57 / 94
第八章 サボテン岩の戦い
8
しおりを挟む
通り過ぎる車の音――。
聞きなれた横断歩道の音――。
蝉の鳴き声に、近所の犬の鳴き声――。
その男には大切な役目があった。彼にしか出来ないこと。そして、今から会うある人に、重大すぎる重荷を背負わせねばならぬ宿命があったこと。
名乗ることは許されない。名乗ったところで、決して信じては貰えないだろうけれど。
原付バイクの音が聞こえてきた。
エンジンを切り、ヘルメットを取った青年は、不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。
「えっと……ご用件は?」
青年の声を聞いて、男は思わず涙を流しそうになった。今から目の前の青年に託す宿命に同情してなのか、自分自身の運命に悲観してなのか。
「これを、この場所まで届けて欲しい。そのバイクに乗って」
男は指定の場所が掛かれた紙を青年に渡すと、またも不思議そうな表情をして、青年はさっさと行ってしまった。
男は立ち尽くしたまま、青空を見上げた。
空には、あの黄金竜ではなく、飛行機がひとつ見えるだけであった。
◯
夢から覚めると、カリンダとウインが駆け寄ってくるところであった。
「あ!」
ウインとカリンダが同時に声をあげる。
ヒカルは自分の手のひらを見た。彼もまた、異変に気がついたのだ。
「元に戻った……?」
青い光に包まれた後、ヒカルはパピーの姿から人間の姿に戻れたのだ。
「どうして?」
エバーを見下ろすと、彼は竜の金象を見た。
「まさか……呪いさえも?」
傷を癒してくれる謎の赤い宝石。この能力は、パピーの呪いを解いてしまったというのだろうか。
「良かった……」
カリンダが安心したように腰を抜かした。ずっと強張った顔をしていたウインも、これには緊張を解かれたようで、いつものようにニコリ、と優しく微笑む。
渦中のヒカルはというと、少しだけ柔らかくなった雰囲気の中で、人間の感触を確かめつつも、手にした黄金の懐中時計を見つめていた。
「どうしたんだ? もっと喜ぶかと思ったが……」
エバーがヒカルのズボンをぐい、と引っ張る。
「いや、なんだか、その……」
さっき見た幻影まぼろしも気にかかる。あれは、元の世界で実際に自分の見に起きたことなのだから。
――この場所まで届けて欲しい。そのバイクに乗って。
このセカイに来るきっかけと言っても良いくらいの出来事。客観的に見えたその光景は、いったい何を意味するのか。
「それ何? 綺麗だね」
ずっと持っていた懐中時計を指差して、カリンダが訊ねてきた。
「え、これは……」
ウインも懐中時計を覗きこむ。
「もう一つ窪みがあるね」
ウインの指差した先――文字盤には、「時を止める」赤い装飾と、新たに青い装飾が並んでいた。
そして、赤と青の装飾の隣には、もう一つの窪みもあった。
「さっきの青い光のせいかな? 元々は赤色の装飾だけだったんだけど……」
突然、エバーが「あ!」と声を出した。
「時を刻む金色こんじきの――光纏いし勇者あり。その者、竜を従えへ、セカイを蹂躙すべし」
エバーは竜の金象を見つめながら、そう呟いた。
「なんだいそれは?」
「昔、何かで読んだことがある。金色の光を纏った時計と呼ばれる時を刻む物が、巨大な竜に乗って、セカイを自由に飛び廻る話を……」
ヒカルは懐中時計を見た。
これは黄金竜と何か繋がりがあるのだろうか。
さっきの光に包まれてから、現れた青色の装飾。そして、残されたもう一つの窪み。
「ねえ……赤い宝石って、他にもどこかにあるの?」
その問いかけに答えたのは、カリンダ一人だけであった。
「私、見たことがある。竜の里――セイリンで」
◯
大都市オルストン。先の襲来によって、瓦礫の大国と化したその土地で、黄金竜は鱗に囲まれながら、翼をたたんで眠っていた。
しかし、何か呼ばれたかのようにして、突然その黄金の翼を広げる。
月光に照らされる金色こんじきの大翼。
竜が目覚めた時刻――それは、魔の鳥籠の中腹で、ヒカルが青い光に包まれたその時であった。
(第九章へつづく――)
聞きなれた横断歩道の音――。
蝉の鳴き声に、近所の犬の鳴き声――。
その男には大切な役目があった。彼にしか出来ないこと。そして、今から会うある人に、重大すぎる重荷を背負わせねばならぬ宿命があったこと。
名乗ることは許されない。名乗ったところで、決して信じては貰えないだろうけれど。
原付バイクの音が聞こえてきた。
エンジンを切り、ヘルメットを取った青年は、不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。
「えっと……ご用件は?」
青年の声を聞いて、男は思わず涙を流しそうになった。今から目の前の青年に託す宿命に同情してなのか、自分自身の運命に悲観してなのか。
「これを、この場所まで届けて欲しい。そのバイクに乗って」
男は指定の場所が掛かれた紙を青年に渡すと、またも不思議そうな表情をして、青年はさっさと行ってしまった。
男は立ち尽くしたまま、青空を見上げた。
空には、あの黄金竜ではなく、飛行機がひとつ見えるだけであった。
◯
夢から覚めると、カリンダとウインが駆け寄ってくるところであった。
「あ!」
ウインとカリンダが同時に声をあげる。
ヒカルは自分の手のひらを見た。彼もまた、異変に気がついたのだ。
「元に戻った……?」
青い光に包まれた後、ヒカルはパピーの姿から人間の姿に戻れたのだ。
「どうして?」
エバーを見下ろすと、彼は竜の金象を見た。
「まさか……呪いさえも?」
傷を癒してくれる謎の赤い宝石。この能力は、パピーの呪いを解いてしまったというのだろうか。
「良かった……」
カリンダが安心したように腰を抜かした。ずっと強張った顔をしていたウインも、これには緊張を解かれたようで、いつものようにニコリ、と優しく微笑む。
渦中のヒカルはというと、少しだけ柔らかくなった雰囲気の中で、人間の感触を確かめつつも、手にした黄金の懐中時計を見つめていた。
「どうしたんだ? もっと喜ぶかと思ったが……」
エバーがヒカルのズボンをぐい、と引っ張る。
「いや、なんだか、その……」
さっき見た幻影まぼろしも気にかかる。あれは、元の世界で実際に自分の見に起きたことなのだから。
――この場所まで届けて欲しい。そのバイクに乗って。
このセカイに来るきっかけと言っても良いくらいの出来事。客観的に見えたその光景は、いったい何を意味するのか。
「それ何? 綺麗だね」
ずっと持っていた懐中時計を指差して、カリンダが訊ねてきた。
「え、これは……」
ウインも懐中時計を覗きこむ。
「もう一つ窪みがあるね」
ウインの指差した先――文字盤には、「時を止める」赤い装飾と、新たに青い装飾が並んでいた。
そして、赤と青の装飾の隣には、もう一つの窪みもあった。
「さっきの青い光のせいかな? 元々は赤色の装飾だけだったんだけど……」
突然、エバーが「あ!」と声を出した。
「時を刻む金色こんじきの――光纏いし勇者あり。その者、竜を従えへ、セカイを蹂躙すべし」
エバーは竜の金象を見つめながら、そう呟いた。
「なんだいそれは?」
「昔、何かで読んだことがある。金色の光を纏った時計と呼ばれる時を刻む物が、巨大な竜に乗って、セカイを自由に飛び廻る話を……」
ヒカルは懐中時計を見た。
これは黄金竜と何か繋がりがあるのだろうか。
さっきの光に包まれてから、現れた青色の装飾。そして、残されたもう一つの窪み。
「ねえ……赤い宝石って、他にもどこかにあるの?」
その問いかけに答えたのは、カリンダ一人だけであった。
「私、見たことがある。竜の里――セイリンで」
◯
大都市オルストン。先の襲来によって、瓦礫の大国と化したその土地で、黄金竜は鱗に囲まれながら、翼をたたんで眠っていた。
しかし、何か呼ばれたかのようにして、突然その黄金の翼を広げる。
月光に照らされる金色こんじきの大翼。
竜が目覚めた時刻――それは、魔の鳥籠の中腹で、ヒカルが青い光に包まれたその時であった。
(第九章へつづく――)
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
魔物集うダンスパーティー
夕霧
ファンタジー
配信企画で作った作品をこちらでも掲載しようと思います。
フリー台本なので、使用していただいて構いません。一言使いますと言っていただけると嬉しいです。
アレンジなどはセリフ改変ない限りOKです
さっさと離婚に応じてください
杉本凪咲
恋愛
見知らぬ令嬢とパーティー会場を後にする夫。
気になった私が後をつけると、二人は人気のない場所でキスをしていた。
私は二人の前に飛び出すと、声高に離婚を宣言する。
輝夜坊
行原荒野
BL
学生の頃、優秀な兄を自分の過失により亡くした加賀見亮次は、その罪悪感に苦しみ、せめてもの贖罪として、兄が憧れていた宇宙に、兄の遺骨を送るための金を貯めながら孤独な日々を送っていた。
ある明るい満月の夜、亮次は近所の竹やぶの中でうずくまる、異国の血が混ざったと思われる小さくて不思議な少年に出逢う。彼は何を訊いても一言も喋らず、身元も判らず、途方に暮れた亮次は、交番に預けて帰ろうとするが、少年は思いがけず、すがるように亮次の手を強く握ってきて――。
ひと言で言うと「ピュアすぎるBL」という感じです。
不遇な環境で育った少年は、色々な意味でとても無垢な子です。その設定上、BLとしては非常にライトなものとなっておりますが、お互いが本当に大好きで、唯一無二の存在で、この上なく純愛な感じのお話になっているかと思います。言葉で伝えられない分、少年は全身で亮次への想いを表し、愛を乞います。人との関係を諦めていた亮次も、いつしかその小さな存在を心から愛おしく思うようになります。その緩やかで優しい変化を楽しんでいただけたらと思います。
タイトルの読みは『かぐやぼう』です。
※表紙イラストは画像生成AIで作成して加工を加えたものです。
悪役女王に転生したので、悪の限りを尽くします。
月並
ファンタジー
友達がやっていた恋愛シュミレーションゲームの悪役女王に転生した、女子高校生のすみれ。自分が生き残るため、そして死に際に抱いた後悔のため、彼女は絶対的権力を使って悪政を強いる。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~
美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。
貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。
そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。
紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。
そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!?
突然始まった秘密のルームシェア。
日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。
初回公開・完結*2017.12.21(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.02.16
*表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる