Sugar ＆ Cacao〜甘さの比率〜

第1章 焦げた砂糖は食べられない−100％

05

　真っ青な顔色で凍ったように固まる郁哉だが、周りは通常通りに時間が動いている。
　ガヤガヤとうるさいほどの雑談が、膜を一枚隔てたように不明瞭に耳に届いてくる。

「そんじゃ改めて乾杯するか」
「だな。おい、郁哉。聞いてるか？」

　竹田は固まる郁哉の頬に持ち上げたグラスを押し付け、覚醒させると郁哉にグラスを持たせた。
　向かい側に座るサークルメンバーを巻き込みながら、今到着したばかりの男を含め「乾杯～！」とグラスを合わせ盛り上がっている。
　狼狽える郁哉は出遅れ、グラスを持ち上げることすら叶わないでいた。

「ねぇ、大丈夫？」
「……あっ、えっ？　う、うん……」
「そう？　それじゃ乾杯……」

　カチンッと左からグラスを重ねられ、囁くように乾杯の挨拶を個人的にしてくる。
　そろりそろりと視線を上げ窺うと、ジッと郁哉を見下ろす視線と絡み合う。片眉を上げフッと口角を持ち上げる男に、一ヶ月前の記憶を呼び醒まされる。

　二度と会うことはないと思っていた。
　東京のど真ん中でたまたま出くわしただけ。
　偶然にしては出来過ぎている状況に、郁哉はギューっと首を締め付けられているような錯覚に陥り、今すぐこの場を逃げ出したくなっていた。

（……なんでここに居るんだ）

　毎度サークル参加を積極的にしている訳ではない郁哉だが、こんな男は見たことがない。
　柔らかそうな癖のある蜂蜜色の髪。サイドは短く刈り上げられ、清潔感も忘れていない。
　髪と同じトーンの虹彩はハーフのようにも見えなくはない。
　細身ではあるが程良く筋肉を蓄え、身長は百八十センチを超えているように見える。
　これだけ大所帯のサークルでも、雑誌から出てきたかのような端正な顔立ちの男は嫌でも目立つ。
　訝しむ郁哉の謎を解くとでもいうように、今日サークルに参加させられた経緯を竹田が説明し始めた。

「郁哉、初めて会うよな？　お前全然来てなかったしな。二ヶ月ぐらい前にウチのサークル入ったんだけど、結構な問題児でさー」
「おいおい圭介、問題児って誤解を生むような紹介するなよ。郁哉に嫌われたら困るだろ？」
「なにが困るって？　サークル内の綺麗どころ掻っ攫った癖によ～。たった二ヶ月だぞ？　今なら内緒にするから名前を上げよ」
「俺が誘った訳じゃない。何人か女と出掛けたのは認めるけど、食ったりはしていないよ。それよりちゃんと紹介して」

　竹田の大雑把な紹介で得た情報から、郁哉は男の名前を初めて知る。

　尾鷹那津おだかなつ──。

　私立聖蘭大学経済学部在学。二年生で二十歳の同級生。女ったらしの腹が立つほどのイケメン。おまけに金持ちときたら女が放って置く訳がない。

「いい加減な紹介だね。それじゃ最低な男みたいでしょ？」
「実際そうだろ？　このタラシ～!!　お前みたいなイケメンは世の男の敵だ!!」

　竹田と尾鷹のやり取りにどっと笑いが湧く。
　そんな中、郁哉だけが下を向き空気に溶け込めずにいた。

「ねぇ、郁哉って……呼び捨てでいい？」
「はぁ……まぁ……お好きに……」
「そう？　なら、改めてよろしく」
「……よろ……しく……」

　出会ったのはこれが初めてだと白々しく笑顔を振り撒く尾鷹に、郁哉は眉を詰めながら苛立ちを募らせていた。