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第1章 焦げた砂糖は食べられない−100%

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 飲み会も中盤になると、尾鷹は最近入ったにも関わらず知り合いが多いのか、あちらこちらから声を掛けられていた。
 郁哉の隣から存在がなくなると表情筋が緩みだす。強張っていたのは顔だけではなく、全身も同じように凝り固まっていた。
 タイミングを見計らい「トイレ……」と、静かに立ち上がり席を外した。

(このまま帰るかな……)

 尾鷹をまだ殴ってはいないが、それはそれで面倒に発展してしまう。このまま当たり障りなく、フェードアウトするのが最善策かもしれない。
 ザーッと無駄に蛇口を全開にし、床に跳ねるのも気にせずにバシャバシャと手を洗う。
 ここ最近の暴飲暴食により、肌はガサつき潤いが全くない。水で潤いを満たせる訳ではないが、自然と濡れた掌を頬に乗せる。
 浸透性に掛ける水は吸収することなく、弧を描きながらツーっと顎へと伝い落ち床のタイルの色を変えていく。

「……なにが食ってないだよ」

 鏡に映る自分の姿を前に、誰に語る訳でもなくボソリと呟いていた。


◇ ◇ ◇


 ──初めての出会いは、間もなく夏本番を迎え連日猛暑が続いていた頃だった。

 その日はチョコレート専門店の限定スイーツ発売日。
 ネットの抽選に当たった郁哉は、ずいぶん前からこの日を楽しみにしていた。
 抽選で購入できるのだから、並ぶ必要もなくすぐに食べられると思っていたが、作り置きの難しいジェラートでは必然的に並ばざる負えない。
 それでも郁哉は躊躇も見せず暑い中列に並んだ。

 濃厚なチョコレートをベースに、グラニュー糖でほどよく煮込んだオレンジピールがふんだんに使われているジェラートを口にすることができるなら、二時間だろうが三時間だろが待つこと自体苦ではなかった。
 商品が自分の手に渡ったときには、感極まって涙を溜めた。溶ける前にと早々に店をあとにし、ゆっくり味わえる場所を求めて周辺を歩いていた。

 それがいけなかった──。

 角を曲がるとそこは異世界のように、昼間でもネオンをギラギラと瞬かせながら、派手な看板を掲げブロック塀越しに控え目な出入口を開放していた。数組のカップルが、顔を隠すようにコソコソとその中へと消えていく。
 郁哉は独特な空気を漂わせている界隈に呆然と足を止めた。
 驚くのも無理はない。たった一歩道を逸れただけで、風俗店が猥雑に建ち並んでいるからだ。
 手の甲にひんやりとした液体が伝うと、ハッとしてその場を逃げるように身体を翻した。

「────ふぎゃっ!!」
「…………あ」
「えっ! ちょっとヤダァーー!」

 顔面が弾力のある温かなものに打つかると、そのまま顔を下に向ける。郁哉の顔付きが色をなくし絶望に歪む。
 ピンと尖った三角形の美しいフォルムのジェラートが目前から姿を消していた。
 壁のように立ちはだかる男の腕とブルーのシャツに、押し潰され溶け出したジェラートが徐々に染みを広げていく。

(ヒィィィ~~! 俺の命がぁぁ~~! ああ~~なんてこった! 溶けてるよ~~!)

 男の心配よりも郁哉は限定スイーツの氷菓を心配した。
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