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終わりを告げる鐘

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「久しぶりねイヴェットさん。ご厄介になってごめんなさいね」

「そんな、こちらこそありがとうございます。父も喜んでいますわ」

 ダーリーンはヘクターに似た薄い瞳を持ち、濃い茶色のまっすぐな髪を結い上げていた。
 彼女は優し気でお茶目な人である。
 少し変わった家族の形の生活はそれは穏やかなものだった。
 義母のダーリーンは優しく、父も話し相手が出来て嬉しそうだった。

 しかし父の病状は待ってはくれず、結婚式から半月後、眠るように息を引き取った。

「お父様、お父様……うっ、ううっ」

 重い雨の降る中、棺に土がかけられていく。
 医者に言われて覚悟をしていたとは言え、実際にこの時が来るのは辛かった。
 昨日からずっと泣いているが思い出があふれる度涙も次から次へと溢れてくる。

「イヴェットさん」

 後ろから小さく声をかけたのは義母のダーリーンだった。
 そっと肩を抱き、耳に口を近づける。
 手の冷たさにビクりとしたが、寄り添ってくれる事がイヴェットにとっては何よりうれしかった。

「悲劇のヒロインぶってるつもり?」

 しかし告げられた言葉は雨よりも冷たいものだった。
 一瞬何を言われたのか分からず、ダーリーンの方を見ようとする。
 瞬間、肩に痛いほどの力を込められて思わず顔をしかめた。

「お、お義母さま……?」

「義母などと虫唾が走る。ああ、こっちを見ないでちょうだい。怪しまれるでしょう。そんな事も分からないの? やっぱりこの男に似てグズねえ」

(なにをいっているの……?」

 昨日までは優しかった義母が、まるで何かが憑りついたかのように豹変している。

「この男が死ぬまで演技するのがほーんと、大変だったわよ。つまらない話にも付き合わされたし」

 傍から見れば父親の死に震える娘と、娘を献身的に支える優しい義母のように見えるだろう。
 いや、義母は優しかったのだ。この瞬間までは!

「あんたなんかを嫁にして私の可愛いヘクターが可哀そうよ。まあ仕方ないわね。結婚してしまえばこっちのものだし……。今まで我慢してたけどこれでようやく自由になれる」

「私達は……なにか気に障るような事をしてしまいましたか?」

 震える声でやっと絞り出す。

 覚えが無くても人を傷つける事はある。
 もしそうだったのだとしたら、許してもらえるかどうかは別として謝らないといけない。

(こんなにも憎悪されるのならばきっと何かをしてしまったのだわ)

「何かしたかって? そうねえ、存在が目障りなのが一番の罪かしら。あんたも一緒に死ねば良かったのに」

 葬儀に相応しくないダーリーンの真っ赤な紅がニイッっと吊り上がり、クスクスと笑う。
 イヴェットは目を見開いた。

「それが、お義母様の本性なの……?」

「本性なんて人聞きが悪い。ちゃんと家族ごっこにも付き合ってあげたじゃない。ほら、あんたの父親も私達に感謝してるわよ。出来損ないの娘を嫁にして、最期まで仲良くしてあげたんだから」
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