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第3章 砂糖を湯煎で溶かしたら55%
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お腹の底を刺激するような焼かれた匂いに、郁哉はゆっくりと瞼を開く。
カーテン越しに射し込む柔らかな光が、朝になったことを知らせてくれる。
ずいぶんぐっすりと眠れたことにボーッと惚けながら、スンスンと匂いを嗅ぐと、尾鷹がすでに朝食を作り始めている事実に飛び起きた。
「ご、ごめん! 寝坊した!」
「構わないよ。今日は前に作ったのにしたから」
「……あっ、そうなんだ」
「良く眠っていたから、起こすの可愛そうで」
キョトンと間の抜けた顔で尾鷹を見てしまう。
皮肉を言う尾鷹にしては優しさに満ち、なんとも甘ったるいことを言うからだ。
「なんか……機嫌いい?」
「はぁ? 一応確認するけど夜のこと忘れてるとかないよね?」
「……夜?」
「ふ~ん。もういいよ。早く顔洗ってきたら」
シッシッと野良犬でも追いやるように手をひらひらさせる尾鷹に、郁哉は怪訝そうな顔付きで洗面所へと向う。
感情の起伏が激しいのは今に始まった訳ではないが、あんな風に邪険にされるとは朝から不愉快極まりない。
水道水で眠気を払うと、さっぱりするのと同時に夢から覚めたように蒼白になる。
あれは異世界でも夢でもない。紛れもない現実だ。
(ヤバイ……またやらかした……)
尾鷹の家に来てから、何度そう心の中で呟いたことか。そして尾鷹が怒る原因など明白だ。
二人で爛れた行為をし、二度も達してしまった。
汗と精液に塗れた身体や部屋着がいつも通り清潔なのは、眠ってしまった郁哉のために全て尾鷹が後始末をしてくれたからだ。
洗面台の前でしゃがみ込み項垂れながら、チラリとキッチンへと視線を向ける。
(合わせる顔がない……合わせなきゃだけど……)
今朝の気分がスッキリしているのも、あれだけ盛大にぶち撒け喘げば納得だ。
顔面紅白合戦を繰り広げると、諦めてリビングへと向かう。
先に朝食を食べ始めている尾鷹の前に腰掛けるが、郁哉になにを言う訳でもなく、無表情に冷たい空気を醸し出されれば声を掛けることなどできない。
「いただきます」とひとり言のように呟き、進まない朝食を前に度々尾鷹を窺った。
「郁哉」
「はいッ!」
「今日は帰り遅くなるから適当にして」
「う、うん。分かった……俺も今日は二限から大学」
「そう」
尾鷹はそれだけ言うと椅子から立ち上がり、ソファーに置かれたトートバックを持ち足早に玄関に向かってしまう。
郁哉は箸を置くと、足をもつれさせながら尾鷹を追い掛けた。
「那津!」
トントンと爪先を叩き靴を履く尾鷹が、視線だけを向けてくる。
冷めた瞳に怯みそうになる気持ちを叱咤すると、郁哉は喉を詰まらせながら言葉を口にした。
「……その、昨日の夜のことだけど……色々ごめん」
「ああ、どうでもいい」
「えっ? どうでも……」
目を見開き尾鷹を見つめながら、放たれた言葉の意味を導こうとする。けれど尾鷹は郁哉に答えを出す時間を与えることなく「じゃあ」と、小さく呟くと背を向け立ち去ろうとしていた。
急いで腕を上げ小さく手を振りながら、郁哉は呆然とした面持ちで掠れた声を出す。
「いって……らっしゃい……」
見送るための声は尾鷹に届くことなく、扉は無情にも閉じていった。
カーテン越しに射し込む柔らかな光が、朝になったことを知らせてくれる。
ずいぶんぐっすりと眠れたことにボーッと惚けながら、スンスンと匂いを嗅ぐと、尾鷹がすでに朝食を作り始めている事実に飛び起きた。
「ご、ごめん! 寝坊した!」
「構わないよ。今日は前に作ったのにしたから」
「……あっ、そうなんだ」
「良く眠っていたから、起こすの可愛そうで」
キョトンと間の抜けた顔で尾鷹を見てしまう。
皮肉を言う尾鷹にしては優しさに満ち、なんとも甘ったるいことを言うからだ。
「なんか……機嫌いい?」
「はぁ? 一応確認するけど夜のこと忘れてるとかないよね?」
「……夜?」
「ふ~ん。もういいよ。早く顔洗ってきたら」
シッシッと野良犬でも追いやるように手をひらひらさせる尾鷹に、郁哉は怪訝そうな顔付きで洗面所へと向う。
感情の起伏が激しいのは今に始まった訳ではないが、あんな風に邪険にされるとは朝から不愉快極まりない。
水道水で眠気を払うと、さっぱりするのと同時に夢から覚めたように蒼白になる。
あれは異世界でも夢でもない。紛れもない現実だ。
(ヤバイ……またやらかした……)
尾鷹の家に来てから、何度そう心の中で呟いたことか。そして尾鷹が怒る原因など明白だ。
二人で爛れた行為をし、二度も達してしまった。
汗と精液に塗れた身体や部屋着がいつも通り清潔なのは、眠ってしまった郁哉のために全て尾鷹が後始末をしてくれたからだ。
洗面台の前でしゃがみ込み項垂れながら、チラリとキッチンへと視線を向ける。
(合わせる顔がない……合わせなきゃだけど……)
今朝の気分がスッキリしているのも、あれだけ盛大にぶち撒け喘げば納得だ。
顔面紅白合戦を繰り広げると、諦めてリビングへと向かう。
先に朝食を食べ始めている尾鷹の前に腰掛けるが、郁哉になにを言う訳でもなく、無表情に冷たい空気を醸し出されれば声を掛けることなどできない。
「いただきます」とひとり言のように呟き、進まない朝食を前に度々尾鷹を窺った。
「郁哉」
「はいッ!」
「今日は帰り遅くなるから適当にして」
「う、うん。分かった……俺も今日は二限から大学」
「そう」
尾鷹はそれだけ言うと椅子から立ち上がり、ソファーに置かれたトートバックを持ち足早に玄関に向かってしまう。
郁哉は箸を置くと、足をもつれさせながら尾鷹を追い掛けた。
「那津!」
トントンと爪先を叩き靴を履く尾鷹が、視線だけを向けてくる。
冷めた瞳に怯みそうになる気持ちを叱咤すると、郁哉は喉を詰まらせながら言葉を口にした。
「……その、昨日の夜のことだけど……色々ごめん」
「ああ、どうでもいい」
「えっ? どうでも……」
目を見開き尾鷹を見つめながら、放たれた言葉の意味を導こうとする。けれど尾鷹は郁哉に答えを出す時間を与えることなく「じゃあ」と、小さく呟くと背を向け立ち去ろうとしていた。
急いで腕を上げ小さく手を振りながら、郁哉は呆然とした面持ちで掠れた声を出す。
「いって……らっしゃい……」
見送るための声は尾鷹に届くことなく、扉は無情にも閉じていった。
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