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キズナとキオク
4.イリーナとルシウス 前編
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イリーナは襲撃後直ぐに留置所の独房に入れられた。それもそうだ。シュウがルシウスに会う事を知っていたのに、それを黙認したのだから。
「尋問は明日から行う。…ただ、イリーナ。君の罪はどんな理由があるにせよ、大変重いものになる。その覚悟だけはしておいて」
イリヤ国王は、悲しそうにそう言った。自分でも罪の意識はあったし、処分にも納得していた。だけど、王妃は違った。国王に異議を申し立てて、目の前で夫婦喧嘩が始まってしまった。
「イリーナはいち早く、お城に助けに来てくれた。シュウの居場所を見つけて、救出の指示を出したのもイリーナよ?なぜ、こんな所に入れるの!?」
「ミーナ…。分かってるだろ?こうなったのは、知っていたのに報告を怠ったイリーナに責任がある」
「イリーナは教えてくれたわ?私がイリヤに報告するのが、遅れてしまったの。それなら、私も留置所に入れて下さい」
「…本当、ミーナは無茶苦茶だな…」
国王は、頭を抱えてしまった。いつもと変わらない2人が微笑ましい。
(昔から変わらずミーナお姉ちゃんは優しいな…)
独房の中で跪くと、王妃に向かって頭を下げた。
「ミーナ様、お心遣い痛み入ります。自分の罪は自分が1番分かっています。今回は、国王陛下の判断が正しいです」
「『今回は』って…。いつも一言多いよ。全く…本当イリーナらしい」
そう言うと寂しそうに微笑んだ。国王は、私の言葉で泣いてしまった王妃の肩を抱くと「明日の尋問までは、ゆっくり休みなさい」と言い残して、留置所を後にした。
王妃は何か言いたそうに振り返ったけれど、私は頭を下げたままで2人の姿を見送った。
(分かっていたはずだったのに…)
冷たい独房の床を見つめながら、ルシウスのことを考えた。
もうあのお方は、あの頃のようには戻れない。
それでも、もう一度イリヤ様と話が出来たら…全ての誤解が解けたら…あの頃の優しいあなたに戻ってくれるんじゃないか。
そう思ってしまった。シュウを止める事なく利用したのは、全てはルシウスの為。私が…命に変えてもお守りしたかった、あの頃のあなたを取り戻す為だった。
(そんな時間はとっくに過ぎた。あのお方はもう、引き返せない。そんなこと、分かっていたのに…)
何とか立ち上がると重い身体を引きずり、独房の硬いベッドに身を投げ出した。高い天井と何も無い部屋。考えるのは、嫌でもルシウスのことばかり。
(違うな…ルシウスが、いなくなってから、考えない日なんて無かった)
***
あなたが…ルシウスが幸せならそれでいい。私があなたを幸せにできるなんて思っていない。あなたは誰かの隣でいつものように微笑んで、私はそれを少し後ろから見ているだけでいい。
私はあなたの笑顔を守る為だけに戦う。もう、あなたが悲しむことのないように。
最後にルシウスに伝えた言葉は、黒い感情に支配されてしまったあなたには届かなかった。
それでも…どれだけ時が流れても、この気持ちは変わらない。
今回のことをシュウから打ち明けられたとき、これがルシウスが元に戻る最後のチャンスだと思った。
彼と国王夫妻との関係も元に戻って欲しかった。あの頃と同じように「イリーナは強くてカッコいいね」って、笑いかけて欲しかった。
イリヤ様にイタズラを仕掛けて、無邪気にシュウと笑い合うあなたを、私は少し後ろから微笑ましく見つめる。
そんな日常がまた戻ってくるんじゃ無いかって…。そう期待せずにはいられなかった。
冷静じゃ無かった。シュウを止めることをしなかった私は、反逆者として閉じ込められて当たり前だ。
(バカだな…もう、戻ってくるはずないのに)
***
出会いは私が12歳のころ。その頃のルシウスは、歳の離れたイリヤ様を父親のように慕い、その妻のミーナ様には安心しきって甘えてた。シュウ様のことは、まるで本当の妹のように可愛がっていた。
私はそんな彼が苦手だった。生い立ちにも恵まれていて、将来も約束されている彼は、私には眩し過ぎた。
私は幼い頃にイーターに全てを奪われた。覚えている1番古い記憶は、血の匂いと焼け野原。
泣くことも、笑うことも出来なかった私は、ただただ過ぎていく毎日を海の見える孤児院で過ごしていた。
国王夫妻との出会いはその孤児院。ミーナ様は王妃になる前、その孤児院の先生として数年間過ごしていた。
美しく優しいミーナ様は、そんな私を特別気にかけてくれていた。ひだまりのような温かい空気を纏い、存分に甘やかしてくれる…。私はそんなミーナお姉ちゃんが大好きだった。
