上 下
135 / 161
第8章 想いに×砂糖は清らかであれ5%

14

しおりを挟む
 刺されたはずの傷口は内出血の痣と、手術痕が薄っすらと残るもののほぼ完治していた。あと数日もすれば、刺されたことなど分からないほどに……。

「どういうことだ……まさか……郁哉を使ったのか?!」
「はい、勝手ながら……血液を少々」

 七瀬の言葉にサァーっと血の気が引いていく。それからすぐにフツフツと茹だりそうな怒りが込み上げ、真っ赤に顔を染めながら怒声を室内に響かせた。

「なにをしている……お前っ! なにをしたのか分かっているのか!! 郁哉まで化け物にしたんだぞッ!」

 七瀬の胸ぐらを掴み声を荒げると、七瀬は落ち着いた様子で尾鷹に答えた。

「ええ、十分承知してます。これは私と彼が望んだことです。貴方を失うぐらいなら、例え違法な行為でも手を尽くします。それは凩君も同じです。彼はすぐに受け入れ、自分を犠牲にしても貴方を助けたいと必死でした。坊っちゃんのお気持ちも分かりますが、彼の想いはもっと清らかで真っ直ぐでしたよ。化け物ってのは、単に異形で一般とは掛け離れたものではないと、私は思いますがね」

 真っ直ぐに瞳を見ながらそういう七瀬の真摯な言葉に、尾鷹は苦虫を噛み潰したような形相で、顔を背け俯いた。

「……全部……話したのか……」
「いえ、大まかにだけ」

 震える指先で七瀬の白衣をぐしゃりと握り締めると、突き離すように胸を押し返した。

「坊っちゃん、凩君の想いはしっかり届いたはずです。そろそろ本気でオク病も卒業してはいかがです? 彼はずっと待っていますよ。貴方からの声を、貴方自身から伝えられることを。彼は坊っちゃんのように、弱い人間じゃありませんよ」

 見習ったらどうだと遠回しに言う七瀬は、項垂れる尾鷹の肩を叩き「もう少し休まれてください」と言い部屋を出ていった。


 ただ郁哉には普通に過ごして欲しかった。
 自分と同じような思いはさせたくはなかった。
 はにかむような表情で微笑む郁哉が脳裏に浮かぶ。あの笑顔を壊してしまったのは自分自身だ。
 郁哉を離したくないと自身で招いた傲慢と執着。けれどいまさら引き返すことなどできない。

 ふわりとそよ風が頬を撫でる。
 冬だというのにどこか温かい。

 ……しゃんとなさいッ!──。

 ピクリと小さく肩を跳ねさせると、頭の中に背中を叩く声が響いたような気がした。
 指先に力を込め掌を握り締めると尾鷹は顔を上げた。
 カーテンの揺れが静かに治まると、漣のように荒ぶっていた気持ちが嘘のように凪いでいく。

「……こんな奇跡みたいな運命あるかよ」

 目頭が熱くなるのを感じると、振り切るように自身の両頬を叩き叱咤する。
 点滴に繋がれた腕に刺さった針を抜き取り、上掛けを剥ぎベッドから抜け出ると、力強く前へと踏み出した。
 その表情は揺るぎのない、決意を固めた者がする顔付きだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの魔法の秘密をすべて暴いてあげますよ

droit
恋愛
マジシャンだった貴族に婚約破棄されマジック業界からも追放されてしまった令嬢は、復讐のため貴族の商売道具だったマジックの種明かしをしまくり業界に復讐を試みるのであった

女勇者に婚約者を寝取られたけど、逆に彼女の恋人を奪ってやった

小倉みち
恋愛
 ジュリアナは頭を抱えていた。  遠く離れた場所で旅をしているはずの婚約者――フランから、1通の手紙が届いたのだ。  内容は、 「自分の所属しているパーティの女勇者と一緒になることに決めた。君には申し訳ないが、俺と別れてくれ」  彼女は婚約者の信じられない行動に、呆れかえっていた。  彼女と婚約者は、数ヵ月後に結婚するはずだったのだ。  もうすでに式場の予約も式の内容も、ドレスだって注文済みである。  そのすべての費用は彼とその両親に請求するとして、ジョアンナにとって我慢ならないのは、婚約者を寝取った「女勇者」という存在だった。  彼女にも、恋人がいるはずだ。  しかも、10年以上の付き合いらしい。  ジョアンナは婚約者の手紙を握りしめたまま、その女勇者の恋人の元へと向かう。  ――2人に復讐するために。

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

今更愛を告げられましても契約結婚は終わりでしょう?

