も声を上げる者はいなかった。

「浄化を強行した後で…戦えない天使族だけが残った国がどうなるか…考えたことはないの?自分達からイーターと手を組んで、他種族の排除を行った国を…誰が好んで助けるの?」

 罵詈雑言は収まり異様な静けさに包まれている。王妃の問う声に誰も何も答えられない。
 
 静まり返った群衆に、更に王妃は話を続けた。

 今回のルシウスによる襲撃で、戦う術を持たない「天使族」を守る為に、命をかけて戦ってくれたのは、他種族の『ガーディアン達』だ。
 イーターは、アンデットだけ操る訳ではない。モンスターを操る術を持っている。残念ながらそれぞれの思惑で、イーターと手を組み、襲撃に加わった人間だって大勢いた。

「その狙いは『浄化』ではなく、ブルームン王国の『混乱』…国の崩壊だ。そしてそれを止めようと必死に戦ったのはガーディアン」

 彼らは「穢れた血」だと、蔑み悪意という石を投げるあなた方を命懸けで守った。

「そして、国王は…自分の出せる最大限の力を使い、昨夜国立病院に入院中のガーディアン全ての治癒を行った。それが意味することは…?少し考えれば分かるはず」

 我が主人が治癒したいと考えたのは、国を守る為に戦ってくれた方々の為。そして全てはこの国を守る為。

「私も国王と同じように…この国の人々を守る為に傷ついたガーディアンを救いたいと思っています」

 もしその行いがあなた方のいう「悪女」だというのであれば…私は喜んで悪女となりましょう。

 そう言っていつも通り微笑んで、深々とお辞儀をしてから顔を上げる。
 
 王妃のその瞳には一点の曇りもなかった。
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