セイレーンのガーディアン

桃華

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レイの過去

4. 幼い頃の記憶(レイ)

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痛みの中で夢を見ていた。子供の頃の夢だ…。

 初めて会ったユリアは高い位置のツインテールを弾ませて、部屋に引きこもっていた俺の前に現れた。屈託のない笑顔で「お話ししよう」と部屋に入って来た。

 暴発が何度も起きる。その度にみんなが俺のこと腫れもの扱いした。怖がって離れていった。

(俺だって…痛くて…怖いのに…)

 そう思っても巻き込まれて怪我をした人の前で、そんなことは言えなかった。それに、大切な人が、自分の炎に焼かれるのが怖かった。

(だから1人でいるんだよ。気付けよ脳天気)

 強引に入ってくるユリアにうんざりした。悩みなんて何も無い幸せな人間のくせに。目に映る人間全てにそう思っていたんだ。ユリアのこともバカな子供だと、相手にしなかった。(自分も子供のくせに)

 毎回蔑むようにユリアを睨みつけて、俺は部屋の端に座っていた。言葉なんて一言も発しなかった。触れようとする手を払いのけたこともあった。素っ気ない態度をとって、一言も話さなかった。

 それでもユリアは飽きもせず俺の元にやって来た。

 隣りに来て本を読んでくれたり、一方的に好きな音楽の話しをしたり。…あとはおやつをよく食べてた。「大好きなやつだけど…あげる」なんて微笑んで苺のチョコを置いて行ったりしてくれた。

(…甘い物…好きじゃないのに…)

 心の中で毒付きながら一粒口に運んだそれは、甘酸っぱい味がして…美味しかったんだ。

 何も言わない。笑いもしない。つまらない俺のそばにユリアは毎日毎日現れる。そんなユリアが不思議だった。

 話し疲れたら俺の隣で丸まって眠ってしまう。マイペースなユリアに、呆れたりもしたけれど…癒されてた。

(…変なやつ…)

 ため息をつきながらも、口の端が上がっている自分に気がついた。いつの間にかユリアの話し声が心地よくなっていた。腫れもの扱いしない態度も、俺に向けられるキラキラした笑顔も嬉しかった。
 いつもよりくる時間が遅いと不安になった。嫌われたく無いって思ってる自分がいた。声が聞きたくてたまらなくなった。

(…ああ…これ以上仲良くなったらダメだ)

(ユリアまでアスカみたいになるかもしれない。黒焦げにしてしまう)

 2歳の時の光景が目の奥に張り付いて離れない。炎の中…アスカが手を伸ばして、俺に助けを求めるんだ。
 「助けないと!」そう思って伸ばした俺の腕は、更に激しい炎でアスカを包み込んだ。
 そこで気付いたんだ。全部…俺のせいだって。

 ユリアは俺の大切な人になっていたから。もう、大切な人のあんな姿を見たくは無かった。

(そんなのは…嫌だ)

 1人でいる方がいいんだ。いつものように自分に言い聞かせた。

(全てユリアに打ち明けよう…そうしたら、みんなみたいに怖がって離れて行く…)

 そう決めて、次の日…初めてユリアと言葉を交わした。

「…俺に関わらない方がいいよ」

いつものように、部屋にやって来たユリアに初めてかけた言葉がそれだった。

「…呪われた力をもってるんだ。俺に近づくとみんな焼け死ぬ…。だからお前も…」

 ユリアは目を丸くして、持っていたチョコをパラパラと床に撒き散らして固まった。そうなるだろうな。
 これで…ユリアも離れていってしまう。仕方ないか。これでいいんだ。そう言い聞かせた。

「嬉しい…やっと、声が聞けた!名前はレイ君でいい?私はユリアだよ。あっ…知ってるよね?良かった!話せないのかと思ってたの」

それなのに、ユリアは今までで1番の笑顔を見せて、いきなり手を取って飛び跳ねた。
 今度はこっちが驚いて、何も言えなくなった。俺の話しなんて少しも聞いていない。底抜けの明るさに圧倒されてしまったんだ。

「あ…あのさ、俺の話し…聞いて…」

「そんなこと、もうとっくに知ってるよ!アスカちゃんに聞いたもん。力が強過ぎて、全部燃やしちゃうって…」

「それなら…何で…?」

「私も一緒なの。自分の力なのに…コントロール出来ないし、上手く使うことも出来ない」

 一緒だと笑いかけるユリアにイラついた。同じなわけない。俺と同じなら…。大切な人が自分のせいで傷つくことを見たことある人間なら、そんな風に笑って過ごせるわけが無い。

