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第9章 キラキラ砂糖は奇跡の輝き90%
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しおりを挟むとある少年の物語──。
小さな幸せと大きな悲しみが溢れた物語──。
少年はとても母親思いで五歳とは思えないほど大人びていた。
母親は時折夜になると鮮やかなドレスを纏い、少年が眠りに就いてから家を出ていく。けれど少年は、母親が出て行くまでいつも眠ったふりをしていた。
(今日の母さんはシンデレラみたいだ。きっと舞踏会に行くんだ。素敵な王子様と出会えたら、母さんは幸せになれる。でも、魔法は零時で解けちゃう……今日はガラスの靴をちゃんと置いてきて……そしたらきっとお迎えがくるよ──)
水都那津は布団に寝転び暗がりの中、母親が出ていった扉をジッと見つめていた。
六畳の小さな部屋と、備え付けのミニキッチン。小さな古いアパートの一室と母親の存在だけが那津の全てだった。
母親は本屋で働き、貧しいながらも二人で細々と暮らしていた。
家族というのは母親だけ。それが当たり前で父親という概念は持ち合わせていなかった。
保育園では良く『なっちゃんちはお父さんがいないから貧乏なの?』と、悪意を持たない純粋な言葉に無表情で答えていた。
他人とは違う家庭環境。なにもおかしいことはない。
どんなことを言われても母親がいれば那津は幸せだった。
母親は貧乏でも美しく、優しい自慢の人だった。
その幸せが崩れ始めたのはいつの頃からか──。
「母さん、どうしたの? 泣いているの?」
母親は近頃よく泣いていた。声を掛けても肩を震わせ、声を押し殺して泣いていた。
母親の姿に那津は心を痛めていた。
自分がもっと大人なら母親を包み込み慰めることもできる。自分が働き母親に楽をさせ助けることができる。
早く大きくなりたいと、小さな身体で背伸びをし母親の艷やかな髪に手を伸ばした。
「……めて……わらないで……」
「えっ? なんて言ったの? 痛いとこあるの?」
「──ッ、触らないでッ!!」
パシッと手を払われる。
茫然とする那津に、母親は顔を赤らめ熱でもあるかのような表情をする。
くしゃりと顔を歪ませ「ごめんなさい……ごめんなさい……」と、自分の身体を抱き締め謝罪を口にし項垂れる母。
那津が母親のこの姿を認識したのはいつ頃だったか。けれど一つだけ物心付く前から知っていたことがある。
母親からは時折お菓子を焼いたような、濃厚な甘い香りが漂っていた。
なにかに怯え苦しむ母親を大きな瞳で見据えながら、那津は部屋の片隅で膝を抱え邪魔にならぬよう息を殺していた。
日の光が落ち暗くなると、月明かりだけが仄かに部屋を照らしている。
喧騒にピクリと肩を跳ねさせると、慌ただしげないくつもの足音がどんどん近付いてくる。
ガタンッガタンッ! ……と大きな音と共に、二人だけの空間に無遠慮に足音が響き渡った。
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