上 下
1 / 1

メッセージ

しおりを挟む
『はいチーズ……ごめんハルカ、写真じゃなくてビデオになってた』

 画面の中で二人の女性が笑っている。

『もう、ミキしっかり、キャー』

 しかし言葉は途中で悲鳴に変わった。ビデオボタンが押されたままの画面が真っ白な光と映し出す。

『なに!?』

 怯えたような声と共に、唸るような地響きとけたたましい動物たちの鳴き声が聞こえた。
 放りだされたのだろうか画面が大きく揺れ次に映し出されたのはしっかりとお互いを抱きしめあったまま地面にしゃがみ込んでいる二人の姿だった。

『今の揺れ震度6はあったんじゃない!』

 画面の中で、ハルカと呼ばれていた女性がカバンから取り出した四角い何かを食い入るように見つめて声をあげる。

『だめだ、電波届いてない、ミキのは?』
『そういえば、私のスマホ──』

 キョロキョロとミキと呼ばれた女性が何かを探すようにあたりを見渡している、そしてスマホというものを見つけたのだろう、すっと画面に向かって手が伸びてきた。そこで映像はぶつりと途切れた。

 次に映し出されたのは、先ほどのような動く映像ではなかった。音声もなにもない静止画。たぶんこれが写真と呼ばれるものなのだろう。そこに映し出されたものは今までのものとは違いけっして見ていて楽しい気分になるようなものではなかった。

 崩れた建物。燃える木々。

 何を思ってこれを撮ったのか。それを確かめることはできない。
 そんな写真が何枚か続いたあと、再び映像が流れる。

『お母さん、お父さん大丈夫ですか?』

 画面いっぱいに映し出されたのはミキだった。彼女は淡々とした口調でまるで誰かに話しかけるように言葉を続けた。

『どうやら私たちはこの温泉街の山に閉じ込められてしまったようです。幸いなことに、ここにはあの地震で壊れず雨風をしのげる建物と食料の備蓄がありました。ソーラーパネルを使った蓄電器や湧き水もでてるので私とハルカは大丈夫です。宿の人や近くの村の人たちも一緒です。外と連絡が通じ出ないのが不安ですが。心配しないでください』

 映像はまたそこで一度切れる。

 建物の中で身を寄せ合う人々。
 食べ物を配る人々。
 不安な大人たちの顔とは対照にふざけあっているのか笑顔の子供たち。
 温泉につかる動物たち。
 【SOS】と書かれた紙と地図と住所らしきものを書いた紙を持って笑顔で映る、ミキとハルカ写真。

 次に映像が映し出されたのはそれからいったい何日過ぎたものなのだろうか、ふっくらとしていた頬は、あきらかにこけ艶もなくうっすら汚れていた、その瞳も最初のころと違いどこか暗い影を落としている。

『お母さん、お父さん、生きているよね?』

 一瞬グッと何かを飲み込むようにうつむくと、再び淡々を語り出した。

『一週間以上たちましたが救助どころか、ヘリコプター1台見ていません。先に数人で山を下りた男の人たちも帰って来ません。日本は今どうなっちゃたの? ラジオも無線も何も通じません。不安です』

 それからまた次の映像に切り替わる。

『さっきここにいる人たちと激しい光と爆音を聞きました。それから山の上から遠くの方にいくつものキノコ雲がたちのぼるのが見えました』

 画面の中のミキの唇がプルプルと震えている。

『まさか戦争? ……ママ、パパ会いたいよ』

 絞り出すような苦し気な表情でミキは誰に問いかけるでもなくそう言い残し映像は切れた。
 季節が変わったのだろうか、マメに残された写真の、緑の草木がまぶしかった背景が、白い綿に覆われたようなものに変わっていく。

