セイレーンのガーディアン

桃華

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中間試験

13.記憶(ユリア)

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 不思議な感覚。また同じように好きになるとか、もう運命だとしか思えない。キスの後に額を合わせてフッと微笑んだ。

「…子供の頃の私はどんな感じだった…?」
「今と変わらない…」
「それって、成長してないってことになりますが…?」
「あぁ、そうかな?…うん。子供の時から変わらないかな」

 レイはもう一度笑いながら言って、話を終わらせようとする。
 まだ聞きたいことがいっぱいあるのに。頬を膨らませながら視線を逸らした。

「からかわないでよ。レイのことが好きで、隣りにいると幸せだった。くらいしか、まだ思い出せないんだよ?だから…少しでも知りたいのに」

 そう呟く私に、レイはごめんと謝りながら微笑んでいる。

「……何が知りたい?」
「何でレイは私を好きになったの?」
「……それを今の俺に言わせるの?」
「聞きたい!むしろ言わせたい!」

 レイは観念したと、手を上にあげて隣りに座り直りポツリと話し始めた。

「ユリアはさ…いつも俺を助けてくれてた」
「助けてた…?」
「そう。今みたいに…魔力の暴発が起きたとき、真っ先に俺を『鎮静』させてくれていた。初めに助けてくれたのは…6歳の時だった…」

 そう言うと、昔を思い出すかのように遠くを見つめて話しだした。


***

 幼い頃は今よりもっと自分の魔力を制御することが出来なかった。魔力のコントロールがそもそも下手くそで、頻繁に魔力を暴走させていた。
 体から魔力の炎が上がり肉体を焼く…。自分も痛いけれど、誰かを巻き込んでしまうのが怖かった。
 言い表すことのできないような恐怖にいつも怯えていた。

 だからずっと1人ぼっちだった…。ひとりでいた方が楽だった。誰かを巻き込んでしまう恐怖から逃れることが出来たから。

 そんな1人ぼっちの俺の前にユリアが現れた。

「私が『鎮静の歌』で、暴発を止めてあげる!」

 そう言い切って笑ってくれた。その言葉の通り、ユリアはずっとそばにいてくれた。暴発が起きそうになると、いつもユリアが鎮静の歌を歌ってくれていた。
 『セイレーンの歌は秘密』絶対に人前で使ってはいけない。ユリアはそう言い聞かせられていたはずなのに、俺の為に歌うことに躊躇なんて無かった。
 溢れ出た魔力の炎でユリアが怪我をする事もあった。だけど、みんなみたいに怖がって避けることはしなかった。

「俺のこと…怖くないの?炎に巻き込まれて、火傷してさ…痛くない?」

 暴発が起きる度に幼い俺はそう聞いたけれど、ユリアの返事はいつも一緒だった。

「私は平気だよ?だって私はレイを守れる力を持ってるもん!だから安心してね?私…レイには笑っててほしいの…」

 そう言って満面の笑顔を見せてくれる…。そんなユリアが好きだった。

***

 そこまで話すとレイはユリアに視線を戻した。ここまで話を聞いたけれど、やっぱり思い出すのは温かい視線で私を見つめるレイの表情だけだった。

「…私…そんなことしてたの?ごめん。まだ…実感がわかない…」

 そもそも、セイレーンのチカラはみんなの前で見せたらダメだって、昔から言われていたのに。
 簡単にママとの約束を破ってしまっていた自分に罪悪感を感じた。

「実感なくてもいいよ。忘れていても構わない。…ただ、ユリアが今日俺にしてくれたことも、かけてくれていた言葉も、昔と変わらないだろ?」

「本当だ…私何も変わってないね?何だか少し恥ずかしい…」

 なんて苦笑いを浮かべて言うと「だから、また好きになった」と、レイがイタズラな笑みを浮かべて言った。
 顔を真っ赤にして固まる私に、レイは話しを続けた。

「親たちが気付くくらいに、ユリアのことが好きだった。だからこそ…『記憶を消して、離れ離れにした方がいい』そう、親たちが結論を出したんだ」

「……え……」

 戸惑う私にレイは話を続けた。

***

 俺たちが10歳の頃、ザレス国の動きが活発になったと今のブルームンの国王『イリヤ』が諜報員から連絡を受けた。

 エレンを連れ去られてしまったザレス国の王ロードは、人を操るセイレーンを諦めていない。セイレーンの親子がブルームン国に匿われていることは、当時の国王ですら知らない機密事項だった。
 知っているのは俺たちの両親と…ごく僅かな、イリヤ王子の信頼できる人間だけ。
 隠されたセイレーンを捜して、ロードは各国の種族を手当たり次第に襲い始めた。
 その頃には、今みたいにイーターの脅威はとてつもないものになってしまっていたんだ。
 各国にいた『セイレーンのスケープゴート達』も、その時から犠牲が増えていった。

 だからこそ…エレンと、その子供のユリアのことを、外部に漏らさないことに細心の注意を払う必要があった。
 そんな状況下なのに、シュウも含めて俺たち子供はユリアとその母のエレンが『セイレーン』だと知っていた。
 ユリアは俺を助ける為に、みんなの前で歌を歌ってしまっていたから。

