黄金竜のいるセカイ

にぎた

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終章 セカイに光あれ

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「へぇ……」

 リオンが思わず感嘆の息を漏らす。
 短刀をリオンから奪い、距離を取ったヒカルは、懐中時計の「青」色の装飾を押した。青は過去――淡い青色の光が、血が滴る胸の傷を修復していく。

「そこまで扱えるのね。正直感心したわ。でも……」

 パチン、とリオンが指を鳴らすと、白い影たちがヒカルとカリンダを押さえつけた。懐中時計を持つ右手に、白い影たちが屯たむろう。そして――。

 バギ!

「うわああああ!」

 右腕の違和感は激痛へ。
 だらんと力を失った手から、懐中時計が滑り落ちた。

「そのプロトタイプを貰ってあげる」

 腕を折られた。痛みで涙を溢れる。

「ヒカル!!」
「ぐううう……」
「言ったでしょ?」

 コツン、コツン……。

「白い影たちは竜のしもべなのよ」

 コツン、コツン……。

 激痛と涙でぼやけたヒカルの視界に、ゆっくりと近づいてくるリオンが写っていた。



 オニの猛攻は激しさを増し、それでいて隙がなかった。

「くそ! あいつ、さらに速くなってやがるぜ」

 パッチが姿勢を整える。隣にいるウインは、新たに魔法を唱え、巨大な氷柱つららをオニに向けて発射した。しかし、オニはそれをくるりとかわしてみせる。

 黄金竜が眠るオルストンへの関所。西の砦村グラダでは、保護派と討伐派の境目は無いに等しかった。

 東西南北の各砦村で討伐派が保護派の進行を食い止める。だが、グラダでの衝突は、オニという凶悪の出現により、他とは構図がまるっきり変化していたのだ。

 一対多。オニ対ヒト。

 ブリーゲル隊長率いるウインやパッチたちも同じだ。
 各砦村で争いが起これば、討伐派と保護派の関係なく犠牲者は増える。そのためセイリンから一番近いグラダへ背後から攻めて一気に鎮圧できれば、争わずとも保護派を誘導できたのに……。

 オニは、氷柱を放ったウインへ狙いを定めた。
 地面を蹴る。文字通り一足でウインの目の前に迫ってきた。

――速い!

 瞬時に防御の呪文を唱える。しかし、それよりも速くオニは強靭な腕を振り下ろした。

 間に合わない。ウインの視界はスローモーションに写る。
 咄嗟に、パッチがウインに体当たりをして、紙一重でウインは攻撃を避けることができた。しかし、オニの爪はパッチの背中をしっかりと捉えていた。抉られ、溢れ出す血液。

「パッチ!」
「ぐっ……」

 とどめを打つべく、オニがゆっくりと近づいてくる。覆い被さったパッチ。ウインは今度は防御の呪文を唱えず、心の中で呟いた。

――これで終わりなのか。

 鋼のオニの体は、剣も矢も効かない。
 助けるべく飛びかかったブリーゲルも、剣を折られ、鎧を砕かれ弾き飛ばされた。

 その時――グラダに濃い影が覆う。

「黄金竜だ!」

 兵士たちの誰かが声をあげた。ウインも空を見上げると、そこには分厚い雲を引き連れた、黄金に輝く巨大で偉大な竜が、翼をうんと広げて通りすぎて行った。

「竜神様……?」

 なぜ? オルストンにいたはずなのに。カリンダたちはどうなった? まさか失敗したのか?

 色々な思いが頭を駆け巡るなか、ズドン! と、空から何かが落ちてきた。

 砂ぼこりが舞う。オニも、突然の出来事に足が止まった。そして現れたのは、楕円形をした――まるで卵のような――黄金の物体だった。

――まさか、鱗!?

 誰もが動けない沈黙のなか、オニは誰よりも先に、その黄金卵に拳を向けた。

 ゴオン! と激しい爆音が響く。
 しかし卵はビクともせず、僅かにひび割れた隙間から、真っ白な光が溢れただけであった。



 黄金虫の壁たちがすべて屑になるころには、リーの体はすでにボロボロであった。

 剣は健全だ。だが、女隊長の体には無数の裂傷と打撲、絶え間なく続いた虫たちの応戦での疲労、そして竜が去った虚無感。

 残すはワニと猿だけ。竜が飛び立った後、特に手を出すわけではなく、嫌な沈黙を守り続けていた2体。
 百体にも及ぶ虫たちを蹴散らした後も、猿とワニは変わらず待機をしていた。

 まるで、竜が帰ってくるのを待っているように。

 彼女の予感は正しかった。
 黄金虫たちの残骸に腰を降ろしたその時、東の空に一点の輝きを見つけた。帰ってきたのだ。突如どこかに飛び去った金色の竜が。

 束の間の休息も終わり。身体中の悲鳴に耳を塞ぎ、女隊長リーは再び立ち上がった。

 自分がどうなろうと構わない。
 すべてはこのセカイの平和のために。



「お母さん!」

 カリンダは叫び続けていた。白い影たちに押さえつけられた状況で、目の前にいるヒカルの言葉を信じて。
 腕を折られ、不敵に笑う少女が近づいてくる絶対絶命のピンチなのに、その顔にはまだ希望の光を持っているではないか。

――お母さんを呼ぶんだ!
――きっと答えてくれるから!

 だから叫び続ける。ヒカルのことを信じているから。

「お母さん! お母さん!!」
「ふふふ……無駄よ」

 余裕綽々のリオンはヒカルの目の前にくると、床に落ちた懐中時計をつま先でコツンと小突いてみせた。

――あきらめるな。何か手はあるはず。

 青空の下で生まれ、青空の下で育った。
 あたたかな朝日は優しい香りを与え、鳥たちの賑やかな声が聞こえてくる。

 そんな生まれ育った世界を、ヒカルは思い出していた。
 カリンダやウインたちも同じだ。太陽に起こされて伸びをする。単なる日常ではなく、これが平和なのだろう。

 折れた右腕の痛みはどんどん増していった。寒気さえもする。そんな自分を嘲笑うかのように、リオンは「ふふふ……」と近づいてくる。

 リオンが床に落ちた、ヒカルの懐中時計を拾い取ろうとした時――何かに気がついたかのように、彼女は手を止めた。

 ヒカルのぼやけた頭の中に、うっすらと「ひかり時計工房」が浮かびあがる。幻覚なのか。神様が見せてくれたとでも言うくらい、鮮明なイメージ。

 やがて、視界の隅で黄色い光を見つけた。

 ヒカルとカリンダを押さえつけている白い影たちが泣いているのだ。
 溢れる黄色い涙。それらがこぼれ落ちては消えていく。

――解放しろ!

「チッ」とリオンが舌打ちをする。

 魂の反乱。氾濫だ。

 その声はヒカルにも届いた。耳ではなく心に――魂に直接。

「もう我々を解放しろ!」
「これじゃ私たちと一緒じゃないか!」

 今度は、ヒカルの懐中時計が金色に光りはじめた。白い影たちの声たちは、ヒカルやカリンダ、そしてリオンの心に流れ込む。

 叫びに紛れた中で、そして聞こえた――。

「私たちがついていますよ」

 それは、どこかで聞いたことのある優しい女性の声だった。

「あなたたちが何をしようたって無駄よ! もう浄化は始まっているもの!」

 懐中時計に向け、強行的に伸ばしたリオンの腕を、一体の白い影が掴んだ。

  体が軽くなった。のし掛かっていた影たちが解いてくれたのだ。

「あなたは?」偽リオンがその白い影を睨み付ける。

 腕を押さえながら立ち上がったヒカルには、その白い影が誰なのか分かっていた。

「ありがとう。本物のリオン」
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