黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第九章 道中の夢

6 召喚士ウイン

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「どういうことだよ!」

 ウインがカリンダの肩を掴む。

「自分でも何を言っているのか分かっているのか? すべてはこのセカイのためなんだよ? そのために僕たちが、セカイ中の人々がどれだけ犠牲を払ったのか、分かっているよね!?」

 カリンダはウインから視線を反らす。
 いったい何が何なのか……。

 ウインがカリンダに詰め寄り、ブリーゲルは賢者と話し合っている。
 一人残されたヒカルは、自分はいったいどうすれば良いのか、とすこぶる居心地の悪い部屋の中で、ひたすは時間が経つのを待っていた。

「私だってわからないのよ!」

 カリンダがウインの手をひっ払う。

「何度も何度も、何度も聞いてみたの。心に……竜神様に! でも、何度聞いても、欠片パートナーはヒカルを指名したのよ」

 竜神様、という言葉を聞いて、ウインの背中は一気に落胆の色を顕にした。

「そんな……無茶だ」
「私だってちゃんと分かってる。これまでどれだけの人が苦しんできたのか。今も多くの人が苦しんでいることも」

 それに――。

「兄さんがどれだけの覚悟を持っていることも」

 カリンダが弱々しく言った。兄を気遣ってなのか。黄色い目には、涙が浮かんでいるようであった。

「竜の意志ではない人間が欠片となっても、意味は無かろう」

 賢者がウインに語りかける。

「カリンダは偽りを言っている訳ではないのだ。竜の声は私にもちゃんと届いている。それに、試練には武術や魔法、召喚術が必要という訳ではないのだ。一つは心の強さ――大槻ヒカルには、純粋な強さがある」
「し、しかし!」
「お主が弱いと言っている訳ではない。覚悟も認める。ただ選ばれなかっただけなのだ」

 選ばれなかった――。
 絶望の二文字では到底計り知れない感情が、ウインの中にどっと流れ込む。

「以上だ――ヒカルよ。健闘を祈っているぞ。本当に竜を止めたいと思っているのならば、カリンダの欠片となり、試練に打ち勝て」
「ちょっと待って!」

 ようやく声が出た。
 試練? 欠片? 選ばれた? どうして皆は俺を置いていく。それにまだ聞いてないぞ。

「どうして俺の名前を?」

 無表情だった賢者の顔が、微かにニヤリ、と笑った。

「お前のことはよく知っているぞ、大槻ヒカルよ。お前もいずれ知るだろう。そいつに訊ねてみれば良いのだ。金色こんじきの時計に……」

 そして、

 時を刻む金色こんじきの――光纏いし勇者あり。その者、竜を従えへ、セカイを蹂躙すべし。

 と、賢者は言った。

「すべては竜神様の御心に――」

 賢者が目を閉じると、入れ替わってネムが目を開ける。そして、再び服に隠れてしまった。

 太陽に雲がかかったのか、部屋の天窓から、光が少なくなった。

  こじんまりとした部屋の中――俯くウインたちの間を沈黙だけが駆け回る。

「ウイン……」

 ブリーゲルが差し出した手を弟は払い除けた。

「僕もグラダに行くよ」
「なに?」
「挟み撃ちにするんだろ? ノリータ側からの兵士たちと、オルストン側の僕たちで」
「そうだけれど……」
「人数は多いに越したことはない。それに、僕がここにいても意味はないみたいだからさ」

 いつものウインの優しい声。だけど、ウインの顔は見えなかった。

「行こう。急いだほうが良いんだろ? オニもいるとかなんとか言っていたからね」

 部屋を出るウインがヒカルの隣で立ち止まる。そして、ヒカルにしか聞こえない小声で、こう呟いた。

「あの時――君を牢屋から出さなければ良かったよ」



――俺を使いなよ。試練なんてやめちまえ。
 ウインとブリーゲルが去ってから、残されたヒカルとカリンダは、部屋の中で黙ったままだった。

 日が暮れたのか、部屋の中には居心地の悪い影が広がっている。

 聞きたいことは山ほどある。むやみやたらとつまれた質問の山だ。どれから手をつけて良いのか分からない。順番を間違えたら、自分の足元から崩れてしまいそうな気がした。

――逃げちまえよ。こんなセカイから。

 ヒカルを襲う心の声。彼は穴が空くくらい、黄金の懐中時計を見つめていた。見れば見るほど美しい。滑らかに動く秒針。細部まで造られた幾何学的な装飾。

 今にも吸い込まれそうだったヒカルは、カリンダの声で現実に引き戻された。

「ごめんなさい」

 ごめんなさい、と弱々しい声。

「何が?」
「君を巻き込んで……」

 何に?

「試練ってね、竜神様に会うための儀式の一つなの」

 竜神様は偉大だから、普通の人が会ってはならないのよ。清らかな心でないと、竜神様は応えてくれない。だから、邪な心を取り払って、浄化しないといけない。

 御祓。いつ、どこで習ったのか覚えてないけれど、ヒカルの頭にその言葉が浮かんだ。

「でも、どうしてそれに欠片パートナーが必要なの?」
「心を失うというのは、文字通り体から意識が無くなるのよ。体から心を抜き出して、清めて、そしてまた元の体に戻さないといけない。だから……」
「意識を失っている間に、他の誰かがきれいにした心を戻すってことか」

 うん、とカリンダが頷いた。

「どうしてウインじゃダメなの? すっごく怒ってたけど」
「それは……竜神様が君を選んだから」
「選ばれなかったから怒ったの? それだけじゃないよね?」

 なぜ、ウインがあれほど怒り、そして絶望していたのか。

 なぜ、俺じゃないとダメなのか。
 なぜ、賢者は俺の名前を?
 なぜ、俺はこのセカイに来たの?

――お前は誰だ?

「兄さんは、たくさんの犠牲も払ってきた。試練を無事に乗り越えて、竜神様に会うために……いえ、すべてはこのセカイの平和のために」
「なのに、ポッと出てきた俺が試練を任された。俺みたいなやつなんかに試練は乗り越えられない、ってこと?」

 カリンダは答えなかった。答えられなかった。

「結果は目に見えてる、ってことか……」

 ウインが絶望するのも無理はない。
 失敗すればすべておしまい。今までの苦労がすべて水の泡。それほど重大なことなのに、どこの誰かも分からない、自称記憶喪失のヒカルが挑むのだから。

「でも、君は竜神様に選ばれた。だから、私はきっと試練に打ち勝てると思ってるわ」

 黄色く輝く瞳で、カリンダが見つめてくる。

――お前は誰だ? 

 ヒカルの頭に、なぜかリオンの姿が浮かぶ。彼女は逃げなかった。必死になって、村の人たちを救うために走った。
 バルもそうだ。村の人たちや家族を殺され、人生を壊されたひとりぼっちの少年。
 それに、パピーやボルボルたちだって……。

――お前は誰だ? 大槻ヒカルよ。

 すべては竜神様の御心に。戦争や争いが起きるのも、すべて黄金竜のせいじゃないのか?

「カリンダたちはさ、どうして黄金竜に会うの? 会ってどうするの?」
「それは……赦しを請うの」
「そしたら争いは――黄金竜は止まるの?」
「……それしかないのよ」

 カリンダは目を伏せた。黄色い目をした少女が、天窓から入る月明かりに照らされる。

「分かったよ」

 試練を受ける。それで黄金竜を止められるのなら、俺はなんでもする。
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