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第二章

瑞葵

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 信じられないことに晴れてお付き合いが始まりました。……と言っても社会人と学生……しかも隣の高校生。
 平日は、昼に一緒に飯を食って時間が合えば待ち合わせして、涼風のマンションまで送って帰る。休日は朝から自分のマンションに涼風が来て、ちょっといちゃついて夕方には送っていく。
 まぁ、なんというか、恋人なんだけど、はたから見れば兄弟にも見えなくはないらしく、二人で出かけてもあまり周りを気にしなくてもすむのがありがたい……といえば変か。
 それに、涼風はあまり外に出るのを喜ばなかった。デートの定番の映画やら水族館などを提案してみたが、ことごとくいやだと言われたのだ。
 
 人混みがいや。その一点張り。
 
 まぁ、匠も人混みは好きじゃなく、休みの日は家でだらだらしていたインドア派だったから、好みが合うと言えばあうのだろう。
 付き合い始めて涼風はひどく匠の事を聞きたがった。
 親の事、生まれ育った場所の事、今までの事……。面白いことも楽しいこともないぞと念押ししたのだが、それでもとねだられた。

「親は俺が小さいころに離婚して、俺は母方の祖父の所に世話になってた」

 昼飯を作りながら話をしてやる。涼風は匠の邪魔にならないように離れている。匠は涼風と付き合うようになって自炊をする回数がぐっと増えた。

「だから住んでいたのも、ここじゃない。もっと田舎の方だ。限界集落……だったんじゃないかな」
「限界?」
「年寄ばっかり住んでるとこ。学校までチャリで……二時間?かかったかな」

 電動自転車など買ってもらえなかったから、行きはよいよい帰りは怖いで苦労したとフライパンを洗いながら言う。

「母ちゃんも?」

 母親の事を聞かれ、ふと手が止まった。母ちゃん……か。

「俺が祖父ちゃんに預けられたのと同じぐらいの時に、事故で死んだって聞いてる」

 確か十、いや九つぐらいか。
 両親の喧嘩が絶えなかったのは覚えている。酔えば母親に暴力をふるう父親だった。でも、母親も負けていなかった。物が飛び、物が割れる。警察も幾度か来ただろう。そのうち離婚が決まり、匠は暗く闇の深い山の狭間の……集落に住んでいた祖父の所に預けられた。父親とはそれきりだ。
 母親は匠を祖父に預けそのままいなくなった。おそらく町に戻ったのだろう。だが、その次の記憶は……もう墓だ。

「……よく覚えていないんだ。葬式の事も覚えていない」

 涼風の手が匠の手に重なった。なんだ?と視線を向けるとべそ顔になっている。

「いやな事……聞いたか?」
「いやな事?」

 別にいやな事ではないが……楽しい話でもない、というぐらいの認識しか匠にはもうない。
 涼風は何かを言い淀んでいたが、匠が静かに待つとようやく言葉を押し出した。

「俺も……母ちゃん、いない」
「え?」

 驚いた。だが、今はそういう時代かとも思う。離婚率も上がっている。涼風が手を伸ばしてきたのでその体を抱きしめてやる。

「離婚……されたか、なんかか?」

 涼風は匠の胸に顔を埋めぎゅっとしがみついてきた。

「母ちゃん……俺が生まれた時、死んだって」
「え?」

 思ってもいない言葉に匠が驚く。

「急変だった、って皆言う。俺を生んで急に亡くなったって」

 言葉が出ずにただ涼風の頭を撫でる。出産直後に亡くなられたのか。無い事ではないが……それでも言葉が出ない。処置が遅れたかなんかだったのだろか。

「……瑞葵は俺が……俺のせいで母ちゃん死んだって言った。俺が生まれたことより、母ちゃんが死んだ方が悲しいって……」

 匠の顔が歪む。だが、涼風が生まれた直後なら瑞葵もまだ幼かっただろう。一番母親が恋しい年頃だったかもしれない。
 匠は涼風を抱き上げた。涼風が首にしがみつき足を絡めると、まだどうにか抱えて移動できる。

