1 / 8
プロローグ
しおりを挟むーー夢を見ていたーー
まだ母が生きている頃の夢。
違う…これは私が子供の頃の記憶だ。
子供と言っても…10歳位だったかもしれない。オレンジ色の光が差し込む部屋で、私は母のエレンと双子の兄のテルと微睡んでいた。
明け方だったか夕方だったかはよく覚えていない。母は歌を口ずさんでいたような気がする。
母はセイレーンだったから、歌を歌う時には何か意味があるはずだったけれど、それもよく覚えていない。
母の優しい歌声に微睡んで眠ってしまった。何分だったか、何時間だったかは分からないけれど、隣りのテルも一緒に眠っていた。
母の「起きて」と言う声で、2人は同時に目を覚ましたのだから。
いつの間にかかけられていたブランケットからのそのそ這い出して、背伸びをした。テルはまだその場に座り込んで目を擦っている。
窓辺に座った母は、大きなあくびをしている私に手招きした。
大好きな母に呼ばれた私は、微笑みながら抱きついた。
陽だまりの中にいる母の膝に顔を乗せた。温かい手が私の長い髪を撫でる。
顔を上げると、優しく見つめる母と目が合った。
「ユリア…シンデレラの話…知ってる?」
唐突に誰でも知っている童話のことを聞かれた私は困惑して目を丸くした。
戸惑いながら知ってるよ?と言う私に、母は微笑みながら「どんな話しだったかしら?」と独り言をいいつつ話しを続けた。
シンデレラは魔法使いの魔法で、わずかな時間だけ辛い日常から抜け出して…。
それから限られた時間、王子様と夢のようなひと時を過ごして、12時の鐘の音と共にまた辛い日常に戻る。
そして、辛い暮らしに戻ったシンデレラは「あの時間は幸せだったな…」って思って暮らすっていう話しよね?と、言って笑った。
「……違うよ」
「違うだろ?」
兄妹が口を揃えてツッコミを入れた。そんな夢も希望も無い話しじゃない。
「それじゃあ物語の最後が『めでたしめでたし』にならないだろ」
テルはとぼける母にそう言って、ため息を吐いた。母は「確かにめでたくはないね」と、笑いながらテルを抱き寄せた。
最近は昔みたいに一緒に眠ったり、母に甘えたりすることも無かったテルだったけど…。
今日はこうやって2人で母の腕の中にいることが珍しい。
照れて顔を赤くするテルを見て私はクスッと笑った。
「ママ、シンデレラはガラスの靴を持って探しに来た王子様と幸せに暮らす話しだよ?」
「そっか…王子様がいるんだった」
わざとらしく母は驚いて、両手に抱えた私達をさらに強く抱き寄せた。テルは「離せって…」なんて言いながらも、嬉しそうだ。
「…ユリアのおかげで思い出した。シンデレラは王子様に救われたって話しね?」
「何か違うよ…。救ったのは魔法をかけた魔女でしょ?」
「違わないわ?魔女の魔法じゃ、シンデレラは救われてない。きっかけを与えただけ…」
そう呟いて、なぜか悲しそうに私とテルを交互に見つめた。
母はよく笑い、よく泣く表情豊かな人だったけれど、今日は何となく変だと思った。
「…王子様がシンデレラを探したから、辛い日常から救われたのよ?王子様が迎えに来たから…シンデレラにかけた魔法は永遠になったの」
王子様はどこの誰かも分からない、舞踏会に現れただけの『シンデレラ』に、もう一度会いたいって思った。
少ない手がかりで必死になって探してくれた王子様がいないと、シンデレラは「夢のような時間」を過ごしただけで終わる。だから救ったのはやっぱり王子様よね?と、母は熱く語った。
そう言われると一理ある気がしてきた。
「…どうでもいいけど…、何でシンデレラの話をそんなに熱く語るんだよ?」
テルも母の様子がいつもと違うことに気がついていたのかもしれない。
訝しげに聞くテルに、母は満面の笑みを浮かべて「聞きたい?」と、もったいぶった。
私は「聞きたい!」と目を輝かせて、母に詰め寄った。
「…私を『辛い日常』から救い出してくれた王子がパパだったの…」
母の口から飛び出した発言で、一気にテルの表情が死んだ。
私もまさか『シンデレラ』が惚気に繋がるなんて思って無かったから、呆気に取られてしまった。
私達のことなんて全く気にして無い母は「きゃー言っちゃったー!」なんて言いながら、両手を口元に当てている。
少女のように目をキラキラさせながら、もう何度も聞いた「かっこいいパパ」との馴れ初めを話しだした。
いつものことだけど…こうなったら止まらない。
(…何だ…いつものママだ…)
ホッとしてる私の隣りで、テルは「はぁ!?」と声を上げた。
「…ただ惚気たかっただけかよ…」
やっぱりテルも、母の様子がおかしいことに気が付いていたみたい。
話しをひと段落させた母は「ごめん」と咳払いをした。
言いたかったことはね?と、母は私の顔を覗き込んだ。
「…ユリアの魔法が解けた時にさ…王子様がそばにいてくれたらいいなって。…そう願わずにはいられないの」
「…へ…?」
またまた訳のわからないことを、少し悲しそうに呟く母に私は何も言えなかった。
確かにセイレーンの能力は、イーターから狙われているし、制限も多いけれど…。それを「辛い日常」だなんて思ったことは無かったから。
母の言いたいことの本質がわからない。うーんと眉間に皺を寄せて考えた。
「…テルもさ…『王子様』になって、救い出してあげられたらいいなって思うの…」
今度は隣りのテルに向かって、母が呟いていた。
「俺は王子様なんて柄じゃ無いから無理だな。王子様は、シュウみたいなヤツのことを言うんだ。俺はアイツにはなれないよ」
テルが『シュウ』と言う名前を出した途端に母の顔色が険しくなった。
(シュウ…?シュウって誰…?テルの友達かな?)
その名前に覚えがあるような無いような…不思議な感覚に陥った。
何かを思い出そうとするけれど、頭に霞がかかったように思い出せない。
「うーん」と、頭を抱えながら唸ってしまった。
「…やっぱりテルは一筋縄じゃいかないか…」
そう呟く母の声を聞いた気がした。じっと見つめていると、母がその視線に気付いて微笑んだ。
困ったように「何でもないよ?」と、私に笑顔を見せると時計を見上げた。
「もうこんな時間だ!二人とも、ご飯の支度を手伝って?パパが帰って来ちゃう!」
慌てて私達の手を引いて、キッチンに3人で走って行った。
***
大きくなる目覚ましの音で目が覚めた。
ーー何でだろう。今さらこんな昔のことを夢に見るなんて…。
(…緊張してるからかな…?)
そんなことを思いながら、ベッドから立ち上がる。
今日は編入試験を受ける日だ…。憂鬱な気分が更に憂鬱になって、大きくため息を吐いた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する
真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。
記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される
マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。
そこで木の影で眠る幼女を見つけた。
自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。
実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。
・初のファンタジー物です
・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います
・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯
どうか温かく見守ってください♪
☆感謝☆
HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯
そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。
本当にありがとうございます!
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる