上 下
35 / 89

顔も見たくないのに

しおりを挟む
 魔動馬車は既に道に出ており、準備が出来次第各々乗り込んでいく手はずになっている。
 誰にとっても出立の時間だけあって人通りが多い。
 ひと際目立ち旅人の視線を集めている魔動馬車に乗り込むダーリーン達はひどく得意気であった。

(乗りたくないわ……)

 一番最初に馬車の元に着いたイヴェットは、すぐに乗る事はせずトレイシーと共に御者台の横で馬を眺めていた。
 昨日の今日である。グスタフにも、誰にも会いたくない。
 
 そもそもグスタフはどういうつもりなのだろうか。
 酔った上での事だから水に流せとでもいうのだろうか。
 それとも殴られた事を根に持つだろうか。

(今あの人の顔を見たらその場で吐いてしまいそう)

 寝不足と緊張と恐怖で体調も精神も最悪だった。
 しかし他の人達に感づかれるわけにもいかない。

「奥様、皆さんが揃われました。そろそろ……」

 こそりとトレイシーが気遣うように告げる。
 仕方なくイヴェットは馬車に乗り込んだ。
 想像通り、奥の方からそれぞれが座っていた。さすがに懲りたのか二階には誰も上がっていない。
 
 入り口周辺には誰もおらず、とりあえずイヴェットは安堵する。
 こっそりと乗り込み、連絡窓をノックして出発してもらう。

 道中、後ろではグスタフの頭痛について会話が為されていた。
 イヴェットはドキリとして思わず聞き耳を立てる。

「うう……いたたた。昨日転んだ時に打ち付けたようだな」

「あんなに飲まれるからですよ」

「あれ、おじさんあの後転んじゃったんですか? それは災難でしたね。一人で帰れると言っていたのでそのまま見送りましたけど」

「それがなヘクター、お前と飲んでいる途中からさっぱり覚えてないんだ。どうも宿屋の階段を落ちたらしいんだが」

「えっ、危ないじゃないですか。よくご無事でしたね。財布とかも大丈夫でしたか?」

 そこでバサバサと布をたたく音がする。グスタフが慌てて財布を探しているのだろう。

「あった、あった。いてて、中身も無事だな。何も取られちゃいない」

「倒れてすぐあの一階の人が部屋まで運んできてくれたのよ。良い人なんでしょうね。……あら? そういえばあの時は眠くて忘れていたけれどチップを渡すのを忘れていたわね」

「チップも受け取らずにただおじさんを運んだんですか? 随分変わった人ですねえ」

「旅人には親切にしてるんだろう、高い金を払って泊ってるんだから」

 宿泊料を払ったのはイヴェットである。
 それにチップも先に口止め料込みで異常な程渡しているのだ。
 別に親切ではない。

「奥様、顔色が優れないようですが……」

 一緒に聞いていたトレイシーが忍び声で心配をする。それを手で制す。

「平気よ。それより……昨夜の事は覚えていないみたいね」

「そのようですね」

「腹立たしくはあるけれど好都合ではあるわね。このまま「何もなかった」事にして、この旅行の後はなるべく関係を断ちましょう」

 トレイシーは納得いかないようだが静かに頷いた。
 一番納得がいなかいのはイヴェットだが仕方がない
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。 学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。 そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。 ※本編完結しましたが、番外編を更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...