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第8章 想いに×砂糖は清らかであれ5%

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 鼻を突くような血の匂いに、尾鷹が刺された日の光景が蘇ってくる。けれどあのときのような甘い匂いは感じられない。鉄の錆びた匂いに、自分の血の匂いなのかと瞼を開ける。

「ヒィ──ッ! イッ、うはっ! ぐっ……!」

 霞む視界の中で、痛みに震える声が店内に響き渡っている。けれどその声は郁哉のものではなかった。腰の力が抜け、宙に浮いていたはずの下半身は、冷たい地べたにペタンと落ちている。
 少し離れた視線の先に自分と同じように、なぜか宮下が床に這いつくばっている。ギリギリと腕を捩じ上げられ、頬を腫らし痛みに顔を歪めている姿が郁哉の瞳に映っていた。
 この惨状は一体なんなのだろうか。自分は宮下に犯されそうになっていたはずだ。けれど目の前の光景は、まるでアクション映画のワンシーンでも観ているようだった。

「痛い? 俺はもっと痛かったよ」

 冷静に聞こえる声音は淡々としているものの、殺気を全身から漲らせ氷のような冷気を漂わせている。
 息一つ乱さぬその姿はどこか妖艶で、死者の国から現れた亡霊のようだと郁哉は思った。

「凩君ッ! 怪我はありませんか?!」
「……せん……せ……」
 
 遅れて店内に駆け込んできた七瀬は、郁哉の拘束を解き身なりを整えると、そっと身体を起こし傷の具合を確認した。

「どこか痛むところは?」
「へい……き……です……」

 ボソリと呟く郁哉は、現実味のない光景に大きく目を開き茫然としながら、ただ一点だけを見つめていた。

「宮下和貴。俺を刺したのはお前か?」

 グッと捻り上げられた腕は、あり得ない方向に向いている。宮下は痛みに顔歪めると、額に汗を滲ませながらくぐもった声を上げた。

「うっ……ぐぅ! ……じゃ……ね」
「はっきり言えよ。俺はあの日、お前の声を聞いた。いまさら言い逃れをするつもりか?」
「俺じゃ……ねぇッ! あの場所に確かに居たッ! そう言えと、指示されただけだ! あんたを刺したのはッ、俺じゃねぇ──ッ、うッ、ぐはっ!」

 尾鷹は重心を下げ下敷きにする宮下をさらに締め上げると、凄みを利かせ問い詰めた。

「なら誰の指示だ」
「知らねぇよッ。けど、指示通りに動けば、金と郁をやるってッ! めっ、メールでッ!」
「……そう。お前にはまだ聞くことがある。郁哉を襲った罪はしっかり償って貰う。五体満足で帰れると思うな」

 尾鷹がそう言い切ると、七瀬は立ち上がり尾鷹に歩み寄っていった。

「坊っちゃん、よろしいですか? あとは私が……。凩君のほうは擦り傷程度です。どうにか間に合いましたね。ただ少々混乱していますので、尻拭いはご自分でお願いしますよ」

 七瀬に宮下の身柄を受け渡すと、尾鷹はチラリと郁哉に視線を流した。

「知っていることは全て吐かせろ」
「了解ですよ」
「七ちゃんだけじゃ、ぬるいんじゃない? 私にも手伝わせてちょうだい。いっくんを危険に巻き込んだお詫びもあるし♪」
「燿さん……遊びじゃないんですよ」
「勿論よ♪ こういう子にはね、それなりのやり方があるの。私のお店を滅茶苦茶にしたこと、後悔するのね……うふふ♡」

 輝はニヤリと笑い獲物を見る目で宮下に触手を伸ばす。
 店の中は荒れ今日の営業は難しいだろう。輝の気持ちを汲んでか尾鷹は溜息混じりに了承した。

「警察沙汰にならないようにお願いします」
「はぁ~い♡ じゃ、七ちゃん行きましょ♪」
「……あー、はい……」

 どこか乗り気でない七瀬と鼻歌を口ずさみルンルン気分の輝は、項垂れる宮下を挟み引きずりながら店を出ていった。
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