おはようの後で

桃華

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5.テル/シュウ

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 食堂で起こったことを聞いたのは、全てが終わった午後の合同実技授業の最中に。

 しかもそのことを聞いたのも、アスカからだった。

「シュウはテルには言わなくていいって言ったんだけど…。念の為…伝えておいた方がいいかなって」

 大きなため息と共に「ありがとう」と、アスカにお礼を言った。

「何でユリアが泣いて…、シュウが慰めるんだよ……」

「ユリアが代わりに泣いてくれて嬉しいって、シュウはそう言ってた」

 アスカは小さな頃からシュウのことを知っている。シュウが女の自分を否定して『男』であろうとしたことも…。

(そもそも、アスカはそんな王子のシュウが好きだったし)

「……それはシュウの本心だと思うよ…」

 理不尽なことも、全て受け入れてきた強さを持っていることは、俺にも分かるけれど。

「……腑に落ちない」

「何が?」

「それって、シュウが全部我慢する必要あんのかなって」

「仕方ないよ。…小さい頃から酷い目に合ってて。それを受け入れていたんだから。それがシュウの普通なんでしょ?」

 不条理なことで貶められて、傷を負って。その不条理を『当たり前』のことだと受け入れてしまう。

 当たり前なんかじゃないのに。もっと怒ったり…泣いたりしてもいいはずなのに。
 そんな不条理が当たり前だったお城で育ったシュウは、それが出来ないんだ。

「全然、普通じゃないのにな…」

 呟きながら救護室のシュウへ視線を移した。
 いつも通りの微笑みを浮かべながら、怪我人の治療をしてる。

「シュウさ…。テルに出会って、そーゆー所も変わったって思ったんだけど。まだ、変わらない所も多いから…」

 アスカも同じようにシュウを見つめてから、俺に視線を移した。

「…甘えさせてあげてよ?」

「分かってる」

 分かってはいるけど、人がいる所では俺に甘えるような隙をシュウは見せないから。

 襲撃後は、多分心も弱ってて…。まぁまぁ甘えてくれたけど。
 『嫌いにならないで』と泣いたり。一緒に寝ようって手を取ってきたり。

(…………)

(可愛いかったな……)

 ニヤける俺をアスカが気持ち悪そうな目で見るから、咳払いして顔を覆った。

「何、ニヤけてんの…?」

「ごめん。何でもない…。」


『次…テル。モンスタールーム1番の部屋と…レイ、2番の部屋ね。準備が出来たら入ってね?』

 アナウンスが聞こえて立ち上がった。

「アスカ。俺行くけど…シュウのこと、見ててあげて?」

「え…?久しぶりの合同演習中だし、そんな変なこと起きないでしょ?しかも、さっきファリスとミリヤにも『シュウを頼む』って言ってたじゃん」

「かもしれないけど…用心に越したことないだろ?見ない顔も多いし」

 救護室への立ち入りは怪我した者か、天使族だと決められている。(治療の邪魔になるから)むやみに入ることはできない。
 しかも今日は特進クラス、A~Dクラスまでの合同授業の日だ。
 いつもより人が多い状態だから、余計な立ち入りは禁止だと救護室の教官に言われてしまった。

「……過保護……。まぁ、安心して?救護室の様子を気を配って見ておくよ」

 アスカの返事を聞いてから、大剣を手に指定された部屋へと入って行った。

(すぐに終わらせよう…)

***

 学校に来て初日が合同演習だったから、いつもよりも慌ただしかった。

「シュウ、もし…何かあったら言ってね?」

 声をかけてくれたのはミリヤと、ファリスだった。

「そうそう。俺たちテルから任せられてるから」

「そうなんだ…ありがとう」

(…優しいな…)

 周りから言われる雑言なんて、何も気にならないのに。
 直接言ってくる人には、微笑んで適当な話しをしておけばいい。

(お城でもそうやってやり過ごしてきたし)

 テル君は私が何か言われる度に威嚇したり、心配そうに私の顔を覗き込んだりしてくれた。
 テル君自身も今回のことで、きっと嫌な思いをしてるのに。

 今もこうやって心配してみんなに「お願い」もしてくれる。

(…なんだろ…お母さん?かな…)

 嬉しいなんて思っちゃいけない。そう思ってはいるけれど、何となく顔がニヤける。

(……授業に集中しよ……)

 三人で話していると足を怪我した子が入ってきたから。
 今日はブラックドラゴンとの演習だから、怪我をする人も多くて…。救護室はあっという間に人だかりとなった。

「私がするからミリヤとファリスは、次に来る人の為に待機しててね?」

「あ…うん。分かったよ」

「シュウ、あんまり無理するなよー」

 心配してくれる二人に笑顔で手を振った。

「あー!俺の治療してくれるのって、噂のサキュバスハーフのプリンセス?」

 快活な大声で、そんなことを叫んだのは余り見かけない人だった。
 近くにいたミリヤの顔が引き攣った。

「…クォーターだよ?」

(まただ…)

 貼り付けた笑顔を浮かべながら、もう何度目だろうっていう言葉を口にする。

(さっさと終わらせよう…)

