57 / 89
根回し
しおりを挟む
回復術士からの診療記録に目を通す。
時間が無かったので今はとりあえず目立つ足だけを治療しているとあった。
本人が申告していない怪我もありそうなので後日また診察の必要があるらしい。
身体を診るに長期にわたって精神に負荷がかかる環境下にいた可能性があり、そちらも詳しく診る必要があるかもしれないとも添えてあった。
フランシスは記録の写しと報告書、そして個人的な手紙を王都に出した。
早馬なら三日もあれば届くだろう。
イヴェットの状況はもはや騎士団が介入しなければならないレベルだ。
しかし。
(彼女がそれを望んでくれるだろうか)
分からないが準備だけは進めておく。
(私情は挟んでいないはずだ)
彼女は魔獣討伐時の被害者であり、その扶助は騎士団として必要だ。
そしてイヴェットも「騎士団」に助けを求めている。
確かにこの国で女性が結婚の法的解消を求めるのは難しい。
しかしちらりとよぎる思いがあるのだ。
もし離縁したのなら、自分にもチャンスがあるのではないか、と。
フランシスは懸命にそれを無視し抑え込む。
(彼女は安全を確保するのに必死だ。今過剰に干渉するのは不安に付け込むことになる)
身動きも出来ない程、明らかに気力を失っていれば騎士団が介入する事もある。
けれどイヴェットは自分の手で始末をつける気だ。
だとすればせめてその手伝いをしたいとフランシスは思う。
その瞳に少しでも自分を映してほしいなどという我儘は、全て終わった後の話だ。
イヴェットが庭園でのことを覚えていたのは、フランシスにとってあまりにも嬉しい出来事だった。
顔と名前を一致させる事は貴族にとって必須能力ともいえる。
だから魔獣討伐時に名前を呼ばれた時には嬉しくとも期待しないようにしていたのだ。
しかしイヴェットはしっかりと庭園での事を覚えていた。
(嬉しい)
しかし浮足立つ気持ちはすぐに険しくなる。
イヴェットから詳しい話を聞いている内に彼女の抜き差しならない状況を自覚したのだ。
彼女の表情は硬く、覚悟の程が伺い知れた。
少しでも気持ちが楽になればとホット・チョコレートを差し入れると気に入ってくれたようで安堵する。
しかし同時に腕に生々しく刻まれた手の跡に気付いた。
こうまで変色する程強く掴まれ、脚を切る程引きずられて殺されようとしていたのかと思うと、どれだけの恐怖だっただろう。
(私達がもっと早くついていれば少なくとも魔獣に襲われる事はなかった。もっと早くついていれば)
その一言が声にならない。
彼女に促されてやっと言葉になる。
しかしイヴェットは騎士団を恨んでいる様子はなかった。
それどころか、眩しいほど純粋に感謝を伝えている。
(なぜこの人はこんなに真っすぐなのだろう)
窓から差し込む太陽の光がイヴェットの輪郭を際立たせる。
蜂蜜色の髪が光を通して眩いばかりに輝いている。
内なる覚悟によって彼女の表情が険しくなっている事も、今は繊細な美貌を際立たせていた。
逆光の中、エメラルドの瞳がひたとフランシスを見据える。
フランシスは目が釘付けになった。
イヴェットの形のいい唇から告げられた願いに、フランシスは頷いた。
彼女に惹かれている。それはフランシスも自覚するところではあった。
既婚者に横恋慕するなど、騎士にあるまじきことだ。
(さっさと王都に手紙を出しておいて良かった)
王都に戻るころには面倒な手続きは終わっているだろう。
時間が無かったので今はとりあえず目立つ足だけを治療しているとあった。
本人が申告していない怪我もありそうなので後日また診察の必要があるらしい。
身体を診るに長期にわたって精神に負荷がかかる環境下にいた可能性があり、そちらも詳しく診る必要があるかもしれないとも添えてあった。
フランシスは記録の写しと報告書、そして個人的な手紙を王都に出した。
早馬なら三日もあれば届くだろう。
イヴェットの状況はもはや騎士団が介入しなければならないレベルだ。
しかし。
(彼女がそれを望んでくれるだろうか)
分からないが準備だけは進めておく。
(私情は挟んでいないはずだ)
彼女は魔獣討伐時の被害者であり、その扶助は騎士団として必要だ。
そしてイヴェットも「騎士団」に助けを求めている。
確かにこの国で女性が結婚の法的解消を求めるのは難しい。
しかしちらりとよぎる思いがあるのだ。
もし離縁したのなら、自分にもチャンスがあるのではないか、と。
フランシスは懸命にそれを無視し抑え込む。
(彼女は安全を確保するのに必死だ。今過剰に干渉するのは不安に付け込むことになる)
身動きも出来ない程、明らかに気力を失っていれば騎士団が介入する事もある。
けれどイヴェットは自分の手で始末をつける気だ。
だとすればせめてその手伝いをしたいとフランシスは思う。
その瞳に少しでも自分を映してほしいなどという我儘は、全て終わった後の話だ。
イヴェットが庭園でのことを覚えていたのは、フランシスにとってあまりにも嬉しい出来事だった。
顔と名前を一致させる事は貴族にとって必須能力ともいえる。
だから魔獣討伐時に名前を呼ばれた時には嬉しくとも期待しないようにしていたのだ。
しかしイヴェットはしっかりと庭園での事を覚えていた。
(嬉しい)
しかし浮足立つ気持ちはすぐに険しくなる。
イヴェットから詳しい話を聞いている内に彼女の抜き差しならない状況を自覚したのだ。
彼女の表情は硬く、覚悟の程が伺い知れた。
少しでも気持ちが楽になればとホット・チョコレートを差し入れると気に入ってくれたようで安堵する。
しかし同時に腕に生々しく刻まれた手の跡に気付いた。
こうまで変色する程強く掴まれ、脚を切る程引きずられて殺されようとしていたのかと思うと、どれだけの恐怖だっただろう。
(私達がもっと早くついていれば少なくとも魔獣に襲われる事はなかった。もっと早くついていれば)
その一言が声にならない。
彼女に促されてやっと言葉になる。
しかしイヴェットは騎士団を恨んでいる様子はなかった。
それどころか、眩しいほど純粋に感謝を伝えている。
(なぜこの人はこんなに真っすぐなのだろう)
窓から差し込む太陽の光がイヴェットの輪郭を際立たせる。
蜂蜜色の髪が光を通して眩いばかりに輝いている。
内なる覚悟によって彼女の表情が険しくなっている事も、今は繊細な美貌を際立たせていた。
逆光の中、エメラルドの瞳がひたとフランシスを見据える。
フランシスは目が釘付けになった。
イヴェットの形のいい唇から告げられた願いに、フランシスは頷いた。
彼女に惹かれている。それはフランシスも自覚するところではあった。
既婚者に横恋慕するなど、騎士にあるまじきことだ。
(さっさと王都に手紙を出しておいて良かった)
王都に戻るころには面倒な手続きは終わっているだろう。
0
お気に入りに追加
1,098
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる