黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第八章 サボテン岩の戦い

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 通り過ぎる車の音――。

 聞きなれた横断歩道の音――。
 蝉の鳴き声に、近所の犬の鳴き声――。

 その男には大切な役目があった。彼にしか出来ないこと。そして、今から会うある人に、重大すぎる重荷を背負わせねばならぬ宿命があったこと。

 名乗ることは許されない。名乗ったところで、決して信じては貰えないだろうけれど。

 原付バイクの音が聞こえてきた。
 エンジンを切り、ヘルメットを取った青年は、不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。

「えっと……ご用件は?」

 青年の声を聞いて、男は思わず涙を流しそうになった。今から目の前の青年に託す宿命に同情してなのか、自分自身の運命に悲観してなのか。

「これを、この場所まで届けて欲しい。そのバイクに乗って」

 男は指定の場所が掛かれた紙を青年に渡すと、またも不思議そうな表情をして、青年はさっさと行ってしまった。
 男は立ち尽くしたまま、青空を見上げた。
 空には、あの黄金竜ではなく、飛行機がひとつ見えるだけであった。



 夢から覚めると、カリンダとウインが駆け寄ってくるところであった。

「あ!」

 ウインとカリンダが同時に声をあげる。
 ヒカルは自分の手のひらを見た。彼もまた、異変に気がついたのだ。

「元に戻った……?」

 青い光に包まれた後、ヒカルはパピーの姿から人間の姿に戻れたのだ。

「どうして?」

 エバーを見下ろすと、彼は竜の金象を見た。

「まさか……呪いさえも?」

 傷を癒してくれる謎の赤い宝石。この能力は、パピーの呪いを解いてしまったというのだろうか。

「良かった……」

 カリンダが安心したように腰を抜かした。ずっと強張った顔をしていたウインも、これには緊張を解かれたようで、いつものようにニコリ、と優しく微笑む。

 渦中のヒカルはというと、少しだけ柔らかくなった雰囲気の中で、人間の感触を確かめつつも、手にした黄金の懐中時計を見つめていた。

「どうしたんだ? もっと喜ぶかと思ったが……」

 エバーがヒカルのズボンをぐい、と引っ張る。

「いや、なんだか、その……」

 さっき見た幻影まぼろしも気にかかる。あれは、元の世界で実際に自分の見に起きたことなのだから。

――この場所まで届けて欲しい。そのバイクに乗って。
 このセカイに来るきっかけと言っても良いくらいの出来事。客観的に見えたその光景は、いったい何を意味するのか。

「それ何? 綺麗だね」

 ずっと持っていた懐中時計を指差して、カリンダが訊ねてきた。

「え、これは……」

 ウインも懐中時計を覗きこむ。

「もう一つ窪みがあるね」

 ウインの指差した先――文字盤には、「時を止める」赤い装飾と、新たに青い装飾が並んでいた。
 そして、赤と青の装飾の隣には、もう一つの窪みもあった。

「さっきの青い光のせいかな? 元々は赤色の装飾だけだったんだけど……」

 突然、エバーが「あ!」と声を出した。

「時を刻む金色こんじきの――光纏いし勇者あり。その者、竜を従えへ、セカイを蹂躙すべし」

 エバーは竜の金象を見つめながら、そう呟いた。

「なんだいそれは?」
「昔、何かで読んだことがある。金色の光を纏った時計と呼ばれる時を刻む物が、巨大な竜に乗って、セカイを自由に飛び廻る話を……」

 ヒカルは懐中時計を見た。
 これは黄金竜と何か繋がりがあるのだろうか。
 さっきの光に包まれてから、現れた青色の装飾。そして、残されたもう一つの窪み。

「ねえ……赤い宝石って、他にもどこかにあるの?」

 その問いかけに答えたのは、カリンダ一人だけであった。

「私、見たことがある。竜の里――セイリンで」



 大都市オルストン。先の襲来によって、瓦礫の大国と化したその土地で、黄金竜は鱗に囲まれながら、翼をたたんで眠っていた。

 しかし、何か呼ばれたかのようにして、突然その黄金の翼を広げる。

 月光に照らされる金色こんじきの大翼。
 竜が目覚めた時刻――それは、魔の鳥籠の中腹で、ヒカルが青い光に包まれたその時であった。




(第九章へつづく――)
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