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最終章 一度目のその先へ

束の間の安息

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「ユアン、今のは」
「あぁ、多分僕の知る一番大きな揺れだ」

 前の人生で馬車の中で感じた大きな揺れ。
 そして燃えあがる屋敷と港街。
 この揺れで失われたたくさんの命。

 だが今その揺れが過ぎたが、自分の周りには沢山の人達が、怪我一つせず集まっている。
 屋敷の明かりはすでに魔法石に替えてはいるが、されに念には念を入れ、全ての火を使う作業は今日は禁じているので、火事になる心配はない。

「次に来る揺れは今ほどではなかった、でも僕が知ってる範囲だから、まだ油断はできないけど」

 それでも一番恐れは揺れは乗り切っただろう。

『城と教会は問題ない』
『魔法学園も問題ない』

 アレクとアスタからユアンに魔法石を通じて連絡が入ってくる。
 それを聞いてさらに、ホッと胸を撫でおろす。

「キールそっちの様子はどうだ?」

『あぁ、少し崩壊した建物やボヤ騒ぎはあったが、思ったより被害は出てないと思う、まだ街に残っていた連中も今の揺れで、急いで避難し始めてる』

 眼下に広がる市街地を見渡す。
 所々で砂煙と少し細い黒煙が昇っているのが見えたが、それもすでに鎮火されているようだった。これなら大きな火災につながることはないだろう。
 とたんに、グッと胸が詰まった。

「ユアン」

 無言のままメアリーをただ抱きしめる。
 生きている。抱きしめられる。

「……──」

 あの日見た光景はもうここには訪れない。
 大勢の人が亡くなることも、そして大切な人たちも、みんな生きている。
 あの禍々しい炎の色ではなく、綺麗な夕焼けが市街地を染め上げていく。
 
「?」

 未来が変わったことをようやく実感した瞬間、こぼれそうになった笑顔が凍り付いた。

 いつもなら夕焼けが海に反射してキラキラと宝石のように煌めくはずなのに、そこにはキラキラ輝く海はなかった。街の入り江は全く光を反射させず、遠くの海さえまるで夜のとばりが下りたかのように黒ずんで見えた。

「ねぇ、メアリー今って引き潮の時期だったっけ」

 震えたような声音にメアリーも海の異変に気がつく。

「おかしいわ、ユアン。入り江の船、横倒しになってるものがあるわ」

 地震で建物が倒壊することがあっても、海に浮かんでいる船があんな風に倒れているのはおかしい。

「キール、海に異常はないか!?」

 問いかけと同時にその音声が飛び込んできた。

『キール殿! 海の水がずっと奥まで干上がっています!』

 兵士がキールに報告する声が聞こえた。

「──!」

 嫌な予感がユアンの胸に広がる。

「メアリー。僕キールのところにいってくる」

 しかしメアリーはユアンの手を離さなかった。

「メアリー……」
「いかないでユアン……」

 若草色の瞳が揺れる。メアリーも良くないことが起きていると感じたのだろう。

「おい! 海を見ろ!」

 その時誰かが叫んだ。
 それと同時に、ざわざわと人々が騒ぎ出す。
 夕日が沈むにはまだ早い、なのに夕日はすでに黒い海に飲み込まれそうなほど近くまで降りてきている。
 そしてその光を一切映し出さない海もまた。なんとも不気味に映った。

「──津波だ」

 年老いた老婆がぼそりと呟いた。
 ユアンがハッとした表情をした。
 貿易船で色々な国をまわっていた時その言葉を聞いたことがあった。
 そこは小さな島国で、大きな揺れがあると海の波が陸まで上がってくるのだと言う。
 それは軽く小さな家を飲み込むぐらいの大きな波だと。

「津波だって……」

 あれがどのくらいの大きさの津波なのかは見当がつかなかった。でも貿易船の上で何度も激しい嵐に会った時でさえ、あんな、地平線の位置を変えてしまうほどの大波は見たことがない。

 ここは結構な高台なのでたぶん大丈夫だろう。
 でも麦畑に避難した人々は? 市街地にまぁ残っているキールやクリスは?

『麦畑じゃダメだ! 上に、もっと高い場所に避難させろ!』

 魔法石からキールの指示する声が聞こえた。

(ようやくここまでたどり着いたのに……)

 ユアンを掴んで離さないメアリーのぬくもりを感じながら、怒りに似た感情が沸き上がる。

(一度は終わった人生を再びやり直し、メアリーを振り向かせ仲間たちと一緒に街を火災から守れたと思ったのに……)

 メアリーのユアンの腕を掴む手に力がはいる。

「ユアン」

 メアリーの瞳が不安で揺れている。

「ユアン、お願いだから……」

 しかしユアンは震えるメアリーの手首をつかむと、そっと自分の腕から離した。

「メアリーはルナや母さんたちとここを守って」

 メアリーが駄々をこねるように首を横に振る。
 
「それと、このことを放送で流して、麦畑に避難している街の人達に、もっと高いところまであがるよう伝えて欲しい」
「ユアンも一緒に」
「だめだ! 街にはキールやクリス、それに今回作戦に協力してくれた兵士や魔法師たちがまだたくさん残っているんだ」

 自分だけ逃げるわけにはいかない。

「ユアン一人が行って何ができるのよ! お願い行かないで……一人にしないって約束したじゃない!」

 我儘なんて一度も言ったことのないメアリーが叫ぶ。
 ユアンが言葉に詰まる。それでも優しくメアリーの頭に手を置くと。

「途中の魔法学園にはまだ沢山の風魔法を詰めた魔法石があるんだ。だからそれを丘の途中の人達に渡してくる、もしその後街まで降りるのが危険だと思ったらその時は引き返してくるから」

 メアリーのお願いを断ったのは、後にも先にも初めてのことだろう。そしてこんなにはっきりと嘘を吐くのも。
 
「本当に、約束よ。危ないと思ったら、すぐ引き返してきて」

 ちょうどその時、ルナとクレセントそして母親がレオンを抱っこして二人のもとに駆け寄って来た。

「お兄様、街が……」
「ユアン、いったいなにが起きてるの?」
「レオン」

 ユアンはレオン母親から受け取ると、愛おしそうにおでこにキスをする。

「お兄様……」
「母さん、ここのみんなを落ち着かせて下さい。そしてルナ、メアリーとレオンを頼んだよ。クリスは僕がきっと連れて帰るから」
「お兄様、待って!」
「風魔法”疾走”」

 しかしルナの呼びかけもむなしく、ユアンの姿は目の前から風のように消え失せたのだった。
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