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レイクガーデンの抱擁
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囚われている、とステラは錯覚した。
顔をあげてもそこにはハウンドだけで、伸ばされた腕のせいで背後の木ごと抱きしめられているような気がしてくる。
彼はいつもの穏やかな微笑も浮かべず、むしろ苦しそうに眉根を寄せていた。
「ハウンド」
「あなたには関係ないことだと思います。ですが、ずっとあなたを望んでいました。事情がありずっと会えませんでしたがずっと……あなたを……」
最後の言葉は掠れて聞き取れない。
「あなたの傍にいられるのなら、他のことは全て我慢しようと思っていたんです。……いえ、出来ると思っていました。会えなかった時間のことを思えば、こうして腕のなかにあなたがいる幸運だけで私は生きていける。そう、思っていました」
いけませんね、とハウンドは無理やり笑おうとする。
下手くそで歪んだ表情でもきれいなんだな、とステラはぼんやり思った。
「実際は、どんどん欲が増していくばかりです。せっかくすぐ会える距離にいるのに、あなたが私以外と過ごしているのが苦しい。ステラ様が私を許してくれるから、どこまでも近づいてしまいそうになる」
だから、とハウンドは続ける。
薔薇色の瞳に捉まって、ステラは視線をそらせないままでいた。
「これを最後のわがままにします。どうか私を拒絶してくださいませんか。一切の望みを捨てろと宣告してください」
ハウンドはほとんどステラに覆いかぶさるようにその腕の中に閉じ込めていた。
表情だけではなく、額や首筋に冷や汗が滲んでいる。
(ハウンド、本当に私のことを……?)
正直なところ、ステラにはまだ信じられない。
(私がハウンドに戸惑うのは、過去になにがあったのかを知らないからなのかしら。それを知れば納得できるのかしら)
ステラはハンカチを取り出してそっとハウンドの汗をぬぐう。
驚いたようにびくりと反応したハウンドが、顔をくしゃりとゆがめてステラの手を取った。
芝生にぱさりとハンカチが落ちる。
「ステラ様」
ハウンドの震える手がステラの手を掴み、そのまま細い指に口づける。
視線はステラを向いたまま、苦しそうに。
これ以上迷わせないでほしい、そう伝えていた。
「ばかね」
ステラの答えは決まっていた。
「あなたの言うことは聞かないわ。拒絶なんかするわけないじゃない」
からりと笑ってそう口にすると、ステラは今まで彼に対して悩んでいたのが馬鹿らしく思えてくる。
彼が何者なのかは分からない。
しかし、この感情が偽物だとは思えなかったし、偽物でもべつにいいとさえ思えた。
妙にすっきりしたステラと対称的に、ハウンドは困惑していた。
「え、えっとステラ様。いったい……」
「我慢したくないならしなくていいわ。私だっていやなら全力で断る。私が本当に嫌がったらやめてくれるでしょう、あなたは」
「そ……れはもちろん、そうしたいと思っています」
(自信がないのかしら)
ハウンドは強引なところはあれど、嫌なことをしたことはない。
むしろステラを喜ばせることばかりするからこそ最初は詐欺師だと思ったのだ。
ちぐはぐな印象のハウンドがなんだか愛らしくて、ステラはくすくす笑う。
(彼が胸の内になにを抱えていても、私を傷つけることはないと思う)
「私は私の判断とあなたを信じるわ。もう一度言う。あなたを拒絶しない。あなたも好きにしたらいいわよ」
そう答えるが否や、ステラはハウンドに抱きしめられた。
強く、しかし痛くはない。
ひたすら大切なものだと分からされるような抱擁。
(いい匂いがする)
一瞬の現実逃避ののち、ステラは慌てた。
「ハ、ハウンド! 好きにしたらとは言ったけれどこういうことはだめよ!」
「そう、ですね」
ハウンドは苦笑しながらそっと身体を離した。
セシリアがブリジットや貴族たちを帰らせてくれたのが、いまさらながらありがたいと思った。
「ふふ、ステラ様にはかないません」
ハウンドは珍しく、少年のように屈託なく笑う。
「おかげで決心がつきました」
「決心? なにか悩んでいたの?」
「ええ。でも、もう悩みません。絶対にあなたを逃がしません」
「えっ」
どういうことなのだろう。
しかし疑問が尽きないステラに質問させないようハウンドはステラの手を取って馬車に向かいながら矢継ぎ早に逆に質問していく。
好きなお菓子や、色、土地、家族関係など。本当に遠慮がない。
