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第2章 砂糖と薬は紙一重±0%

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 礼儀正しく挨拶をし、靴をしっかり整えて家に上がる尾鷹に意外なものを感じる。
 なにをしに来たのかは知らないが、どうやら機嫌がいいのは間違いないようだ。

「へぇー、狭いくて古いけど意外と片付いているね」

 ひと言余計なのはどうかと思うが、実際郁哉のアパートはオンボロだ。
 実家は静岡の片田舎で当然東京の大学には通えず、両親が汗水流して郁哉のために仕送りをしてくれている。学費は奨学金でなんとかなるものの、それでも賃貸料と生活費を工面するのは大変なことだ。
 せめてもと思い格安の二階建てボロアパートを選んだが、部屋の中は所々軋み、夏は暑く冬は寒い。
 ワンルームタイプの間取りでは大した荷物も置けないが、それでも郁哉は人並みに掃除をし、乱雑にならないように心掛けている。

 玄関を開けると細長く狭い廊下が二メートルほど。その廊下に沿ってミニキッチンと冷蔵庫、洗濯機置き場、ユニットバスが設置されている。
 メインの部屋には小さな卓袱台とシングルサイズのベッド、アルミラックに二十二インチのワイドテレビが置かれているだけだ。

 廊下から部屋の中を見回している尾鷹に、背後から声を掛ける。

「……なにしに来たんだよ。それに住所」
「圭介から聞いた。最近サークルにも顔出してないよね?」
「あいつ……余計なこと……」

 俯く郁哉の頬にぬくもりが触れる。

「……酷い顔だ」
「調子が良くないんだ。あんたに構っている余裕ない……」

 目の下のクマを辿るように、尾鷹が指の腹で擦ってくる。
 ささくれ立った気持ちを癒やすような優しいぬくもり。
 フーッと細い息を吐くと、尾鷹の指先が離れていく。
 それがなぜだか寂しく感じる。

「コーヒー買ってきたんだ。一緒に飲まない?」
「うん……」


 卓袱台に向かい合って座ると、テイクアウトの紙コップに入ったコーヒーの蓋を開ける尾鷹に首を傾げてしまう。

「マグカップに移し替える?」
「ああ、違う違う」

 コンビニ袋をガサゴソと探る尾鷹が小さな瓶を取出し、薄茶色をした粉状のものをコーヒーの中に入れた。

「はい、どうぞ」
「どうも……変なもの入れたんじゃ……」
「信用ないなー。まぁ、それもそうか。これが変なものに見える?」

 コトッと目の前に瓶を置かれ、貼られたラベルを読む。

「シナモン?」
「そっ、魔法のスパイス。インスリンの分泌とか空腹感抑制、血糖値のコントロールに有効だったかな。コーヒーなら癖なく飲めると思うよ」

 尾鷹の顔を目を丸めマジマジと見つめてしまう。
 瞳が合うと、尾鷹はバツが悪そうに目を背けた。

「圭介と智義が心配してた。最近、郁哉の様子がおかしいって。責任は感じてる……」

 謙虚な尾鷹になぜだか居心地が悪くなる。
 出会って三度目。
 尾鷹から人間らしさを初めて感じた。だからという訳ではないが、郁哉も素直になれたのかもしれない。
 竹田や砂川にも詳しく話してはいないが、話さなければ帰りそうもない尾鷹に、郁哉は現状を伝えることにした。
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