 あくまでも治療に専念する。男の足の傷は深く出血量も多かった。

「俺さCクラスなんだけど、プリンセスの治療受けたの今日が初めてなんだよね。だから…初めて見たけど…。まぁ、さすが…サキュバスの血が混じってるだけあるね。普通に綺麗。俺的にもだよ」

「………」

 ニヤニヤ笑いながら全身を舐めるように見つめる。いやらしい視線に嫌悪感を覚えながら、治癒魔法を施していく。

「あっ…そうだ!!Aクラスの奴、みんなとヤッたって本当?」

「!!何言ってるのっ…!!そんなわけない…っ」

 隣りで治療していた、ミリヤが耐えきれずに大声を出して立ち上がってしまった。

「へー。でも、プリンセスが治癒魔法の威力が高いのは、毎日悪魔族の魔力吸収してるからって聞いたけど?あ、因みに俺は悪魔族だから、バッキバキに魔力吸収できるから。今度相手してよ」

 嫌な視線を私に向けて、ニタニタと笑うその顔から視線を逸らした。
 
「魔力吸収なんてしてないから。相手なんてしてもらわなくていいよ。……足の治療は終わったし…。もう授業に戻って下さい」

 男にそう伝えると、立ち上がったミリヤに「騒ぎを起こしてごめん」と、謝った。
「テル君…呼んでくる…」ミリヤは、涙ぐみながらそう呟いた。

 ユリアもだけど…私の周りはこうやって私の代わりに泣いてくれる子ばかり。恵まれてると微笑んだ。
 
「ミリヤ。大丈夫だよ?」

 なだめるようにミリヤの手を握った。こんなしょうもないことで、授業中のテル君を呼ぶのは嫌だったから。

「テル君…?あ、そうか。プリンセスには変な噂がたたないように、仕立てあげた『ノーマル』の婚約者がいるんだよな?」

 そのやらしい顔を睨みつけて大きく息を吐いた。

「……次の怪我人がいるから。出ていって……」

 そう言った瞬間に、男に二の腕を掴まれて、思いっきり引かれた。

「そんなヤツのモノで満足できんの?俺が相手してやるよ…プリンセス様?」

 舌舐めずりしながら、私の身体を舐め回すように見つめてほくそ笑んだ。

「へー。腕は華奢なんだ。身体つきはこんなエロいのにな」

 引かれた腕に男の指が食い込む。睨み付けた、男の目がギラギラしててと重なった。

 途端に身体から血の気が引いた。リアルに思い出すあの時の感覚に、額から汗が滲む。
 息が吸えなくなって、浅い呼吸を繰り返す。手が冷たくなって身体が震えていく。

(気持ち悪い…)

 膝から崩れ落ちそうになるのを、誰かの腕が受け止めてくれた。
 
「っったぁ…っ!」

 男の絶叫に苦痛に恐る恐る目を開くと、私を受け止めてくれたのはテル君だった。
 私を掴む男の腕を握りながら、睨んでいるのが目に入った。

「…何してんの?つーか、誰に許可を得てシュウに触ってんの?」

 折れそうなくらい強い力で握られた男の腕から、ミシッと骨が折れる音がした。

「痛いって…!!離せよ……!!」

 余裕だった男の顔は苦痛に歪んでる。

「っ…テル…くん…?」

 このままじゃダメだ。テル君がこの男を殺してしまう。そう思って腕の中で何とか声をあげた。
 私に気付いたテル君は、ホッと胸を撫で下ろして手の力を緩めた。

「っ……ちょっとした冗談じゃん」

 男は握られた腕を摩りながら、後退りを始めた。それでも、テル君は睨むのを辞めない。

「…次に近づいたら殺すから」

 いつものような優しい声じゃ無かった。

(…怒ってる…)

 男が救護室を去っていくのを見届けると、やっとテル君は私へと視線を移した。

「シュウ…大丈夫?…ごめん…俺が傍にいなかったから……」

 心配そうに私の顔に触れ、汗で額に張り付く髪を指で拭いながら焦っている。

(やっぱり優しい…)

 抱き止めてくれた腕のチカラに安心する。心配そうに見つめてくれる、その視線は固まっていた私の身体を解していく。

 頬に触れる手に、そっと自分の手を重ねた。

(……いい香りがする……温かい……)

 今まで苦しかった息が吸える。指先に体温が戻ってくる。

「…うん…。授業中だったのに……ありがと……っうわっ」

 身体がふわっと浮いた。軽々と横抱きに私を抱えて、テル君は救護室を出て行こうと歩きだす。

 気がついたら、さっきまでいなかったはずのファリスが「カッコいいー。テル、マジもんの王子じゃん」なんて、からかいながら見つめていた。

「ファリス。シュウ、体調悪そうだからさ…。ここ、任せるわ」

「わ…私!?もう平気っ!!体調悪くない…!!っ大丈夫だよ…」

 腕の中の私の言葉なんて聞いてない。

「うぃ~。任された」

 ファリスも軽いノリでそう言うから、私はそのまま救護室を後にした。
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