おはようの後で

桃華

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23.おはようの後で 後編(シュウ)

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 目を覚ますとそこは国立病院の病室で、空はうっすらと白み初めていた。

(あれ…私…なんでこんな所に…?)

 確か…数日前に退院したはずだった。

 テル君に反対されたけど、学校に行くって話をして…。仮初の婚約者になってもらって、学校に行って…。

 それから…昨日はテル君と途中で学校を抜け出して…テーマパークに行って…。

(それから…?)

 その後のことが全く思い出せない。頭はスッキリしているし、身体も特に悪いところはないのに、何故か私は国立病院にいる。

(ダメだ…思い出せない。と…いうか、今日は何日?)

 ものすごく長い夢を見ていた気がする。それが、悪い夢だったのか、それともいい夢だったのか。それすらも全く思い出せない。

(もう一度寝ようかな…)

 学校に行くまではまだ時間があるし。
 ここが病院であることに間違いはないんだから、時間になれば誰かが起こしに来てくれるはずだ。

(その時に事情を聞こう…)

 考えることをやめた私は、二度寝しようと瞳を閉じた。

「…おはよう、シュウ」

 ベッドの上で寝返りを打った途端に、声をかけられてすぐさま目を開いた。

 その視界に飛び込んできたのはベッドの隣に座っているテル君で。
 いつものように「おはよう」と言うと、静かに微笑んで私の髪をそっと撫でてくれた。

「………」

 退院してからは、こんな風に「おはよう」と言われることないだろうなって思っていたから。
 なんだか嬉しいと思うのと同時に、『何でここに?』と、驚いてしまった。

「…えっ…!!どうしたの?!」

 混乱の余り勢いよく起き上がった。もう退院して、学校にも行ってたはずなのに、何故かこの場に…。こんな朝早くに、テル君が病室にいるんだから、驚くのも無理はない。

「…シュウ…本調子じゃ無かっただろ?実戦の授業の時にミリヤを探しに行って…それで備品庫で倒れたんだよ。それからもう三日目経ってる…」

 そんなことを言いながら、テル君が私の肩に額を乗せてもたれかかった。

「目を覚まして…良かった」

 いまいち納得は出来なかった。

 体調は悪くは無かったはずだ。ちゃんと食事はとっていたし。

(それに…。毎日テル君がお菓子をくれるし)

 倒れてしまうほどに、体力を消耗してしまっている実感は無かった。

 でも、テル君がこんな風に心配してくれているんだから、私は倒れてしまったんだろう。

「そうなんだ。心配かけてごめんね?まだ、頭がはっきりしなくて…。何も思い出せなくて」

「いいよ。何も思い出さなくていい。目覚めてくれただけで…それだけで…良かった」

 耳元で囁くように言う声は、小刻みに震えていて…。なんだか今にも泣き出しそうだった。

 私が「頭がはっきりしない」なんて、言ったせいだと、慌てて言い訳をした。

「身体はもうなんともないの!よく寝たってくらい元気で…」

「本当に?……無理してない?」

 テル君が私の頬に手を添えて、顔を覗きこんだ。
 その瞳に涙をいっぱいに溜めて、今にも溢れそうになっている。

(目覚めてくれただけで良かった。そう言ってたのに)

 『心配してる』と、言うよりは『憂いている』ように見えて、目を逸らせなくなった。

「私は平気だよ?」

「ん…。無理はしないで」

 悲しそうにそれだけ言うと、また私を抱き寄せた。

 なんでだろう。その辛そうな表情に既視感を覚えた。

 その表情を見たのはいつなのかは思い出せない。

 目が覚めた私は何故か、目一杯に甘えたいと思っていた気がする。
 
 そう、思った途端。自分でも訳の分からないうちに涙が頬を伝って溢れ落ちた。

「…あれ…なんで…?」
 
 何も思い出せないのに目が覚めた時、いつもの笑顔で「おはよう」って、言ってもらえてホッとしたんだ。

「…っ…違うの。本当になんでもなくて…」

 泣いている私に気付いて、強く抱きしめてくれた。
 
「…疲れてて嫌な夢でも見たんだよ。もう離れないから安心して?」

「……そうかもしれない……」

 夢は覚えて無いはずなのに。もう笑い合うことできないかもしれないって。

 何故か私は自分を『穢い』って思ってしまっている。

(『穢れた血』っていう雑言がそうさせたのかな?何でもないって言い聞かせてただけで、本当は気にしていたのかもしれない)

 そんな弱くは無かったはずなのに。

 テル君は混血だなんて気にしない。弱い私を受け止めてくれる。何があっても好きでいてくれる。

 その信頼感が、私を素直に泣かせてくれたのかもしれない。

 胸の中で肩を震わせながらも、安心して背中に腕を回した。

「……ありがとう。もう大丈夫……」

「無理しなくていいよ。落ち着くまで、もう少しこのままで…」

 離れようとする私の手を取り、指を絡ませて握り締めてくれる。

「…何か俺に出来ることはある?」

 そう聞いてくれたテル君を見つめながら、私は小さく頷いた。

 目が覚めたら二人で行きたい所も、伝えたい想いもたくさんあった。

 こんなにわがままで、貪欲だったなんて…。自分でも困惑している。

 それでも、どうしても今日は二人でいたいなって。そう思ってしまった。

「二人で学校サボりたい…かな?」

「!!」

 恐る恐る言った言葉に、見上げたテル君は目を丸くしている。

「ダメ…かな?」

 こんなお願いをしてしまうなんて、自分でも驚いている。

「いいよ!!いいに決まってる」

「ありがとう。…嬉しい」

「どこか行きたい所はある?」

「リクさんのお店に行きたい。あの時は緊張しててあまり見れなかったから。今日はゆっくり買い物したいって思って…」

「いいよ。体調悪くないなら一緒に行こうか?」

 頷いてくれたことに嬉しくなった私は、ワクワクしながら今日やりたいことを次々に指折り話した。

「ありがとう!その後は駅前のカフェに行きたいの。チョコレートケーキがすごく美味しくて、あ、モンブランも美味しいんだけどね。子供の頃、こっそりお城を抜け出して食べに行ってたんだ。久しぶりに食べたくて。それと、その近くにサーベルの専門店があって、そこにも行きたい!それとね…」

 柄にもなくはしゃいでしまったことに気付いて、ハッとして口を覆った。

(呆れられているかも…。倒れて寝込んだくせに、起きたらサボりたいなんて言いだしたりしたから)

 目があったテル君はそんなこと微塵も思ってないかのように、微笑んで私を見ている。

 子供っぽいことを言ってしまったと恥ずかしくなり、小さく咳払いをして取り繕った。
 
「欲張りすぎだよね?」

「何で?全部やろう。サボるって決めたなら楽しまないと」

 ありがとうを言いながら微笑む。

 さっきまで泣いていたのが嘘みたいに、気持ちは晴れ晴れとしていた。
 今なら何でも言えそうな気がして、テル君の頬に手を添えた。

「それと…どうしても言いたかったことがあるの」

「……何?」

 私を不思議そうに見つめるその瞳に向かって微笑みながら、伝えたかった言葉を口にした。

「おはよう。愛しい人」
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