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第18幕 vert olive
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「ここは……うん、合ってる。それじゃ、これ解いてみて?」
「お、おぅ……」
そうヒソヒソと俺の耳元で囁き、肩を寄せてくる悠斗に頷いた。
……距離が……近い……。
そして……視線が痛い……。
合計で両目合わせて六つの視線に晒されていた。そんな中で問題を解いていく俺も大したものだ。
ダブルデートをうっかり約束してしまった悠斗の提案に最初こそ瞳を輝かせていた彼女たちは、今ではすっかり無の境地である。どう断るのやらと思っていたが、断わることをせず、悠斗は爽やか笑顔でこう言った。
『暑いし涼しいこの図書館で、勉強か読書でもしようか』と……。
簡単に断わることもできたのに、そうしなかったのは後々のことを考えてのことだろう。けれどうら若き遊びたい盛りの女の子にとって、いくら意中の相手でも少々物足りないはず。
あぁ……なんて酷い男だ……。
一番最初に空気に耐えられなかったのは、もちろん俺である。ピッタリ寄り添う悠斗の囁く声が、むず痒くて堪らないのだ。そしてなにより、彼女たちの嫉妬心が刺さるように痛い。
もうひとりの女の子は俺のことを気に入っていると聞いていたが、どう転んでも悠斗狙い。俺から承諾を得るための社交辞令ってやつだったのだろう。
想像していたデートとは遥かにかけ離れており、図書館の静かさではアピールもできず落ち着きがない。
「悠斗、俺辞書取ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
席を立ちチラリとうしろを振り向くと、女の子二人が悠斗の両隣をチャンスとばかりに独占していた。きっと別の場所に行きませんか? とでも言っているのだろう。
昨日の俺とは逆転の状況に若干イライラとし、どうするのやら……と、ため息を吐きながらトボトボと館内を彷徨った。
目当ての本棚で、英和辞典を吟味する。別にどれでもいいのだが、家にある辞書とは違うものに手を伸ばした。
もちろん手が届くわけがない。つま先立ちでプルプルと膝を震わせ挑むが、昨日のエッチのせいで腰に鈍痛が走り泣きたい気分だ。
「取るよ」
「あっ、ありがとうござ……って、お前かよ」
届きそうで届かない重い辞書を、何事もなく棚から抜き取る悠斗。
「どうも────ッ!」
「ちゅっ……どういたしまして可愛い子鹿ちゃん♡」
取ったお礼にキスをしたと、悪びれる風でもなくずいぶんご機嫌な様子。
「こっ、こじ……お前な、時と場所を考えろよ」
「うん、考えているよ」
「あの子たちに見られるかもしれないじゃんか」
「それはないよ」
断言する悠斗に顔を顰める。
「帰ったよ」
「えっ? なんでだ?」
「こんなつまらないとは思わなかったって。フラれちゃった♡」
「フラレてなぜそんなに嬉しそうなんだ……変態」
「ふふっ、瀬菜とやっと二人っきりだし」
「本当に酷い男だな」
「酷いのはあの子たちだって同じでしょ?」
「そうだけど……」
「瀬菜はまだ女の子と一緒に居たかった?」
「イヤ……お前と二人がいい……」
ボソッと小さな声で呟くと、またキスをされてしまう。真っ赤になりながら、辞書で顔を隠す。これ以上はさせないという俺の意思表示だ。
「クスッ……ここに居たら押し倒したくなっちゃうね」
「あっ、ちょっと辞書……」
手元の辞書を奪われ、折角取ってもらったのにまた本棚に戻されてしまう。悠斗の謎な行動に首を傾げている間に手を引かれ図書館をあとにした。
「ちょい、なに? 勉強は⁉︎」
「それはまた今度」
「はぁ?」
「デート!」
外は昨日の雨が嘘のように青空が広がっている。カラカラと空に向かいながら楽しそうに笑う悠斗。
「こんないい天気なのに、室内に居るなんて勿体無いよ」
「お前、さっきと言ってること真逆」
「昨日約束したでしょ? デートしよって。それに、瀬菜のお誕生日ちゃんとしていないし♪」
今日は雨が降っても濡れなくて済みそうだ。けれど、今日の天気は降水確率ゼロパーセント。こんな天気だというのに傘を持ちながらデートとは、傍から見ればおかしな光景だろう。
どこに行こうかと相談しながら日課の日差しを浴び、ひとりで過ごすよりも何十倍もの幸せ成分を蓄えたのだった。
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