ミーナお姉ちゃんが婚約して孤児院を出て行くと言った時、私は嫌だと泣き喚いた。
それまで、感情を表に出すことの無かった私が泣き喚いたからか、ミーナお姉ちゃんは嬉しそうに「必ず遊びに来るから」と、抱きしめてくれた。
その時のミーナ様の甘い香りと、腕の中の温かさを今でも鮮明に思い出す。
それから、すぐにミーナ様のご懐妊が分かった。
それでも、ミーナ様はエレンさんや、ガイアさんと一緒に、毎日のように孤児院に遊びに来てくれた。
私の身体能力の高さに気付いたのは、ガイアさん。そこで、剣技や体術を教えてくれた。
メキメキと強くなる私を見て、ガーディアン養成校への推薦をしてくれたのはミーナ様だった。そこでも、私は常に首席で私に敵う相手なんていなかった。
そもそもが、毎日の手合わせの相手がガイアさんや、偶に気まぐれで相手をしてくれるオスカさんだったから。
それにミーナ様は、よくお城にも連れて行ってくれた。
その時「僕に剣技を教えてよ?」と声をかけて来たのがルシウスだった。
2つ年下だったルシウスは左目の下、泣き黒子が可愛い、いつも笑顔の男の子。金色の髪と碧い瞳、イリヤ様に似て端正な顔立ち。絵本の中の王子様そのものだった。
ルシウスは何故か、私を気にかけてくれた。いつも屈託なく笑い、弱いくせに剣技の手合わせをいつもねだってきた。
「イリーナ…君は教えるのも上手いんだね?いつまで経っても甘えたの、へたれルシウスが剣を振れるようになってる!」
「そうなんだよ、お兄様!イリーナは、完璧なんだ!」
「…ルシウス様。イリヤ様は、あなたをバカにしているんですよ?」
「な!!…お兄様!?」
私が言うと、顔を真っ赤にしてイリヤ様に抗議しに行く…。それを見て、私もクスッと笑う。いつの間にか、苦手だと言う感情は消え去っていた。
そんなお城での日常が、だんだんと当たり前になってきていた。
ちょうどその頃、私は飛び級を重ねて15歳でガーディアンになるべく、養成校を卒業していた私は、ガイアさんからガーディアン「クラス1st」に、推薦された。
幾度となくイーター戦をこなしていた私は、最年少の15歳でクラス1stの称号を得ることとなった。
「クラス1stになったイリーナの、初任務は僕の弟…ルシウス専属の護衛だよ。仲も良かったし、君なら安心して任せられるから」
そうイリヤ様に任命されて、ルシウス様の護衛となった。特に仲の良かった記憶の無かった私は、不審に思いながらも、大好きなミーナ様のそばに居られることが嬉しくて、二つ返事で引き受けた。
(子供だった…)
この事が…私の運命を変えるなんて、あの時は思いもしなかった…。
「尋問は明日から行う。…ただ、イリーナ。君の罪はどんな理由があるにせよ、大変重いものになる。その覚悟だけはしておいて」
イリヤ国王は、悲しそうにそう言った。自分でも罪の意識はあったし、処分にも納得していた。だけど、王妃は違った。国王に異議を申し立てて、目の前で夫婦喧嘩が始まってしまった。
「イリーナはいち早く、お城に助けに来てくれた。シュウの居場所を見つけて、救出の指示を出したのもイリーナよ?なぜ、こんな所に入れるの!?」
「ミーナ…。分かってるだろ?こうなったのは、知っていたのに報告を怠ったイリーナに責任がある」
「イリーナは教えてくれたわ?私がイリヤに報告するのが、遅れてしまったの。それなら、私も留置所に入れて下さい」
「…本当、ミーナは無茶苦茶だな…」
国王は、頭を抱えてしまった。いつもと変わらない2人が微笑ましい。
(昔から変わらずミーナお姉ちゃんは優しいな…)
独房の中で跪くと、王妃に向かって頭を下げた。
「ミーナ様、お心遣い痛み入ります。自分の罪は自分が1番分かっています。今回は、国王陛下の判断が正しいです」
「『今回は』って…。いつも一言多いよ。全く…本当イリーナらしい」
そう言うと寂しそうに微笑んだ。国王は、私の言葉で泣いてしまった王妃の肩を抱くと「明日の尋問までは、ゆっくり休みなさい」と言い残して、留置所を後にした。
王妃は何か言いたそうに振り返ったけれど、私は頭を下げたままで2人の姿を見送った。
(分かっていたはずだったのに…)
冷たい独房の床を見つめながら、ルシウスのことを考えた。
もうあのお方は、あの頃のようには戻れない。
それでも、もう一度イリヤ様と話が出来たら…全ての誤解が解けたら…あの頃の優しいあなたに戻ってくれるんじゃないか。
そう思ってしまった。シュウを止める事なく利用したのは、全てはルシウスの為。私が…命に変えてもお守りしたかった、あの頃のあなたを取り戻す為だった。
(そんな時間はとっくに過ぎた。あのお方はもう、引き返せない。そんなこと、分かっていたのに…)
何とか立ち上がると重い身体を引きずり、独房の硬いベッドに身を投げ出した。高い天井と何も無い部屋。考えるのは、嫌でもルシウスのことばかり。
(違うな…ルシウスが、いなくなってから、考えない日なんて無かった)
***
あなたが…ルシウスが幸せならそれでいい。私があなたを幸せにできるなんて思っていない。あなたは誰かの隣でいつものように微笑んで、私はそれを少し後ろから見ているだけでいい。
私はあなたの笑顔を守る為だけに戦う。もう、あなたが悲しむことのないように。
最後にルシウスに伝えた言葉は、黒い感情に支配されてしまったあなたには届かなかった。
それでも…どれだけ時が流れても、この気持ちは変わらない。
今回のことをシュウから打ち明けられたとき、これがルシウスが元に戻る最後のチャンスだと思った。
彼と国王夫妻との関係も元に戻って欲しかった。あの頃と同じように「イリーナは強くてカッコいいね」って、笑いかけて欲しかった。
イリヤ様にイタズラを仕掛けて、無邪気にシュウと笑い合うあなたを、私は少し後ろから微笑ましく見つめる。
そんな日常がまた戻ってくるんじゃ無いかって…。そう期待せずにはいられなかった。
冷静じゃ無かった。シュウを止めることをしなかった私は、反逆者として閉じ込められて当たり前だ。
(バカだな…もう、戻ってくるはずないのに)
***
出会いは私が12歳のころ。その頃のルシウスは、歳の離れたイリヤ様を父親のように慕い、その妻のミーナ様には安心しきって甘えてた。シュウ様のことは、まるで本当の妹のように可愛がっていた。
私はそんな彼が苦手だった。生い立ちにも恵まれていて、将来も約束されている彼は、私には眩し過ぎた。
私は幼い頃にイーターに全てを奪われた。覚えている1番古い記憶は、血の匂いと焼け野原。
泣くことも、笑うことも出来なかった私は、ただただ過ぎていく毎日を海の見える孤児院で過ごしていた。
国王夫妻との出会いはその孤児院。ミーナ様は王妃になる前、その孤児院の先生として数年間過ごしていた。
美しく優しいミーナ様は、そんな私を特別気にかけてくれていた。ひだまりのような温かい空気を纏い、存分に甘やかしてくれる…。私はそんなミーナお姉ちゃんが大好きだった。
ミーナお姉ちゃんが婚約して孤児院を出て行くと言った時、私は嫌だと泣き喚いた。
それまで、感情を表に出すことの無かった私が泣き喚いたからか、ミーナお姉ちゃんは嬉しそうに「必ず遊びに来るから」と、抱きしめてくれた。
その時のミーナ様の甘い香りと、腕の中の温かさを今でも鮮明に思い出す。
それから、すぐにミーナ様のご懐妊が分かった。
それでも、ミーナ様はエレンさんや、ガイアさんと一緒に、毎日のように孤児院に遊びに来てくれた。
私の身体能力の高さに気付いたのは、ガイアさん。そこで、剣技や体術を教えてくれた。
メキメキと強くなる私を見て、ガーディアン養成校への推薦をしてくれたのはミーナ様だった。そこでも、私は常に首席で私に敵う相手なんていなかった。
そもそもが、毎日の手合わせの相手がガイアさんや、偶に気まぐれで相手をしてくれるオスカさんだったから。
それにミーナ様は、よくお城にも連れて行ってくれた。
その時「僕に剣技を教えてよ?」と声をかけて来たのがルシウスだった。
2つ年下だったルシウスは左目の下、泣き黒子が可愛い、いつも笑顔の男の子。金色の髪と碧い瞳、イリヤ様に似て端正な顔立ち。絵本の中の王子様そのものだった。
ルシウスは何故か、私を気にかけてくれた。いつも屈託なく笑い、弱いくせに剣技の手合わせをいつもねだってきた。
「イリーナ…君は教えるのも上手いんだね?いつまで経っても甘えたの、へたれルシウスが剣を振れるようになってる!」
「そうなんだよ、お兄様!イリーナは、完璧なんだ!」
「…ルシウス様。イリヤ様は、あなたをバカにしているんですよ?」
「な!!…お兄様!?」
私が言うと、顔を真っ赤にしてイリヤ様に抗議しに行く…。それを見て、私もクスッと笑う。いつの間にか、苦手だと言う感情は消え去っていた。
そんなお城での日常が、だんだんと当たり前になってきていた。
ちょうどその頃、私は飛び級を重ねて15歳でガーディアンになるべく、養成校を卒業していた私は、ガイアさんからガーディアン「クラス1st」に、推薦された。
幾度となくイーター戦をこなしていた私は、最年少の15歳でクラス1stの称号を得ることとなった。
「クラス1stになったイリーナの、初任務は僕の弟…ルシウス専属の護衛だよ。仲も良かったし、君なら安心して任せられるから」
そうイリヤ様に任命されて、ルシウス様の護衛となった。特に仲の良かった記憶の無かった私は、不審に思いながらも、大好きなミーナ様のそばに居られることが嬉しくて、二つ返事で引き受けた。
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