そうして近距離だというのに家まで馬車でエスコートされたステラは、謎に包まれたまま部屋に戻ったのだった。
顔をあげてもそこにはハウンドだけで、伸ばされた腕のせいで背後の木ごと抱きしめられているような気がしてくる。
彼はいつもの穏やかな微笑も浮かべず、むしろ苦しそうに眉根を寄せていた。
「ハウンド」
「あなたには関係ないことだと思います。ですが、ずっとあなたを望んでいました。事情がありずっと会えませんでしたがずっと……あなたを……」
最後の言葉は掠れて聞き取れない。
「あなたの傍にいられるのなら、他のことは全て我慢しようと思っていたんです。……いえ、出来ると思っていました。会えなかった時間のことを思えば、こうして腕のなかにあなたがいる幸運だけで私は生きていける。そう、思っていました」
いけませんね、とハウンドは無理やり笑おうとする。
下手くそで歪んだ表情でもきれいなんだな、とステラはぼんやり思った。
「実際は、どんどん欲が増していくばかりです。せっかくすぐ会える距離にいるのに、あなたが私以外と過ごしているのが苦しい。ステラ様が私を許してくれるから、どこまでも近づいてしまいそうになる」
だから、とハウンドは続ける。
薔薇色の瞳に捉まって、ステラは視線をそらせないままでいた。
「これを最後のわがままにします。どうか私を拒絶してくださいませんか。一切の望みを捨てろと宣告してください」
ハウンドはほとんどステラに覆いかぶさるようにその腕の中に閉じ込めていた。
表情だけではなく、額や首筋に冷や汗が滲んでいる。
(ハウンド、本当に私のことを……?)
正直なところ、ステラにはまだ信じられない。
(私がハウンドに戸惑うのは、過去になにがあったのかを知らないからなのかしら。それを知れば納得できるのかしら)
ステラはハンカチを取り出してそっとハウンドの汗をぬぐう。
驚いたようにびくりと反応したハウンドが、顔をくしゃりとゆがめてステラの手を取った。
芝生にぱさりとハンカチが落ちる。
「ステラ様」
ハウンドの震える手がステラの手を掴み、そのまま細い指に口づける。
視線はステラを向いたまま、苦しそうに。
これ以上迷わせないでほしい、そう伝えていた。
「ばかね」
ステラの答えは決まっていた。
「あなたの言うことは聞かないわ。拒絶なんかするわけないじゃない」
からりと笑ってそう口にすると、ステラは今まで彼に対して悩んでいたのが馬鹿らしく思えてくる。
彼が何者なのかは分からない。
しかし、この感情が偽物だとは思えなかったし、偽物でもべつにいいとさえ思えた。
妙にすっきりしたステラと対称的に、ハウンドは困惑していた。
「え、えっとステラ様。いったい……」
「我慢したくないならしなくていいわ。私だっていやなら全力で断る。私が本当に嫌がったらやめてくれるでしょう、あなたは」
「そ……れはもちろん、そうしたいと思っています」
(自信がないのかしら)
ハウンドは強引なところはあれど、嫌なことをしたことはない。
むしろステラを喜ばせることばかりするからこそ最初は詐欺師だと思ったのだ。
ちぐはぐな印象のハウンドがなんだか愛らしくて、ステラはくすくす笑う。
(彼が胸の内になにを抱えていても、私を傷つけることはないと思う)
「私は私の判断とあなたを信じるわ。もう一度言う。あなたを拒絶しない。あなたも好きにしたらいいわよ」
そう答えるが否や、ステラはハウンドに抱きしめられた。
強く、しかし痛くはない。
ひたすら大切なものだと分からされるような抱擁。
(いい匂いがする)
一瞬の現実逃避ののち、ステラは慌てた。
「ハ、ハウンド! 好きにしたらとは言ったけれどこういうことはだめよ!」
「そう、ですね」
ハウンドは苦笑しながらそっと身体を離した。
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「ふふ、ステラ様にはかないません」
ハウンドは珍しく、少年のように屈託なく笑う。
「おかげで決心がつきました」
「決心? なにか悩んでいたの?」
「ええ。でも、もう悩みません。絶対にあなたを逃がしません」
「えっ」
どういうことなのだろう。
しかし疑問が尽きないステラに質問させないようハウンドはステラの手を取って馬車に向かいながら矢継ぎ早に逆に質問していく。
好きなお菓子や、色、土地、家族関係など。本当に遠慮がない。
そうして近距離だというのに家まで馬車でエスコートされたステラは、謎に包まれたまま部屋に戻ったのだった。
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