SKYTRICK
BL
冷酷無慈悲な戦争狂α×虐げられてきたΩ令息 ユリアン・マルトリッツ(18)は男爵の父に命じられ、国で最も恐れられる冷酷無慈悲な軍人、ロドリック・エデル公爵(27)と結婚することになる。若く偉大な軍人のロドリック公爵にこれまで貴族たちが結婚を申し入れなかったのは、彼に関する噂にあった。ロドリックの顔は醜悪で性癖も異常、逆らえばすぐに殺されてしまう…。 そんなロドリックが結婚を申し入れたのがユリアン・マルトリッツだった。 しかしユリアンもまた、魔性の遊び人として名高い。 それは弟のアルノーの影響で、よなよな男達を誑かす弟の汚名を着せられた兄のユリアンは、父の命令により着の身着のままで公爵邸にやってくる。 そこでロドリックに突きつけられたのは、《契約結婚》の条件だった。 一、契約期間は二年。 二、互いの生活には干渉しない——…… 『俺たちの間に愛は必要ない』 ロドリックの冷たい言葉にも、ユリアンは歓喜せざるを得なかった。 なぜなら結婚の条件は、ユリアンの夢を叶えるものだったからだ。 ☆感想、ブクマなどとても励みになります!

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

【完結】A市男性誘拐監禁事件

若目
BL
1月某日19時頃、18歳の男性が行方不明になった。 男性は自宅から1.5㎞離れた場所に住む40歳の会社員の男に誘拐、監禁されていたのだ。 しかし、おかしな点が多々あった。 男性は逃げる機会はあったのに、まるで逃げなかったばかりか、犯人と買い物に行ったり犯人の食事を作るなどして徹底的に尽くし、逮捕時には減刑を求めた。 男性は犯人と共に過ごすうち、犯人に同情、共感するようになっていたのだ。 しかし、それは男性に限ったことでなかった… 誘拐犯×被害者のラブストーリーです。 性描写、性的な描写には※つけてます 作品内の描写には犯罪行為を推奨、賛美する意図はございません。

夜は嘘にふるえてる

小槻みしろ
現代文学
由衣には姉がいる。 病気がちで、家と病院を行ったりきたりで、なのにずっと静かに微笑んでいた。 そんな姉が、とうとう死ぬかもしれないと、由衣は母から告げられる。 由衣の16年には、望む望まないにかかわらず、ずっと姉の影が射していた。 生ぬるい感傷をもてあましながら、由衣は姉の見舞いに向かうことになる。 影を失くしても、人は生きていけるだろうか。 喪失の青春小説です。

死んで全ての凶運を使い果たした俺は異世界では強運しか残ってなかったみたいです。〜最強スキルと強運で異世界を無双します!〜

猫パンチ
ファンタジー
主人公、音峰 蓮(おとみね れん)はとてつもなく不幸な男だった。 ある日、とんでもない死に方をしたレンは気づくと神の世界にいた。 そこには創造神がいて、レンの余りの不運な死に方に同情し、異世界転生を提案する。 それを大いに喜び、快諾したレンは創造神にスキルをもらうことになる。 ただし、スキルは選べず運のみが頼り。 しかし、死んだ時に凶運を使い果たしたレンは強運の力で次々と最強スキルを引いてしまう。 それは創造神ですら引くほどのスキルだらけで・・・ そして、レンは最強スキルと強運で異世界を無双してゆく・・・。

処理中です...