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第3幕 溢れる疑惑
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しおりを挟むあのキスマークは?
あの匂いは?
もしかして……悠斗……でも、いつ──?
ぶわりと黒い影が目の前に現れ、人を形成していく。あの知らない匂いが鼻を掠め不快な気持ちになる。暗闇に佇む悠斗に人影が項垂れる。愛おしそうな双眸で悠斗は影を抱き寄せると、それに口付けを落とした。
影は笑う。口角を大きく上にあげ笑う。俺を挑発するように、恐ろしく歪んだ真っ赤な唇で……。
──いやだ……っ、悠斗は俺の恋人で大切なんだ!
俺から奪わないで──ッ‼︎
腕を伸ばし悠斗を掴もうとするが、掴んでも掴んでも空を切るばかり。暗闇に二人の姿が溶けて消えていく。真っ暗な空間には俺ひとりだけ。走っても走っても暗闇だけの世界にとり残されていた。
「──ううっ……」
唸り声と息苦しさに瞼を見開いた。
「……あ……っ、俺……うなされていた?」
覚醒すると汗でびっしょりと濡れているのに気付く。服が張り付き額の汗を拭うと、涙まで流していることに驚く。最近、悠斗の行動に疑問を抱くことが確かに何度もあったが、まさか夢にまで見るとは思ってもいなかった。
シーンとした室内は薄暗く、街灯の明かりが仄かに差し込むだけだ。まだ夜は明けてはいないらしい。悠斗と一緒に眠ったはずだが、見渡しても部屋には俺ひとりだけだった。
服をパタつかせ眉間にシワを刻む。べたつく身体に不快感を覚えると、シャワーを浴びようと悠斗を探しついでに部屋を出る。
階段を降りる手前でピタリと足が止まる。階下から声が聞こえたからだ。いくら小声で話していても夜は音を反響させる。
──誰だ……?
この声……聞き覚えがある……けど、なんで俺の家に?
「お前、瀬菜はいいのかよ」
「うん、まぁ……平気かな。それより雅臣、早くやろうよ。あれじゃ、まだまだ物足りないよ」
「ったく……俺の身にもなれよ。ここんとこ毎日じゃねぇか。俺の生気まで吸い取る気かよ」
「そうだけど……愛してるから……。俺の気持ち知っているでしょ?」
「はぁ~……もう好きにしろ。こうなったら、枯れるまで付き合ってやるよ」
「ふふっ、雅臣のそういうところ凄く好き。早く俺の家行こ? 時間がなくなっちゃう。瀬菜が起きる前に戻らないと……ごまかすの大変なんだよ? だってね瀬菜ってば……」
足音が遠のき、パタンと玄関の扉が静かに閉じる音を立て、二人の声も遮断され途絶えた。
誰も居ない室内はシーンと静まり返り、自分の息さえ聞こえない。聞こえるのはただ自分の大きな鼓動。ボンボンと太鼓を叩くような壊れてしまうほど大きな音。
ペタンと階段に座り込み、ただ呆然とする。
──毎日……なにを?
……愛してる……? 多澤を?
付き合う? 好き?
──オレは……ナニ?
先ほど見ていた夢が現実になる。しばらく蹲り見開いた瞼さえ動かせない。身体も心もなにもかもが静止し凍ってしまう。
息を忘れていた。急速に肺に流れる酸素に、ゴボッゴボッと咳き込む。ふらりと立ち上がり着替えを済ませると、財布とスマホを片手に家を飛び出していた。
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