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襲来2

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そんなカペル夫妻の後から馬車を降りたのは女の子だった。

「こんにちはパウラ」

「こんにちはお兄様! お久しぶりですわ」

 ヘクターが挨拶をするとパウラはぱっと笑った。
 パウラとヘクターは顔立ちがよく似ていた。薄茶色の瞳と、父親譲りなのだろう黒髪を流行の形に結っている。
 今時の女の子だ。

「こんにちはパウラさん。イヴェットよ。くつろいでくれると嬉しいわ」

 イヴェットはカペル夫妻に冷たくされてもくじけずパウラに微笑んだ。 
 しかしパウラはイヴェットの方を一瞥するとフン、と鼻を鳴らして睨みつけるように笑う。

「伯父さん達を懐柔できないからって私に媚びを売るなんてやめてよねオバさん。売女が移るから寄らないで。お兄様も可哀そう、こんな女と結婚しなくちゃいけないなんて。そういえばお 兄様、少し荒れてないかしら。この女がろくに世話もしてくれないのね、おいたわしいお兄様」

「はは……」

 怒涛のように言葉を重ねるパウラにヘクターは困ったように笑うだけだ。
 それはそうだ、家から逃げているのは自分の方なのだから嘘が苦手なヘクターは笑うしかないのだろう。

(こ、この人たち……)

 段々結婚式の時の事も思い出してきた。
 父とヘクターが見栄を張った結果、大量の人数に挨拶をし捌かなければならなかったので元からイヴェットと親交がある人以外は正直な所あまり覚えていない。

 カペル夫妻は式当日は大人しくしていたので特に何も思う所はなかった気がするのだが、パウラは別だ。
 結婚式前から妙にイヴェットを敵視しているのだ。
 ヘクターに懐いているようだから奪われた気がして寂しいのだろう、とイヴェットは思っていた。
 兄妹の中で長兄と実質縁が切れている中、末っ子でまだ子供のパウラがヘクターと離れがたいのは分かる。

「ちょっと、呆けていないではやく案内して下さらない? こっちは移動で疲れているんだから」

 使用人に荷物を預けていたカペル夫人が眉をさらに寄せて高い声で不満を述べる。

「申し訳ございません。さあ、こちらですわ」

 イヴェットはとりあえず気を取り直して案内を始める。それに口を出したのはグスタフだ。

「おいヘクター、お前が案内するんだ」

「えっ?」

 ぼんやりとついていこうとしたヘクターは突然の事うろたえる。

「女なぞに先頭を歩かせるのか? 家主としてお前がやるんだ」

(男性は威張る為に先を歩いているわけではないのだけれど)

 とイヴェットは思ったが、場を収める為とヘクターが少しでも働くのであればと思いすっと後ろに下がる。
 ヘクターは慌てたようにイヴェットを見るが、知った事ではない。不在の期間が長いとはいえ家の案内くらいは出来るだろう。

(ものすごく馬鹿にされて腹は立つけれど実質的には少しだけ肩の荷が下りたようなものね。ヘクターも反省するかしら)

 おどおどと誘導するヘクターを見てイヴェットは少しだけスッとした。
 しかしカペル夫妻とパウラはそれ以上に苛立たせてくる。

「こんな陰気な場所に住むの? 私にまでカビが生えそうでイヤ」

「食事が不味かったら承知しないぞ」

「調度品の趣味が合わないわね」

 たった一日の仮宿に対して三者三様口々に言いたい事言を言う。
 どうやら家を守る立場のイヴェットを貶める事に喜びをを見出しているようだった。
 
 ちなみにカペル夫人が趣味が合わないと言った場所はダーリーンが勝手に入れ替えた部分なのでイヴェットは声を上げて笑いそうなのを堪えるのが大変だった。
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