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第3章 砂糖を湯煎で溶かしたら55%
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「郁哉……」
優しい低音が耳に吹き込まれ、頬に当たるぬくもりにまつ毛を震わせながら瞼を開く。
ぼんやりする頭でピントを合わせると、尾鷹の掌が頬を撫でそのまま髪をゆるりと梳いていた。
「──ん……那津……?」
身体をゆっくり起こすと冷えた身体がブルッと震える。
「こんなところで寝ていたら風邪引くよ」
「……ん、俺……寝ちゃってた?」
瞼を擦りながら壁に掛けられた時計を見ると、すでに二時を回っている。
どうやらタブレットを弄りながら、知らぬ内に眠ってしまっていたようだ。
胸にあったタブレットがないことに気付き、焦りながら辺りを見渡す。電源が入ったままでは困ってしまう。
オフ状態でテーブルに置かれており、手を伸ばし電源を入れると、さっとメモ書きを削除した。
落として壊していないことにホッとすると、タブレットから尾鷹に視線を移し今帰ったばかりなのだと認識する。
「あの、お帰り……今日? ……は戻らないかと思ってた」
「だいぶ遅くなったけどね。ただいま」
朝の態度とは一転、ニヤケ顔を浮かべる尾鷹に気持ち悪さを感じるが、郁哉はそれとは別に胸焼けしそうで顔を歪めた。
(凄く不愉快だ……)
強い香水の匂いが尾鷹から湯気のように湧き立っている。尾鷹が動く度にその匂いは空気と混ざり溢れてくる。
鼻がもげそうなきつい匂いに眉間に皺を寄せると、寝起きで機嫌が悪いと勘違いしているのか、尾鷹は宥めるように郁哉の頬を撫でてくる。
「朝は悪かった」
「えっ? う、うん……那津怒ってたよね。俺が怒らせたんだよね? 俺こそ昨日したくもないことさせちゃって……ごめん」
「ああ、違うよ。郁哉としたのを後悔してる訳じゃない。実家のトラブルで急いでた。郁哉に勘違いさせたかもって反省していたんだ」
「そ、そうなんだ……なんだ……へへっ……」
へらりと無理矢理笑顔を作ると鼻がツーンとし、瞳が潤みそうになる。
泣きそうなのは郁哉とエッチなことをして、嫌悪を抱いていた訳ではないということに対してか、遅い時間まで戻らなかったことに対してか。
ずびっと鼻を啜ると、濃厚な百合の花のような匂いが脳まで届く。家のトラブルとは、こんなにも淫靡な香りを纏わせるものなのだろうか。
「あっ、あのさ? とやかく言うことじゃないけど、女抱いてきたなら、せめて匂い消してきて欲しいんだけど……」
フイッと顔を背けると、匂いが不快だと安易に伝える。
「はぁ?」
「だから那津、すげー女臭い! 取り敢えず風呂入ったら?」
「……ふ~ん。郁哉は風呂入った?」
「うん。俺先に寝てる。那津の顔見たらホッとしたし、眠くて堪らない」
胸がモヤモヤと詰まることを悟られないように、呑気にあくびをするフリをすると、頭に尾鷹のワイシャツがパサリと掛けられた。
不審げに尾鷹を見上げると機嫌の良さそうだった顔付きが、スーッと能面のように表情をなくしていた。
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