Sugar ＆ Cacao〜甘さの比率〜

第5章 砂糖の美味しい食し方85％

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「お分かりですか？　まぁ、坊っちゃんなら目を通せば、どういう結果か理解されているかと思いますが、テストステロン値が基準値より上回ってます。高値とまではいきませんがね。この検査に関しては、午前中に採血するほうが安定した数値を取るにはベストと言われています。しかしまぁ、再度採血しても結果は同じかと。それと次のページを……」

　そう言われ尾鷹はページを捲り息を飲んだ。

「……ReL値。やっぱり……ということか」
「ええ、偶然的か必然的か、皮肉にも合致してしまったのでしょう」

　紙面に敷き詰められた数値を視線で辿ると、頭の中にいくつかの事実が浮かび上がってきた。
　郁哉に出会ったばかりの頃は、嗜好で自らアナルの処理をしているとばかり思っていた。
　二度目に会い念のためと触れ、匂いを嗅ぎ、潤いのない後孔に思い過ごしだったと安堵した。けれど触れる度に甘い香りを発する郁哉に、疑心暗鬼になっていた。
　先日のセックスで潤いを見せる後孔に、もしやとは思っていたが結果を見れば一目瞭然だ。結果は現実を物語っている。

「……甘い香りも濡れるのも……そのせいか」
「ええ、そう考えて間違いないでしょうね。メカニズムに関しては採血だけではなんとも。ただ一つ言うなら、確実に化学的な変化が起きた……ということです。今まで誰にも作用しなかったはずが、なぜ今回だけなのか。凩君が口にした摂取量は、過去の被験者と比べてむしろ少ないはずなんですがね。いやはや不思議でなりませんね……原因が全く解らない。定期的な検査は今後も必要でしょう。砂糖依存症に関しても、過剰摂取によるものも一因ですが、恐らくテストステロンと、リラブによる身体の変化が作用したからかと」

　複雑な面差しで尾鷹は紙面を凝視する。
　その手は少し震えているようだ。

　テストステロンは男性でいうなら、男性ホルモンの一つで人体にとって必要な分泌物といったところだ。
　数値が基準値より高いからいいという訳ではないが、精力、気力、体力など向上させる役割がある。
　対してReL値とは、七瀬が三年前に発見した新たな数値だ。
　生理活性物質。一般的には性フェロモンと称されている。
　近年ヒトからも性フェロモンは分泌されると、それぞれの研究機関で調査されているが、未だ解明には至っていない。

　古来よりヒトが所有しているであろうフェロモンとリラブは、全く異なる種類の化学物質だ。ヒトが自然と分泌する生理活性物質に対して、リラブは謂わば人工的に作られた物質。
　学会などにも論文は発表しておらず、このことを知っているのは尾鷹と七瀬の二人だけだった。

　──Returnリターン  Loveラブ。

　通称、リラブ。
　七瀬が命名したそれは、愛など幻想に過ぎないと考える尾鷹を皮肉ったものだった。
　口にすればいい響きに聞こえるかもしれない。けれど尾鷹にすれば過去に囚われる辛いものでしかない。

　数値の羅列に頭痛を起こすと、尾鷹は報告書を静かに閉じ、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み込んだ。
　苦味が口腔を侵食する。まるで今の尾鷹の心情を表しているような味わい。

「複雑ですか？」
「……まぁね」