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第7章 砂に落ちた砂糖は赤黒く塗れる0.1%

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 それともう一つ。
 郁哉にも役割を与えてくれた。
 朝が苦手な郁哉の代わりに尾鷹が朝食を用意し、夜は帰りの遅い尾鷹の代わりに郁哉が夕食を用意する。教わったレシピが大活躍中で、宝の持ち腐れにならずに済むというものだ。
 大学を終えると、駅近くのスーパーで買い物をし帰宅するのが近頃の日課になっていた。
 今日もレジ袋を下げ帰宅する。エントランスを抜けるためオートロックを解除しようと自動ドアの前で立ち止まる。

(んー……まだかな? なにしているんだろ……)

 営業マンのようなスーツ姿の男が、インターフォンの前に佇んでいた。中々その場から動かない男に、郁哉も足踏みしながら待機していた。
 別ルートで入ろうかと敷地を頭に浮かべていると、先に男が動いてくれた。郁哉の存在に気付いた男は「これは長々失礼」と、謝罪を口にする。どうやら訪問先の主は不在だったようだ。
 ペコリと軽く会釈をしすれ違うと、薄茶色いものが瞳に映り、ひらひらと地面に向かって落ちていく。

「あっ、あの……これ、落としましたよ?」

 咄嗟に男を引き止め、地面から茶色い封筒を拾い上げ差し出すと、男は申し訳なさそうに封筒を受け取った。

「これは気付きませんでした。助かります」

 それじゃと背を向け立ち去ろうとする郁哉に、男はなぜか声を掛けてくる。

「少々お待ちを……。君、どこかで見たことがあると思ったのですが……」
「は、はぁ……」

 踏み出そうとしていた足を止め、振り向き男に視線を移す。
 皺一つない淡いグレーのスーツをきっちり着込み、整髪料で固められた乱れのない黒髪。銀縁の眼鏡がインテリ風で、全てが清潔に整えられている。
 眼鏡を押し上げ位置を直すと、値踏みするような鋭い眼光で見つめられるが、郁哉は男に会った記憶などなかった。

「すみません……人違いだと……」
「やはり間違いない……君が那津さんの……」

 尾鷹の名前を聞き安心するも、男が醸し出す殺伐とした雰囲気に郁哉は身を竦ませた。
 感じの良さそうな雰囲気から一転、物のように見下す視線。頭一つ程度の身長差でも、圧を掛けられ押し潰されたように自分が小さく見えてしまう。
 口元は弧を描き笑っているものの、シルバーフレーム越しの瞳は深海のように黒々とし温かみをまるで感じさせない。

「信じられませんね。ありふれた凡人だというのに、まだ飽きずに手元に置いておくなど。君、特技でも? それとも相当な床上手なのですか? ククッ……違うな。君が那津さんから離れたくないと、泣き脅しでもしたのでしょう。彼とのセックスは、中毒になると評判ですから。虜になるのは仕方のないことです」

 薄い肩がクツクツと笑う度に揺れている。不気味なものを感じ郁哉はジリジリと後退した。
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