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第7章 砂に落ちた砂糖は赤黒く塗れる0.1%

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 郁哉は実験台と言われても不快には思わなかった。それよりも、尋常でない体質に身が竦む思いだった。けれど自分のたった400mLの血液だけで尾鷹を救える可能性があるのなら、すぐに恐怖は吹き飛び協力したいと渇望した。
 全て自分のために行動してくれていた尾鷹に愛おしい気持ちが溢れてくる。


(那津の馬鹿……かっこ付けてさ……)

 非現実的な話に、未だに頭の中は混乱している。
 チクリと腕に痛みを感じ、身体から力が抜けるような感覚がする。体内から血液がチューブを伝い流れ出ていく。

 処置室に案内された郁哉は、簡易ベッドに横になり七瀬の手で献血を受けていた。
 少し休んでからと言われたが、無理を押し切り頼み込んだ。郁哉の血液が尾鷹に適合するかも不明確なら、早いに越したことはない。

「いいですか、気分が悪くなったら我慢せず必ず言ってくださいよ。必ずですからね! 凩君は溜め込む傾向がありますから」

 七瀬は郁哉の性格を指摘しながら、眉をハの字にさせ顔色を窺ってくる。

「眠かったら、そのまま眠ってください」
「は~い、分かりました」
「返事だけはいいですね。坊っちゃんに似てきたんじゃないですか?」
「へへ、俺のがましでしょ? あの、先生……ありがとう」
「どうしたんです? 謝るのは私のほうですよ」
「先生は那津の命を繋いでくれたから。お礼を言いそびれていました。それと……酷いこと言ってごめんなさい……」

 郁哉はふわりと七瀬に微笑み、感謝と謝罪の言葉を口にする。
 ぼんやりとしだす視界に、大きな身体を震わせながら七瀬が首を横に振る姿が霞んで見える。

(……那津は大丈夫かな……顔ぐらい先に見ておけば良かったな……どうかこの血が無事、那津の傷口に届きますように…………)

 献血が始まると、肉体的にも精神的にも疲労がどっと押し寄せてくる。
 せめて尾鷹がいい夢を見ていることを願いながら、重い瞼をゆっくりと閉じていった。


「やっと眠ってくれましたか……。薬が効かないかと思いましたよ。しかし本当に純粋な子ですね」

 大きく伸びをすると七瀬は郁哉の寝顔に笑い掛ける。
 備え付けの鏡に視線を移すと無精髭がさらに伸び、目の下にはクマがすっかりでき上がっていた。

「おや、こりゃ熊だけにクマが! なんちゃって……」

 普段なら尾鷹が突っ込みを入れるところだが、今はその相手はここには居ない。
 苦笑いを鏡の中の自身に向ける。

「……坊っちゃん、とっとと目を覚ましてくださいよ。でなきゃ、大切なうさぎちゃんがどうなっても知りませんからね。……さてと、もうひと踏ん張りしますかね~」


 郁哉の長い長い壮絶な一日が、悲しみを残しながら過ぎていった──。
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