「小さい頃か?」

 リビングに向かいそのままベッドに座る。涼風の背中をあやすように軽く叩く。

「瑞葵は今も俺が嫌いだ……。本当は一人暮らしのはずだったのに俺を押し付けられて迷惑してる」
「涼風」
「俺は行儀も悪いし、瑞葵みたいにできもよくない。できそこない……」
「すーずかぜ!」

 こら、と声をかけるとさすがに口を閉じた。

「自分の事、悪く言うな。それ以上言ったら、俺怒るぞ」

 涼風が匠の腕の中で小さくなる。怒られるのはいやなのだろうが、涼風の中にも思うことがあるのだろう。

「……でも、本当のことだ。俺は気を糸にできない……。喰うしかできない」

 糸……。瑞葵が匠の体の中から引き出した糸の事だろう。まだ詳しいことは全くわからないし、涼風に聞く気もないが、瑞葵は気を糸にできる。だが、涼風は……ばりっと、ひっぺはがすことしかできない。
 おそらくその後の処理の仕方も違うのだろう。涼風は自分は『喰うしかできない』と言った。なら、瑞葵はどうするのだろうか。

「涼風……」

 ゆらゆらと膝の上で涼風を揺らしながら、その頭に幾度もキスを落とす。

「俺はお前にいっぱい助けられたがな」

 顔を上げようとしない。本当に母親の事と瑞葵の事は涼風の中でも難しいことなのだろう。それを打ち明けてくれたことは匠には純粋に嬉しかった。それに涼風は誤解をしている気もする。

「涼風。多分だが、瑞葵はお前の事、嫌ってはいないぞ」

 ぴくんと涼風の肩が揺れる。

「体調崩してるお前が心配で学校まで迎えに行ってるじゃないか。んで、鉢合わせした俺をあれは蹴り飛ばしたぞ」

 あの蹴りは自分の弟に何をしやがった!の蹴りだと匠は思う。

「だいたい、初対面の人間を行儀がいい奴が蹴るか?普通」

 普通、いくら頭に来てても蹴らないと思う。涼風がようやくのそのそと頭を上げた。その額に自分の額を押し付ける。その大きな目を覗き込む。

「俺はお前をすごいと思う」

 修行だからと言ってあの苦い陰気を喰うことができる。考えてみればあの淫気の姉ちゃんだってどうにかした。

「……匠はちょっと俺の事を買い被っていると思う」

 目元は濡れていたが、泣いてはいないな。ん、と濡れた目元に口を寄せると、涼風がもっとと顔を上げた。

「買い被ってんじゃなくて、甘やかしたいって言ったろ」
「……もっと甘やかしてって言ったら……駄目か?」

 匠が苦笑いを浮かべてしまう。涼風の目は本気だが、台所にはできたばかりの昼飯の焼きそばがある。だが、ここはベッドの上だ。

 焼きそばを取るか涼風を取るか。

「昼飯……後でいい?」

 あ、と涼風が背後の台所を見ようとしたが、その顔を両手で挟んでキスをした。

 ◇
 
 ちょうど涼風を送り届けて帰るとき、マンションの入り口で瑞葵に会った。大学生だったか。

「おかえり」
「ただいま……」

 そういえば、会うのは蹴られた時以来かと思い出す。瑞葵も変な顔をした。まぁ、弟の付き合っている男から『おかえり』と言われても複雑か。

「話しできるか?」
「涼風の事なら涼風に聞きなよ」

 ぱしんと切られた。ふむと瑞葵の顔を見る。瑞葵は俺に聞いても何もでないという顔で匠を軽く睨んでいる。
 匠は首を傾げた。涼風の事もあるが、聞きたいのは涼風……竹内の家の事になるだろう。おそらく涼風はまだ知らないことがあるだろうし、言っていい事と悪い事の区別がつかないと匠は思う。

「涼風は、家の事も聞けばなんでも答えてしまう」

 瑞葵の細い眉が寄った。顔のしかめ方が涼風と似てる。

「ここじゃ、なんだから。ちょっと外に出ていい?」

 瑞葵は匠の返事を待たず背を向けると歩き出した。

 ◇

「で、何」

 チェーン店のコーヒーショップで席を取り、瑞葵が首を傾げる。だが、匠の目はその前に置かれたトールサイズのカップからしばらく目が離せなかった。
 どっさり乗った生クリーム。綺麗な琥珀色のキャラメルソース。さらにその上にチョコレートソース。

