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最終章 一度目のその先へ

二度目の人生、君ともう一度

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 魔法師たちは魔力増加と、魔法維持の時間を伸ばすための魔方陣を砂浜に描いていく。
 魔力を持たない者は土の魔法石を砂浜に並べ、壁を作るイメージを魔法石に送り込む。
 轟音はまるですぐ真横に迫っているような大きな音を立てていて、ユアンがいくら大きな声で指示をだしても、半分も聞き取れない状況だった。
 それでもみな自分のできることをした。今にもあの大きな黒い波に飲まれそうな幻覚に襲われながら。

 高さは十メートル以上そしてなるだけ分厚く、そして入り江を囲むように大きく。道すがら共有したイメージをもう一度思い描く。
 魔法師たちの詠唱が始まる。
 詠唱を唱えられない者たちは神に祈りの言葉を捧げる。
 それに魔法石が呼応するかのように淡い光を放ちだす。

「土魔法”巨大な壁”」

 キラキラと眼前に砂の壁が盛り上がっていく。
 砂の壁はある高さまで行くとその強度を強めるために、徐々に黒光りした色へと変わっていく。それと同時に波の音も詠唱をかきけさんばかりにさらに大きくなっていく。
 まるで地震の様に地面が揺れる、ゴゴゴゴゴゴゴと不気味な音がもう壁のすぐ目の前に迫っているのが感じられた。

 高く黒光りする壁が入り江をぐるりと取り囲むように出来上がったと同時に、ドンと衝撃は走った。
 それはドン、ドンと何度も壁を叩き、その強さも徐々に大きく激しくなっていった。
 そのうち頭上から壁を越えて雨の様に塩水がユアンたちに降り注ぎだす。

「もっと高く!」

 波は防波堤にあたるたびに大きさを増していくようだった。
 何度も壁を打ち付ける波は、そのたびに体の中から気力も体力も根こそぎ持っていく気がした。

「いつまで続くんだ?」

 どのくらいたっただろうか、一向に弱まる気配を見せない波に、土魔法維持のため魔力を注いでいた魔法師たちが、一人また一人と膝をつきだす。
 ミシと言う嫌な音が聞こえたような気がした。

 このままでは魔力が切れて壁が消滅してしまう。
 いま壁がなくなったら一瞬でここにいる全員は波にのまれてしまうだろう。

 メアリーの顔が頭を過る、そしてレオンの顔が。

(レオンが大きくなった時、父親の顔を思い出せるだろうか?)

 そんなことを考え首を振る。
 弱気になったらおしまいだ。

 しかし強い衝撃は弱まることを知らないかのように何度も、何度も壁を叩き、そしてその頭上を越えてこようとする。
 そしてバタリバタリと力尽きた魔法師たちが倒れていくのが見えた。

(飛行魔法を……)

 でも誰か一人でもそれを使えば、一瞬でこのギリギリで保っている壁は消え失せて、この場にいるものを波が飲み込むだろう。
 アレクとクリスは、他の魔法師たちよりも膨大な魔力を持っているが、それでも壁を維持できる時間はそんなにはないように思えた。

(今回もここまでか……)

 悔いはなかった。
 メアリーを悲しませてしまうけど、今回は彼女を守ることはできた。それに彼女にレオンを残せた。
 ローズマリーやアンリやルナ、それにアスタやレイモンドもきっとメアリーの力になってくれるだろう。 

「ユアン!!」

 一瞬意識が飛んでいたようだった、肩を掴まれ耳元で怒鳴るキールの声に意識が引っ張り戻された。

「しっかりしろ! ユアン! メアリーとレオンのもとに帰るんだろ!」
「そうですよ、義兄さんになにかあったら僕がルナに叱られます!」
「ユアン、もう少し踏ん張れ、波の勢いはさっきより弱くなってきてるぞ」

 確かに壁に当たる波の力がさっきより弱くなっている気がした。

「そうだ、僕はメアリーに約束したんだ。死ぬつもりはないって、必ず帰るって」

 最後に見た、何かを堪えるような悲し気なメアリーの顔を思い出す。
 どこか暗い陰りを帯びぎこちない笑顔で送り出してくれた、一度目の人生のメアリーと重なる。

「違う! 違う! 僕が望んでいたのはそんな顔じゃない!」

 眩い太陽のようなメアリーの笑顔。
 いつも優しく自分を包み込んでくれるメアリーの笑顔。
 あの笑顔のために二度目の人生を生きてきた。

「悲しませるために戻ってきたわけじゃない!」

 ユアンが叫ぶ。

「二度目の人生、君ともう一度! 幸せになるために帰って来たんだ!」

 ユアンの叫びに、キールも呼応するように声をあげる。

「そうだ! 俺は二児のパパになるんだ、こんなところで立ち止まってられねぇ」
「僕だって、ルナさんにまだ恰好いいとこ見せてませんから」
「俺なんてまだ独身だぞ、死ねるかよ」

 日も暮れ何度も海水を浴びたせいで、すっかり冷え切った体が一瞬だけ温かくなった気がした。
 メアリーだけじゃない、ルナやアンリ先輩、アスタ先輩たちのためにもここにいるみんなと一緒に無事に帰らないといけない。
 ローズマリーやレイモンドも、心配してるに違いない。
 いま手伝ってくれてる顔の中にも見知った顔がある、たぶん店に来てくれてた人なのだろう。
 その人たちにも待っている人がいるに違いない、もう誰にも悲しい思いはして欲しくない。もう誰も失いたくない。

「そうだ! みんなで帰るんだ!」

 しかしその瞬間、あれだけ厚く高かった壁が一瞬で光の粒となってはじけ飛んだ。
 かわりに壁と同じだけの高さにまで膨らみあがった、闇のような海水が目の前に現れる。

「!!」 

 ユアンの意識はそこでプツリと途絶えた。
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