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不安は続く

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 イヴェットはガウンではなくコートを着、食堂に降りていった。
 流石にもうひと気はなく、店番の男が皿洗いをしていているくらいだった。

「あのう」

「悪いがもう終わりましたよ。パンか干し果物ならいくらかでお譲りしますけどね」

「いいえ、今は食事は必要ありませんわ」

 イヴェットはこれ以上なくか弱く、貴族らしく見えるように話しかけた。
 そうして店番の手をとると、そこに金貨を握らせた。
 手の中身を確認して驚く男に困ったような表情で助けを求める。

「こりゃあ……」

「あなたの力が必要なのです。助けてください」

 グスタフはまだベッドの上で伸びていた。

「運ぶのは骨が折れそうですね」

「ですから、ね」

 口止め料も兼ねて金貨を渡したのだと暗に告げる。

「この方は知り合いなのですが、酔って部屋を間違われたみたいで……。このままベッドを占領されて眠れないと困りますわ。かといって私では運べませんし、男性が女の私の部屋にいるのはあらぬ誤解を招きますでしょう? この方にもご迷惑をおかけしますし」

ね? と何も分からぬ令嬢を演じる。

 店番の男がイヴェットの顔と手の中の金貨を見比べて、了承した。
 グスタフ運びは意外にも静かに行われた。
 斜め向かいのカペル夫妻の部屋に移動させる時に誰にも会わなかったからである。
 
 パウラは既に寝ていた。
 婦人もグスタフの酒癖は知っているのか眠いのか、あるいはその両方なのか「この旦那が酔って階段を落ちた所をお嬢様に聞いて運んできた」という言葉をすんなり受け入れていた。

「あらごめんなさいね。この人重かったでしょう」

「はあ、まあ。でもお客様なんで」

 それをイヴェットは自室のドアを少しだけ開けて聞いていた。怪しまれていない。大丈夫だ。夫人が部屋に入ったのを見てそっとドアを閉じる。

「イヴェット様。差し出がましいとは思うのですが私のソファで寝ませんか?」

 ベッドは二つ。そしてトレイシーが使う予定だったカウチソファがある。ただしその内の一つでグスタフに襲われたのだ。正直そこで寝るくらいなら床の方がマシ、許されるなら外で寝たいくらいである。

「それに関して一つ提案があるのだけれど。……一緒に寝ない?」

 トレイシーは躊躇していた。きっと床で寝るつもりだったのだろう。こんな状況でも使用人の鏡である。

「あなたを床で寝させたくないっていうのもあるけれど、怖いのよ」

 それは偽らざる本音だった。
 ドアには鍵があり、簡単なバリケードも置いてある。
 誰かが入ってきたらすぐに分かるが、だからといって安心できるかといわれるとそんな事はない。
 
 それはトレイシーも同じらしく結局は一緒にソファに座って寝た。
 勿論ぐっすりというわけにはいかず、目を閉じて長い夜をすごし、ただ朝を迎えたというだけだ。
 
 朝日が顔を出すか出さないかくらいにはドレスに着替え、食堂が始まると一目散に駆け込んだ。
 メニューは昨日の夜と代り映えしなかった(果物が干しりんごになっていた)がやはり温かいスープが嬉しい。
 正直食欲などなかったが今日にはピスカートルに着く。
 ただでさえトラブルを起こす人々なのですから、とトレイシーに言われ無理やり胃に入れた。
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