「一緒…?ふざけるなよ…?お前から魔力なんて感じないっ!!」

声を荒げた俺に、ユリアは悲しそうに微笑んだ。

「だって…悪魔族じゃないから。私は希少種のセイレーンだよ?それにさ…私の力はイーターから狙われてるから」

いきなりの爆弾発言に絶句してしまった。ユリアも自分で言ったことに「しまった!」と、口に手を当てて青ざめた。

「…その…これは…2人の秘密ね…?バレたら、イーターがこの国の人みんな食べちゃうから。もう、私を隠す為に…何人も人が死んでるんだ。…本当に呪われた力を持ってるのは私の方だよ?」

 悲しそうでもあったけれど、どこか覚悟を決めている表情で話を続けた。

「だからね、強くなろうって決めたの。そしたら誰も私のせいで死ななくていいでしょう?」

 ユリアの言葉に、頭をガツンと殴られたくらいの衝撃があった。

(…だってユリアはいつも屈託のない話しをして馬鹿みたいに笑ってた)

 悩みなんて無いって思ってた。同じ年の女の子がそんな重いものを抱えているなんて思いもしなかった。
 自分だけが不幸だと思ってた。痛い思いをして苦しんで、周りからは疎まれる。そんな自分が辛かった。俺は…現実から逃げてばかりいたんだ。
 でも、ユリアはそれを受け入れて「強くなる」と笑って言ってのけた。

「レイ君の暴発には、ママに教えて貰った鎮静の歌で鎮められると思うんだ?」

すっかり元の笑顔に戻ったユリアは、俺の目の前に手を差し出した。

「だからさ…呪われてるなんて思わないで?仲良くしよう?私がいるから大丈夫!呪いのパワーなら私の方が上だよ」

「…何…呪いのパワーって。それにさ…その力は秘密だし、上手く使えないんだろ?」

本当は嬉しかったのに…。悪態を吐いてそっぽを向いた。ユリアは「ゔっ…」と困った顔をしたけれど、すぐに切り替えてた。

 無理やり手を握ってその手を、ブンブンと上下に振った。

「いいの!…練習するから。バレないように使う!だから安心して?仲良くしようね!」

 あの時照れて「離せよ」なんて言っていたけれど、躊躇なくそう言って触れてくれたことが嬉しかった。

 ユリアは暗闇にいた俺に光を与えてくれた人だった。手を握ってくれた時…。ずっとうずくまって、泣いているだけの俺は、生まれて初めて、キラキラした光を見た気がした。
 その光は一瞬にして暗闇を消し去って…。温かい光で満たしてくれたんだ。
 だから俺は…その光を失いたく無かった。『ユリアを守りたい。守れる程強くなりたい』なんて、子供ながらに思ったんだ。
 

***

 夢を見ていた…。子どもの時のユリアの…。
ふと回りのざわつきに気付いて体を動かした。

「ああ…やっと意識が安定してきた。返事は
出来るかい?」

 呼びかける声に目を開くと、国王の顔が視界に入ってきた。
 確かルシウスの話の後…ガイアさんに運ばれて…。部屋に着いた所で気を失ってしまったんだ。部屋には、すでにガイアさんの姿は無かった。

「…どれくらい寝てた?」

「30分位かな?痛みはどうだい?…背中も治したよ?君…動くから。もう、いいかと思って」

 国王はサイドテーブルに水の入ったグラスを置きながら、椅子に腰を下ろした。
 身体は重いけれど、痛みはすっかりなくなっていた。「大丈夫」と、返事をして、グラスの水を飲んだ。

「…自爆の熱傷はやっぱり完治出来ない…。だから、本当に無茶しないで欲しいんだ?…治癒魔法が切れてしまう時間も早くなってきてるし」

いつに無く真剣な表情の国王がそう語りかけた。
 切れる時間が早くなったことぐらい、言われなくてもわかる。朝、かけて貰ったのに、夕方前にはもう身体が熱くなってしまったのだから。

「安静が必要だよ?…ユリアちゃんを心配させないためにもね…?」

「ユリアは…?俺の異変に気付いてた…?」

「それは気付くと思うよ?…何とかジーナさんが引き止めてくれてるから…。その間に言い訳を考えておいた方がいいね」

 それだけ言うと「絶対安静」を言いつけて、病室から出て行ってしまった。
 
(…ユリアへの言い訳…ね…)

 今の精神状態じゃ無理だな。冷静でいられると思ってたけどそんなこと無かった。
 どさりとベッドに倒れ込むと、無機質な天井を見上げた。
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