 信頼のおける大人達とは違って、俺たちは子供だった。子ども達からユリアの存在が漏れる事を恐れた。
 ユリアは俺の為に躊躇なく歌の力を使ってしまう。子供の俺たちの行動範囲も広くなってきた。今まで通りに、俺たちを管理することはできないと判断したのだろう。

 それに…ロードは確実にユリアの存在に気付き、そして探している。

 ユリアはイーターが創りたかった『強化されたセイレーン』だったから。
 シヴァ神である父のガイアとセイレーンであるエレンの混血児。神の力でセイレーンの力も強化され、体も丈夫な…まさにザレス国の理想のがユリアだった。

 イーターに見つかると連れ去られて、最悪この世界を守る為にユリアを殺さなくてはいけなくなる。

 だからこそ両親たちは、エレンに頼んで、ユリアを守る為に子供達の記憶を消すことを決めた。
 もちろん、ユリアとテルの記憶の中からも、と過ごしたことも忘れさせることを決めたんだ。


 それは、俺たち子供には秘密のはずだった。それなのに…俺はそれを直前で知ってしまった。

 ユリアを守る為には仕方のないことだって幼かったけれど、理解はできた。でも、俺は忘れたくなんて無かった。

 泣きながら「記憶を消さないで欲しい」と、エレンに頼み込んだ。
「みんなの記憶を残すことは出来ない。でも…レイ君が話さないことを約してくれるなら、レイ君だけは記憶を残すよ?」

 あの時のエレンさんの悲しそうな顔は、今も覚えている。

「レイ君だけは覚えててあげて…。レイ君達と過ごした楽しい記憶のこと、ユリアは忘れてしまうから。」

 俺が絶対に折れないと悟ったエレンさんは、頭を強くなでながらそう言った。

「このことは私とレイ君との秘密ね。誰かに言うと今度こそ、記憶を消さないといけなくなるから」

 忘れたくなかった俺は頷いて、誰にも言わないことをエレンさんと約束した。エレンさんのさっきまでの真剣な眼差しが、不意に柔らかくなった。

「じゃあ一つ…私からお願いしていいかな?」
「…お願い…?」
「記憶を無くしてしまうユリアに、レイ君を思い出せるような『プレゼント』を用意してあげて?」
「……何で?思い出す日なんて来るの?」

 子供の頃から減らず口ばかり叩いていた俺は、そんなことを言った気がする。

「シンデレラだって魔法が解けたんだから、ユリアの魔法も解けるかもしれないじゃない?その時に『ガラスの靴』みたいな、目標しるしがあった方がレイ君も探しやすいでしょ?」

 しらけた俺に向かって、エレンさんは無邪気に笑いかけた。

 …別にプレゼントは良かったんだ。記憶を無くす前に、ユリアに「好きだ」と伝えるつもりでいたし、ピアスが欲しいと、この前話していたから。それを渡す気でいた。

(言われて用意したみたいになった……嫌だ)

「はぁ…」と、気の抜けた返事をすると、エレンさんは嬉しそうにまた笑った。

***

 そこまでレイの話しを聞いて、思い出した。あれは…誕生日でも何でもない日だった。
 確か、いきなりレイに呼び出されたんだ。私はレイに会えるのが嬉しくて…。すぐにお城に向かった。
 会うのはブルームンのお城が多かった。今思ったら、きっと私が約束を破って歌うから…監視の為もあったんだろう。

 お城の中庭で2人きりになった時に、小さな箱をレイから渡された。

「……え……?これ…何?」
「…ユリアが前に欲しいって言ってたやつ…」
「開けてもいいの?」
「プレゼントだから…早く開けてよ」

 何故か顔を背けるレイを不思議に思いながら、なんだろう?と箱を開いた。
 そこには白い小花のピアスが入っていた。

「!これっ…この前アスカと一緒に見てて…欲しいねって話してたやつ…!!何で…??」
「アスカから聞いたから。似合うと思って……うわっ!」
「嬉しい!!ありがとう!!大事にする!っ絶対絶対大事にするからっ!」

 そっぽを向いて話すレイに、いきなり抱きついた。泣きそうなくらいに嬉しかったから。
 好きな人からの初めてのプレゼント。しかもサプライズ。こんなにいいことはもう起きないんじゃないかって思った。

 いつもは、抱きついたら「離れろよ」なんて言うレイが、その日は背中に腕を回した。

「…この先何があってもさ…離れ離れになったとしても、俺はずっとユリアのことが好きだから」

 その言葉が嬉しすぎて、すぐに声が出てこなかった。だって私はレイのことがずっと好きだったから。
 それなのに勇気がなくて言えなかった。嫌われていたらどうしようって怖かった。
 だからこそ、レイも私のことを好きだと知って嬉しすぎて涙が溢れた。

「…私もレイが好き…。離れ離れになんてならないもん!」

 夢でも見ているんじゃないかと思った。こんな幸せなことがあっていいのかな?なんて不安になる私に、レイはもう一度「好きだ」と呟いて、私と同じように泣いていた。

そして初めてのキスをしたの。
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