『救助を呼びに行った男の人達が帰って来ました……』

 そこで画面が切り替わる。たぶん別の人がとった写真なのだろう。
 初めにミキがとった崩れた建物の比でない惨状がそこには映し出されていた。

 どんよりとした空に届くばかりの高い鉄の塊は途中で手を伸ばすのをあきらめたかのように、ぐにゃりと途中から下に向かって曲がり。周りの建物も、ひびが入っていたり崩れていたりと、ほとんど原型をとどめていないものばかりだった。
 次に映し出されたのももとは綺麗な住宅街だったのかもしれない。崩れた人工物に藻のようなものがまとわりついた家、こんもりと土の山のように盛り上がっている場所には沢山の小さな虫が飛んでいるのがわかった。

 見ているだけで背中がひんやりとしてくるような写真が何枚も何千枚も続いた。

 青い空の写真もある。カラフルな屋根も映っている。なのに全てが灰色の見える世界がそこにはあった。

 このままずっとそんな写真ばかりが続くかに思われた時、急に一枚の写真が目に止まった。
 それは赤ん坊の写真だった。

 いままで灰色だったものに突然色が付いたそんな写真だった。
 うっすらと赤みのある肌。ほとんど目をつぶっている、たまに違うものはあくびをしていたり、泣いていたり、乳を飲んでいる写真だった。

 それから久しぶりにミキの音声が入った映像が映った。

『ハルカが赤ちゃんを産みました。名前はミライ。みんなで付けました。あれから飛行機やヘリコプターはやはり一度も飛んでいるのを見ていません。もしかして日本だけでなく、世界中こんなふうになってしまっているのかもしれないと考えるととても怖いです。でも私たちは生きています。今世界がどうなっているかわかりません。でもきっと同じようにどこかで人々は生きてると信じています。だからできる限り私は記録を残していきたいと思います。いつか誰かが見つけてくれた時のために。私たちがここで精一杯生きた証をメッセージをここに残していきたいと思います』

 それからは皆で畑を耕す姿や。そこで取れたものを笑いながら食べる人々の姿。
 ハイハイからつかまり立ちをするミライの姿や。真っ黒になって何か鉄の塊を繋げている人たちの姿が映し出された。
 崩れかけた建物に草のツタが絡まる風景など、どこか寂し写真がなくなったわけではない、でもミライの周りの人たちはどんよりとしたあの日の空のような目はもうしていなかった。
 なにかまぶしいものを見るように、ミライを見詰めてほほ笑んでいる。

~◇~◇~◇~◇~◇~◇~

「以上が、このスマホと呼ばれていたものに込められていた念波です」

 宇宙の彼方。念波とたどり地球にたどり着いた異星人は、そこで真っ黒な石の塊のようになったそれを見つけた。そして科学力とテレパシーの融合によって、そこに残っていた想いというデータを映像として再現することに成功したのだ。

「他にも、沢山のこのような念波を発する物質が見つかっています」

 科学者らしき異星人がそういって、念波の主ミキがスマホと呼んでいた黒い塊を掲げる。

「で、結局この星の生き物たちはどうなったんだね」
「今、色々な念波を解析してますが、どうやらゆるやかに滅んでいったようです」
「戦争? って言われていたもののせいか?」
「いや、正確には違います」

 科学者が言った。

「まず初めに見た光」

 ミキが間違えて録画ボタンを押してしまった時に映ったものだ。

「あれは隕石の光です。しかし隕石自体はそんな大きなものではありませんでした。この星の一部を海に沈めるぐらいの大津波を起こす程度の大きさしかありませんでした」
「ならなぜ?」
「こちらを見てください」

 そういって科学者が別の映像をつける。

『えー日本のみなさん。こんにちは』
 
 血の気は失せ、ただ淡々と原稿を読み上げるだけの人形のような男が映る。

『先日落ちた隕石による津波の影響で、水位の低い土地はほとんど水没してしまいました。そして、さらに悪いお知らせです。大国の核ミサイルがなんらかの誤作動を起こし世界中に向けて発射されました。それにともない、迎撃機能、報復機能をもった他の国の核とミサイルも打ちあがりました。今から30分後世界は滅びるでしょう。どうか、最後の30分を大切な人と過ごしてください』

 そこで映像が切れる。

「戦争ではなく、誤作動のようです。でもそのミサイル発射後もミキたちは生きていてハルカはミライという赤ん坊を生んでいます」

 科学者が言葉を切る。

「ただ、推測ですが、この核ミサイルというものは、爆撃に巻き込まれなくてもこの星の生き物たちに大きな影響を及ぼしたようです。その後人類の寿命は半分以下になり、子供も生まれにくくなっていきます。他の生き物たちも変異を繰り返しています。その結果静かにこの星の生き物たちは滅びていったものと思われます」
「ここまで発展した人類はなぜそんな危険なものを作ったのかね」
「さぁ、そこまではわかりません」

 科学者は首を振ると、静かに研究ノートを閉じた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

僕は彼女の彼女?

