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第9幕 王子と王子
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しおりを挟む手を繋いで歩く道は格別だった。
昨日までの通学路はどんよりとしていて、足を上げるのも前に進めるのも重く景色は色褪せていた。
以前村上に、付き合うということが、どういうことなのか分からないと言った記憶がある。鮮やかでキラキラ輝いていて、一緒に居られる喜びと幸せが溢れてくる。言葉にするのは難しいが、なんとなく付き合うという意味が分かった気がした。
「なぁ、悠斗……記憶が戻るってどんな感じ?」
「ん? なんて表現したらいいのか難しいけど、一つ紐解けたら一気に流れてくる感じかな? そのときは凄く気持ち悪くて、頭が痛くてダウンしていたけど……」
額に手のひらをあてる悠斗。
まだ本調子ではなさそうだ。
「それ、大丈夫なの? 今からでも病院行ったほうがいいんじゃ……」
「大丈夫、あとでちゃんと検査には行く。今はむしろやっとこ自分に戻れたみたいで気分がいいんだ」
憑きものが取れたように清々しいそうだ。
それでも記憶がなくなるほどの大事件。俺は気が気でない。
「俺のことでストレスとか感じていない?」
「まさか、瀬菜を忘れていたときのほうがストレスかな」
「記憶、なんで失くなったのか、ずっと考えていたんだ。記憶喪失って核になってる部分が、精神的なことで負担がかかると発症するって。だから、俺のせいでそうなったんじゃないかって……」
繋いでいた手のひらをギュッと強く握られる。
「瀬菜……それは違うよ? 瀬菜は俺にいっぱい幸せをくれるもん」
「それじゃ、悠斗……どうして?」
そう問うと、悠斗は明後日の方向に視線を逸し、バツが悪そうに苦笑いを浮かべた。
「……なんとなく、これかなって思うところはあるけど……瀬菜に怒られるから今は内緒♪」
「ずるい! 俺、怒らないもん!」
「うーん……絶対怒ると思う」
「ううぅ~~! そこ結構重要だと思うんだけど……」
秘密にされたことに頰を膨らませるが、それよりも悠斗とまたこうして居られることのほうが、何倍も嬉しくて、いつか話してくれるのを待つことにした。一ヶ月近く待てたのだ、いくらでも待てる。
「けど、記憶が戻ったのは瀬菜のおかげ。それと、みんなのおかげ。俺のうちに寄ってもいい?」
コテッと首を傾げる。
そういえば、悠斗はどうやって記憶を取り戻したのだろう。俺やみんなのおかげだと悠斗は言うが、その経緯も気になって仕方がなかった。
「ただいま」
「ただいま……」
「お帰りなさい……」
玄関に入るとおばさんが顔を出し出迎えてくれるが、なぜか驚き目を丸めている。
「ゆっ、悠くん! その子……まさか……」
おばさんはどうやら俺とは思っていないようだ。記憶を失くした悠斗に、新たな彼女ができたと勘違いしている様子。口をパクパクさせ、俺と悠斗を交互に見つめる顔付きは複雑そうだ。
「母さん、瀬菜だから」
「こんな格好でごめん……ははは……」
「えっ──⁉ 瀬菜ちゃんなの⁉ 一体どういうこと⁉」
「悠斗、記憶が戻ったんだ」
俺がそう言うと、おばさんは口元に手をあて、瞳に涙を蓄え息を飲んでいた。
「あぁ……悠くん、良かった……本当に良かった……瀬菜ちゃんの気丈に振る舞う姿、痛々しくて……お母さん耐えられなかったのよ?」
「そういえば母さん、瀬菜なんて子知らないとか言っていたよね?」
「えっ⁉ そっ、そうだったかしら⁇ お母さんなにも知らないわよ! ねぇ~瀬菜ちゃん! 今日はお赤飯ね♪」
ルンルンと鼻歌を口ずさみ、キッチンに向かってしまうおばさん。悠斗の矛先が俺へ向かってくる。
「瀬菜?」
「俺も知らないよ!」
先ほどのお返しだとばかりに、そっぽを向く。呆れた様子で俺の手をギュッと握り直すと、悠斗の部屋へ連れて行かれる。
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