「……甘党か?」

 思わず聞いてしまった匠に瑞葵が顔をしかめて「疲れてんの」とぶつぶつ言いカップに口を付けた。そして、白く汚れた唇をん、と舐めて匠を見た。

「こっちも聞きたいことあるんだけど、いい?」
「ああ」
「昔から、見えてる?」

 何がと言われなくても分かる。匠は自分の前にあるコーヒーのカップを眺める。暗い闇の中にまだ暗いモノがいることを知っているかと瑞葵は聞いた。

「……昔はまだ見えてた。成人するぐらいから見えなくなって……いや、気にならなくなって。涼風に会って、また靄っぽいのは見えるようになった」

 瑞葵が腕を組んでテーブルの上を軽く睨む。

「物心ついたときには見えてた?」

 そう言われても……さすがに記憶がない。それに祖父にやめときと言われて以来、なるべく触れないようにしてきた話題だ。

「よくわからん……」

 匠も腕を組み、どうだったかと考える。

「ただ、小さい頃は病気がちだったと祖父が言っていた。一度は死にかけて入院したらしい」

 黙りこんんだ瑞葵に今度は匠が尋ねる。

「なぜ、あれは、アレの区別がつかない?」

 瑞葵がはじかれた様に顔を上げて匠を見た。涼風よりも細いがやはり少し吊り目の目が匠を見つめる。

「分かるのか」

 陰気と淫気。匠は顔をしかめて頷いた。

「俺ですら区別がつくものを、あれは喰うまでわからんと言った。なぜだ?」

 そこが一番知りたい。いや、教えてもらえるなら、なぜ陰気やらを喰わなければならない修行をしているのかも知りたい。だが、それは多分、涼風が長と呼ぶ父親が関わってくる。
 瑞葵は再び考え込み、甘ったるい飲み物を口にした。
 はぐらかそうという顔ではない。何をどこまで話せばいいのか考えている顔なので匠もコーヒーを飲みながら待つ。
 しばらく考えていた瑞葵がようやく顔を上げた。だが、それでも難しいという顔をしている。

「俺も長に聞かないと……。どこまで話していいのかわからない」

 やはりそうか。匠が顔を軽くしかめる。父親なら正面対決になるか?いや、それでもいいのだが……。

「長……父ちゃん、マンションにいる……ん?」

 言いかけてあれ?と口を押えた。昼になんか涼風から聞いたぞ?一人暮らしの瑞葵の所にやられたとかなんとか。

「いや、今の長は俺の兄だ」
「……」

 口を押えた手を放せなくなった。目だけが見開いて自分の前に座る瑞葵を見る。

「え……なら」

 涼風は母親は自分が生まれた時亡くなったと言った。父親もか?
 言葉が出ななくなった匠に、瑞葵が気にしなくていいと手を振った。

「先代……俺達の親父は仕事熱心だった。子供の事は人任せだったから気にしなくていい」

 そう言われてもさすがに匠も顔を伏せる。涼風は父親の事は言わなかった。なぜだろう……。瑞葵が感心したようなあきれたような顔をする。

「本当に聞いてないんだな」
「……危なっかしくてな」

 そうか……と瑞葵が呟き、そして改めて匠を見た。

「仕事の事は俺の一存では話せない。家の事になる」
「分かった」

 匠も背を伸ばす。瑞葵は何かを思い出そうとするように匠から視線を逸らし話し始めた。

「……涼風は母親の腹の中にいる時に、まじないを受けていた」
「まじない?」

 涼風もそういえば『まじない』という言葉を使ったことがある。

「腹の中にいる時って……え?」
「赤ちゃんができたと分かったぐらいの時から、生まれる直前までだ。今の涼風と同じぐらいの年の子が来て、まじないをかけていた」

 子供が胎児に?

「なんの?」

 思わず聞いた匠にさすがに瑞葵も首を横に振る。

「わからん……というか、俺もさすがに小さくて記憶があやふやだ」

 三歳か四歳か。それはそうかと匠も頷く。だが、やはり不思議なことをする家なのだろう。子供が胎児にというところはなにか引っかかるが、そういえば、涼風は大事なものを守るためのまじないを自分にかけた、と言っていたな。失敗だったと言っていたが。

「……どんなもんかと思っていたら」

 瑞葵がどこか困ったという口調で視線を机に戻す。なんだ?と首を傾げた匠に軽く首を横に振った。

「陽の気が腹に溜まって糸にならない」

 糸。

「だから喰うしかないんだ。あれは」

 陽の気溜まりが腹の中にある。だから喰うことで陰気を浄化できる。ようやく匠にもわかった。それが涼風の陰気の浄化の仕方なのだろう。
 だが、淫気は……。思い出して顔をしかめる。喰っても浄化されず、涼風は精液を出すこともできなかった。体内に精液を浴びてどうにか浄化できたらしいが。

「やめさせられないか」

 ん?と瑞葵が何か聞き間違えたかと顔を上げた。

「涼風がアレを喰うのが、俺は怖い」

 陰気でも淫気でも。匠は両方怖い。特に淫気は……今回はどうにかなったが、どうも不安で恐ろしい。

「俺が決めることじゃない」

 なぜか拗ねたように瑞葵が口を尖らせた。それもそうか。匠が頭を掻く。家業みたいなものか。そう簡単に辞めるとか言えるような話じゃないか。

 でも……どうにかしたい。

 考え込んだ匠を瑞葵が覗き込んだ。机の上のカップはいつの間に空だ。

「俺、あんたとどっかで会ったか?」
「んあ?」

 今度は匠が何か聞き間違えたかと顔を上げる。気が付けば瑞葵が顔をしかめ、しみじみと匠の顔を眺めていた。

「何」
「いや、俺、人の顔覚えるの苦手じゃないんだけど、あんたに会った記憶がない」
「俺もないが?」

 それはそうだろう。まず年齢が違う。接点すらない。だいたい涼風がいなければ一生縁がなかっただろう。

「……だよな」

 瑞葵がそれでもおかしいなと呟きながら椅子に座りなおす。

「涼風があんたと俺の事をしつこく聞く」
「は?」

 なんだそれ?

「わからないから、俺も聞いた」

 ん?涼風が?なんで?ん?昼に会った時は何も言わなかったが……。

「俺とあんたが知り合いだった……とでも?」
「変だよな?」
「変だな」

 二人で首を傾げる。瑞葵に聞くんだったら、自分にも聞けばいいのに。いや、匠の昔の事を聞きたがったのはどここかに瑞葵との接点がないか探りたかったのか?

「あ」

 瑞葵が手首の時計を見て声を上げた。匠もスマホを見て、思っていた以上に時間が経っていることに気が付き、慌てて立ち上がる。

「あいつ、腹が減ると暴れるんだよ」

 カップを片付けながら、ぶつぶつ言う瑞葵に思わず吹き出す。なに?とじろりと睨まれ、匠はなんでもないと首を横に振った。

「兄ちゃんの心、弟知らずってか」

 からかわれていると気が付いた瑞葵が思い切り顔をしかめる。やはりその顔が涼風そっくりでさらに匠は笑った。
 マンションに戻るまで無言で何か考えていた瑞葵が、じゃぁと片手を上げて帰ろうとした匠を呼び止めた。

