黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第九章 道中の夢

4 召喚士ウイン

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――シュルシュルシュルシュル……カチ、と気持ちの良い音がすると、ヒカルはジャスパー街道の脇で目が覚めた。

 柔らかな夜風が通りすぎる。ウインが先ほど炊いてくれた火が、キラキラと揺れていた。

「さっきのは……」

 黄金の懐中時計。先ほど、新しく現れた青色の装飾を押したとたん、ヒカルは目映い光に包まれて、そして――。

「ウインの過去……なのか?」

 そして戻ってきた。
 皆が寝静まった方を見ると、暗闇のなか、誰かが起き上がっていることに気がついた。

「何してるの?」

 声の主はカリンダであった。ヒカルは心の底で「ウインじゃなくて良かった」とホッとため息をついた。

「いや、何でもないよ」
「ふぅん」
「カリンダこそどうしたの? 眠れないの?」

 カリンダはコクンと頷くと、ヒカルの隣に座った。照らされた彼女の銀髪が火の粉を反射する。過去の映像の中でも、カリンダは黄色い目をしていた。

「竜神様について、君はどう思う?」
「うーん。分からないや」
「そう……」

 人差し指で、地面をなぞる少女。妙な沈黙だった。言いたいことがあるけれど言えない。秘密が顔を覗かせるくせに、見るとすっと隠れてしまうような、ずるい沈黙。

 ヒカルはスーっと息を吸い込むと、

「このセカイに来て、はじめは黄金竜がただの怪物だって、悪い奴だと思ってた。でも、色んなことを知って色んな人と出会ってけれど、皆黄金竜のことを竜神様って呼ぶでしょ? 昔は信仰の対象だったからなんだろうけど、襲ってきてからもずっとそう呼んでる。それはきっと、黄金竜のことを心のどこかで信じているからだと思うんだよね。だから、どうしてそうなったのかを知りたい。黄金竜と面と向かって、腹割って話してみたい」

 と、まるで自分に言い聞かせているなこように言った。

 なのに、カリンダは答えてくれなかった。また、いつものように無視なのか、と、ヒカルは臍を曲げそうになったけれど、彼女はポケットから何かを取り出した。
 それは、サボテン岩で彼女に渡したヒカルお手製の腕時計であった。

「これ、返すね」

 ヒカルが初めて一から作った、スカイブルーの文字盤の処女作だ。
 初めてにしては綺麗に出来た。狂いはいくらでもあるし、油や埃をこまめに取ってやらはいと、すぐ動かなくなる。気分屋で手のかかるやつだけれども、時計とは奇妙な物で、その方がかえって愛着もわくし育てがいもあるのだ。

 ヒカルはそんな初孫を、どうしてか受け取る気になれなかった。

「返さなくていいよ。カリンダにあげる」

 別に嫌いになった訳じゃない。
 ただ、何と言うか……。

「今はカリンダが着けていた方が、似合っているからさ」

 そう言うと、ヒカルはカリンダの左腕に巻き付けてやった。
 うん、やっぱり良く似合っている。

「そんな……こんな貴な物は貰えないよ」

 正直、ヒカルはその言葉が嬉しかった。思わず笑みが溢れてしまった。

「じゃあ、カリンダも同じものを作ってよ。そしたら、最初に完成したものを俺にちょうだい」
「え!? 作るって……無理だよ」
「大丈夫。俺が教えてあげるから」

 焚き火に照らされたカリンダの顔は、いったい何を思っているのか。「作れっこないよ」と拒絶しながらも、腕時計をいとおしく見つめている。

「内緒の話――?」

 ジャラジャラ。
 突然の声に、ヒカルとカリンダはギョッと肩をあげそうになった。
 夜影の中からウインの顔がスッと現れた。

 二人の会話は聞かれていたのだろうか。やましい思いはないけれど、ヒカルはなぜだか気になった。

 ウインはビクついたヒカルにわざとらしく顔を向ける。いつもの自然な笑顔で。

「見張り、交代だよ。君もしっかり休んだ方が良い」
「う……うん」

 ありがとう、とヒカルは立ち上がり、寝床へ歩いていく。カリンダもヒカルに続こうとしたけれど、ウインに腕を掴まれた。

「えらく仲良しだね。彼もお熱みたいだし」
「そ……そんなことなんか!」

 言葉を遮るようにして、グイっと腕を引っ張られた。

「忘れちゃダメだよ。僕たちの……いや、このセカイのためにも」

 ウインが顔を近づける。その顔にはいつもの笑顔はなかった。

「わかってる」

 わかってるよ――カリンダはそう答えることしか出来なかった。

 大陸をまたがる旧ジャスパー街道には、よく風が吹く。セカイのあちこちで起こった悲鳴が、風に乗って街道を通りすぎていくのだ。



 山影から光が溢れる早朝に、一行は山を越えることになった。

 ヒカルはあの後、もう一度だけ見張り役が回ってきたけれど、カリンダもウインも起きていなかった。何も起こらず何もする気が起きずに、ただぼーっと火が消えないように葉っぱや枝を投げ込むだけ。

 それでも、「心の声」は時々聞こえてきた。

――逃げちまえよ。こんなセカイ、俺たちには関係ないセカイだろ?。

 小さな山だったから、すぐに越えることが出来た。疲労もずいぶん溜まっていたけれど、自分の疲労なんて、パピーたちに比べたら屁でもない。先頭を歩くエバーには、自分よりも大きな重荷があるはずだから。

 山を頂上辺りから、突然雨が降り始めた。小さな粒だけれど、途端に視界は真っ白になる。

「雨があがるまで待とうよ。このままじゃ危ない」
「いや、このまま行くよ」

 心なしか、ウインの言葉には冷たさがあった。昨夜の一件から、カリンダとはまだ話せていないけれど、彼女も距離を置いている様子。

「もうすぐだよ。入り口はいつも雨だから」
「入り口?」

 ウインは笑って霧雨の中に手を伸ばす。
 すると、ウインの伸ばした手を中心に、点滅する光が波紋のように走っていった。

「ここさ。ようこそ竜の里――セイリンへ」

 ウインやカリンダ、エバーたちに続いて、ヒカルも歩を進める。白い視界が少しずつ晴れていくと、いつしか雨は止み、代わりに広大な青白い草原が見えてきた。

 日中なのに、まるで月明かりに照らされているかのような、幻想的な青い世界。
 遠くにはドーム状の大きな建物もある。今までに見た中でも一番大きい。あのサボテン岩よりも。
 ウインは、一行をその建物に連れて歩いてるようであった。

 あちらこちらに竜の銅像があった。往来する人々は、まるで魚のヒレのような服をヒラヒラとさせていて、そして、多くはカリンダやリオンと同じく黄色い目をしていた。

「今から向かうのは、竜信仰の大本山の寺院さ。右手に見える小さな丘が居住地で、パピーたちには、いずれそこで暮らしてもらうようお願いするよ。それまでは寺院に住み込みになると思うけど」

 草原には小川があった。小さな子供たちが、川に沿って走っている。

「この川は泉へ続いているのさ。居住地とは反対側にあって、普段は立ち入り禁止の竜の森の中にあるんだ」

 ドームは近くで見ると、その大きさはさらに圧倒的であった。さすがは大本山だ。パピーたちが住み込んだって、少しも傾く心配はなさそうだ。

 入ってすぐは大広間になっていて、セイリンで暮らす人々や、他の土地の人たちも大勢いた。広間の奥には大きな竜の金象があって、人々は両手を上げて、祈りを捧げている。

 ヒカルは、一度だけ行ったことのある奈良の田舎の大きな神社を思い出した。

「すべては竜神様の御心に」

 広間を回路して続く長い廊下は、寺院の各部屋へ続いているようで、一通り探索するには、一日や二日じゃ済まないだろう。

 ヒカルは迷子にならないように、ウインたちについていく。

 ようやくたどり着いた先には、ちょうど寺院の中枢あたりなのか、薄暗い一室であったけれど大きな天窓のおかげで青い空が良く見えた。

「おお! ウイン! 無事だったか!」
「兄さんこそ」

 部屋の中には例外なく竜の象もあった。そして、そこにいた二人の男。うち、一人は魔の鳥籠で別路を選んだブリーゲル隊長であった。

 ブリーゲルとウインは笑顔で手を握り会う。そして、いつもの如く「竜神様の御心に」と。
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