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パウラ

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 兄だけでなく母親も男爵家で暮らすというので当然パウラは抗議した。

 「私も貴族のお屋敷で暮らしたいわ!」

 なぜ自分だけ伯父さんのところへ行かなければならいのだろう。
 今、巷で平民の女の子が貴族の男性に見初められて社交界入りする物語が流行っているのだ。
 紙面上のきらびやかな世界はパウラをうっとりとさせた。
 お下がりや古着ではなく、オーダーメイドのフリルたっぷりのモスリンのドレス。
 
 首が痛くなるほど見上げる高い天井には輝くシャンデリア。
 金銀の装飾が光を反射し、豪華なドレスを着た人々が踊り交わす。
 小間使いを控えさせ、上流階級の方とお茶をするのだ。

 兄の結婚相手のオーダム男爵家にいれば、きっと貴族男性と出会うこともあるだろう。
 そうしてパウラに跪き「こんな美しい方は初めて見ました。結婚してください」と言うに違いない。
 それなのになぜ厄介払いのような真似をされなければならないのか。

「少しの間だけよ。オーダム家を乗っ取ったらパウラも呼び寄せるわ。そうしたら気兼ねなく貴族生活が出来るんだから」

「私だって役に立てるわよ」

「オーダム家に行くのは特殊な事情があってだから、最少人数なのよ。聞き分けなさい」

 パウラはむくれるが、決まった事なら従う他なかった。
 その代わり鬱憤を晴らすように友達に言いふらして回る。

「私は男爵家令嬢になるのよ」

「パウラが? どうして」

「私の兄さまが男爵家の人と結婚するの」

「それでどうしてパウラが男爵家のご令嬢になるのよ。小説の読みすぎじゃない?」

 友人たちはくすくすと笑う。パウラの妄想癖はいつものことだ。

「分からないの? 男爵家の一員になるってことよ! あとで後悔しても屋敷に呼んであげないんだから!」

 勿論ピスカートルに行くことも自慢した。
 魔動馬車を使うことを話せば皆驚いたし、態度を改める友人もいた。

「パウラすごいわ。本当に男爵家のご令嬢になるのね」

「私たちの事忘れないでね。パーティーがあるときはお屋敷に呼んでほしいわ」

「ふふん、どうしようかしら」

 皆ピスカートルのお土産が欲しくてそわそわしているのだ。
 旅行など商人が仕事として各地を回るか、まだまだ貴族しか楽しめない趣味だ。
 その日がやってくれば荷物を詰めに詰めたケースを持ってオーダム家に向かう。

(オーダム家って思ったより大きいのね)

 貴族生活を想像はしていても実際に住むとなるとその大きさに圧倒された。
 これでもタウンハウスだから小さい方なのだという。
 歴史を感じさせる重厚な調度品などを見ているとつい舐められたくないと思い、馬鹿にする発言が口をつく。

 特に兄の嫁、イヴェットはパウラの自尊心を刺激した。
 品の良い所作。女主人としての手際。客室も上品ながらパウラを歓迎するかのように可愛らしい花が飾られていた。
 聞けば商会の仕事も今はイヴェットが行っているらしい。

(そんなに頑張ってもお母さまたちがこの家を乗っ取るんだもの。無駄よね)

 なんだかおかしくなってくすくすと笑う。

(今は客室だけれど、オーダム家が自分たちのものになった時にはあの女の部屋をもらおうかしら。きっと一番豪華だものね。そして自分好みに改装するわ)

 イヴェットは哀れな女だ、とパウラは思った。
 馬鹿にした言葉を投げても困ったように笑うだけ。
 頼れる人もいない中で搾取されている事にも気づいていない。
 いや、気づいているのかもしれないがどうしようもないのだろう。

(私が男爵夫人ならもっと上手くやるのに)

 あの女に男爵夫人は務まらない。
 分不相応な立ち位置に疲弊するくらいなら自分が代わった方がイヴェットの為でもある。
 だからこそ晩餐の時は驚きと苛立ちに襲われた。
 イヴェットが自分が想像していたような、いやそれ以上の出で立ちで現れたからだ。
 濃淡のあるドレスはイヴェットの肌をさらに白く美しく見せていた。
 
 地元では見た事もないデザインのドレスだ。
 女性らしく、エレガントなドレスはイヴェットによく似合っていた。
 オーダム家の女主人として堂々とした立ち姿は、ヘクターなどかすんでしまう。

(な、なによ)

 自分の一番お気に入りのドレスが急に恥ずかしくなった。
 木綿を薄いピンクに染めてもらい、胸にリボン、裾にフリルを飾り付けたものだ。
 お祭りの時に着ていく一張羅だったが、今では子供っぽいデザインに安っぽい色が気に入らない。

(自分にお金使うくらいなら可愛い姪にドレス買いなさいよ!)

 そうだ。そういえばこの女には全然可愛がってもらっていない。
 冷酷で気の利かない、悪魔のような女だ。
 不貞腐れるパウラは、しかし次の瞬間それを忘れた。
 テーブルに並ぶのは食べたことがない料理ばかりだった。
 口に入れる度複雑な味わいが溢れる。

(お、おいしい!)

 貴族というのはいつもこんな美味しいものを食べられるのだろうか。
 飽きるほど見た芋のスープと硬いパンの影はどこにもない。
 丁寧な仕事と時間と資金を感じさせた。

(やっぱり男爵家の子供になりたいわ)

 気持ちはどんどんと強くなる。
 晩餐が終わった後、客室に戻らず他の部屋を見て回ったのは単に好奇心からだった。
 しかし飾られた絵画や精細な彫刻がなされた手すり、毛足の長い絨毯を見ているとどんどん自分のものにしたくなった。
 母はもうすぐこれが自分たちのものになると言っていたが、待てない。今ほしい。

 その時目に入ったのはとある部屋にある美しいブローチだった。
 宝石箱にも入れず、壁に飾られている。手燭の灯りに照らされてダイヤモンドがキラキラと輝いていた。

(これを着けていたら、友達もきっと羨ましがるわ)

 ピスカートル行きで少しは信じてもらえたようだが、いまだに嘘つき扱いされる事もある。
 パウラにはもっと分かりやすい貴族の象徴が必要だった。
 そうして手を伸ばしてブローチを靴下の中に隠した時、使用人がこちらを見ている事に気がついた。
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