「お前、一度、うちの長に会ってみないか」
「……兄ちゃん?」

 匠が少し驚く。瑞葵は腕を組み少し緊張した顔で匠を見た。

「長ならお前が聞きたい事に答えてくれる。それに涼風の事もだ。長なら覚えているはずだ」

 長と呼ばれる立場の人間に会う?いや、涼風の兄ちゃんに会う……。さすがに匠も考え込んだ。

「緊張しかしねぇんだけど」

 と、自分が涼風達のマンション前にいることに気が付き、まさか今から?!と顔色を変えた。瑞葵が違うと首を横に振る。

「今度、用事があってこっちに来る。いいタイミングだと思う」
「用事?」

 なんの?と匠が聞くと瑞葵が間違えたと口を押えた。

「仕事だ」

 長と呼ばれる人間が出てくるほどの仕事?さすがに返事ができず、ぽかんと瑞葵を見る。だが、瑞葵は真面目な顔で匠を見た。

「もし……長が許せばだが」
「……許せば?」
「俺達がどんな仕事をしているのか見てた方がいい。綺麗な仕事でも普通の仕事でもない」

 綺麗な仕事でも普通の仕事でもない。匠が頭の中で繰り返す。普通の人間が扱う仕事ではない。陰気を扱う仕事。だが、その仕事が涼風に関わるのなら……。自分からも頼もうと口を開く前に瑞葵が口を開いた。

「涼風の見た目が綺麗だとか、物珍しさで付き合ってるぐらいなら、深入りする前にやめたほうがいい」

 厳しい口調に驚く。
 瑞葵は匠を睨むように見ていた。涼風が……なんだって?だが、頭が理解するよりも先に口が動いてた。

「長……兄ちゃんに話をつけておいてくれ」

 瑞葵が何を自分に言ったのかゆっくりとわかる。
 瑞葵は……匠に忠告をしたのだ。興味本位ならやめろと。

「……わかった」
「いいと言われたら、俺に連絡をくれ」
「涼風に……」

 瑞葵の言葉にいや、と匠が首を横に振る。

「涼風には俺から話す」

 家の事を自分が知っていいか。仕事の事を知っていいか。長……涼風の兄ちゃんにいいと言われてから聞いてみた方がよさそうだ。

「連絡先を……」
「ん……?どうした?」

 スマホで連絡先を交換しようとして、瑞葵の手が震えていることに気が付いた。そのうち腕から肩まで震えてきて匠が驚く。

「俺……ひどい……」

 瑞葵が手で自分の口元を押さえ顔を歪めていた。気分でも悪くなったのかと匠が寄ろうとして、手を突き出される。

「瑞葵?」
「……二人の事なのに……俺、ひでぇ」

 歪んだ目元からとうとうぽろぽろと涙が溢れ、匠が飛び上がる。

「なっ?!泣く?どしたっ?!」

 泣くほどの事がなんかあったか?なんだ?わけがわからない匠に瑞葵が首を横に振り、ごめんと呟いた。
 謝られてようやくわかる。そうか……さっきの忠告の事か。
 匠はぐいと瑞葵の肩を自分の方に引き寄せ、涼風よりも広い背を軽く叩いた。

「兄ちゃんは涼風が心配でたまらないのな」

 ぐすっと鼻をすする瑞葵に、ハンカチがなかったなぁと思いながら、その小さな頭をガシガシとかき回す。
 やっぱ、兄弟なんだな。なんか泣き方も似てる。

「涼風はあんたに嫌われているっていじけていたが、あんたはやっぱり涼風が可愛いんだ」
「可愛いわけあるか……あほう」
「はいはい」

 愚痴垂れるところもそっくりだ。面白くて頭を撫でていたら正気に戻ったのか、いきなり突き飛ばされた。

「いつまで触ってんだ!とっとと離れろっ!」

 どんっという衝撃に後ろに数歩飛ばされた。マンションの入り口の階段を踏み外し、やべっと思ったのと、どんと背中に誰かにぶつかったのが同時だった。通行人か?!

「すいません!」
「うおっ……」
「匠っ?!」
「え?」

 倒れそうになった匠を支えてくれた通りすがりの人が、え?と驚いた声を上げる。だが、その声が知っている人間の声だったので匠も驚いて振り向いた。

「喜屋?」
「内藤?」

 スマホ片手に喜屋がびっくりした顔で匠を見て、マンションから匠を追いかけてきた瑞葵を見て、さらに驚いた顔をした。

「すいません!お怪我はっ……?!」

 飛び出してきた瑞葵もなぜか喜屋を見て目を見開く。口がぽかんと開いた後、きゅうううっ!と噛んだのが匠にも分かった。見る間に首から赤くなる。

「え……クールビューティ?」

 は?

「クール……?」

 喜屋が何を言ったのかわからずに、聞き返そうとした時、瑞葵は物も言わずにマンションに飛び込んでいった。

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