奈落
SF
TSFの短い話です ~~~~~~~~ 「お願いがあるの♪」 金曜の夕方、彼女が僕に声を掛けてきた。 「明日のデート♪いつもとはチョット違う事をしてみたいの。」 翌土曜日、いつものように彼女の家に向かうと…

地球の愛

綿柾澄香
SF
人類が宇宙への打ち上げに成功しなくなって久しい近未来。 そんな中、たったひとりで宇宙を目指す男。 その前に現れた少女。少女は自らを地球の化身だと言う。 その少女は男になぜ自分から出て行くのかを訊ねる。 それに答えたくない男は、少女の言葉を受け流すものの、それでも少しずつなにかが変わっていく。    *   *   * 近未来SFラブストーリーです。 少しでもいいな、と思ったら感想、評価いただけると幸いです。 よろしくお願いします。

妊娠中、息子の告発によって夫の浮気を知ったので、息子とともにざまぁすることにいたしました

奏音 美都
恋愛
アストリアーノ子爵夫人である私、メロディーは妊娠中の静養のためマナーハウスに滞在しておりました。 そんなさなか、息子のロレントの告発により、夫、メンフィスの不貞を知ることとなったのです。 え、自宅に浮気相手を招いた? 息子に浮気現場を見られた、ですって……!? 覚悟はよろしいですか、旦那様?

夫の不倫で離婚することになったから、不倫相手の両親に告発してやった。

ほったげな
恋愛
夫から離婚したいと言われた。その後私は夫と若い伯爵令嬢が不倫していることを知ってしまう。離婚は承諾したけど、許せないので伯爵令嬢の家に不倫の事実を告発してやる……!

神風として死ぬしかない私たちに、生きる意味を教えてもらえませんか?

駆威命(元・駆逐ライフ)
SF
『大切な人の為に、あなたは自分の命を差し出せますか?』 2033年、地球はオームと呼ばれる異星人から侵略を受けた コンピューターを無効化する敵に対する人類の持てる武器は、己の命しかない 斯くして、人々は再び神風を願う事となる それは守るべき人の為に、命を差し出すことを強要する行為だった クローン技術によって生まれた少女を、生きる誘導チップとして桜花と呼ばれる特攻兵器に搭乗させて使い捨てる そんな中、強い自我と感情を発現させた少女・美弥は、『先生』に出会って想うようになる 「死にたくない」 ※本作は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』にて公開しております

ファントム オブ ラース【小説版】

Life up+α
SF
「俺には復讐する権利がある。俺は怪物も人間も大嫌いだ」 ※漫画版とは大筋は同じですが、かなり展開が異なります※ アルファポリスの漫画版【https://www.alphapolis.co.jp/manga/729804115/946894419】 pixiv漫画版【https://www.pixiv.net/user/27205017/series/241019】 白いカラスから生み出された1つ目の怪物、ハルミンツは幼い日に酷い暴力を受けたことで他人に憎悪を抱くようになっていた。 暴力で人を遠ざけ、孤独でいようとするハルミンツが仕事で育てたのは一匹の小さなネズミの怪物。暴力だけが全てであるハルミンツから虐待を受けてなお、ネズミは何故か彼に妄信的な愛を注ぐ。 人間が肉体を失って機械化した近未来。怪物たちが収容されたその施設を卒業できるのは、人間の姿に進化した者だけ。 暴力が生み出す負の連鎖の中、生み出された怪物たちは人間に与えられた狭い世界で何を見るのか。 ※二部からループものになります

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

処理中です...