黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第八章 サボテン岩の戦い

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「止めてください!」

 真っ白な頭の中で聞こえた、か弱くも芯の通った声――。

「止めてください! あらそいを……止めてください!」
「止めろ! お願いだからもう止めてくれ!」

 小さな体でザラが叫ぶ。エバーも声を大にして、パピー兵たちに投げ掛ける。

 二人は高貴で潔白だった。
 たとえ、石ころの雨音に声をかき消されようとも、「危ないから!」とカリンダに岩影まで引っ張られても、決して叫ぶことを止めなかった二人。

「君も危ないから! はやくこっちに!」

 ヒカルは懐中時計に触れた手を、なぜだか恥ずかしく感じた。

 ドンと目が合う。
 彼は非常に、残念そうな顔を見せてから、ヒカルにこう言った。

「争いの傷は深く、そして複雑なものなのだ……」

 石ころの雨音は激しくなるばかり。ディアンブロスの一撃で、ついに氷壁にヒビが入った。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 ようやく声を出すことできた矢先――後頭部に鈍い痛みが走った。
 足元を転がり続ける石ころたち。
 パリン! と何かが割れる音がした。
 しかし、エバーとザラの叫びはもう聞こえない。石ころがぶつかる音も、カリンダの声も、兵士たちのヤジさえも。

 薄れ行く視界。青い空にサボテン岩の端っこと、ぼやけたウインの顔が見えた――。



 目を覚ますと、ウインの顔ではなく、カリンダの顔がまず目にはいった。

 空も青色から闇色に変わりかけている。
 勢いよく体を起こすと、頭の芯がジワジワと痛みだした。

「良かった……」
「ここは?」

 カリンダの声で我にかえる。

「社よ。今朝も来たでしょ? 町の外れの」

 周りをぐるりと見渡すと、しょぼくれたパピーたちがいた。
 傷を追っている者。泣いてる子供をあやす者。ボルネと名乗った紳士パピーの姿もあった。
 そんなパピーたちの間から、ウインとエバーがやってきた。

「目が覚めて良かった。担いで行かなきゃと思っていたからさ」
「かつぐ?」

 ウインの隣では、エバーが申し訳なさそうな顔でこちらを見ていたけれど、罰が悪そうに視線を逃がしてしまった。

「僕が言いましょうか?」
「いや、自分から伝えよう……」

 エバーはそう言うと、ヒカルの側に腰をおろして、あの後のことを説明してくれた。

 氷壁が割られた後――両者の兵士たちは再び衝突したこと。
 ディアンブロスがほとんどの兵士たちを蹴散らしてしまったこと。隊長であるボルネが「撤退」と伝えたのだけれど、それでも向かっていく兵士は多かった。
 そして、パピーは争いに負けて、この土地を去ることを決意したこと。

「敵将であるドン殿、そしてザラの助言もあって、我々には一晩の猶予を与えてもらったのだよ」

 明朝には、パピーの里に火がつく。それまでに逃げろ、と。

「負けたって……?」
「すまなかった」

 最後に、エバーはヒカルに深く頭を下げた。

  ウインの方をちらっと見ると、彼もまたお決まりの罰の悪い顔をして、目を反らした。

「ちょっと待って! パッチは!? パッチも負けちゃったの?」
「いや、パッチは帰したよ。もちろんリリーも」
「どうして!?」
「意味がないからさ」

 ウインは平然と言い退けた。きっと、ヒカルが言いたいことも分かっているに違いない。

「意味がないって……」
「じゃあ、どうすれば良かったの? パッチに頼んで巨人を倒して貰って、ボルボルたちを皆殺しにしてパピーの勝利。それで争いは終わり。でも、それで良かったの? 君がしたかったことは、そう言うこと?」

 ヒカルは何も言い返せなかった。だから叫んだ。どうすれば良かったの? と。

――使えば良かったんだよ。

「僕たちが簡単に首を突っ込んで良いほど、争いはフクザツなんだ」

――いつものように時間を止めて、そして逃げてしまえば良かったんだ。

 ヒカルはただただ叫び続ける。
 ウインの声を、どこからか聞こえてくる謎の声をかき消そうと。



「そろそろ準備をしよう。山を降りる準備を」

 エバーとウインが皆にそう語りかけると、パピーたちは荷造りを始めた。彼らの手伝いのため、カリンダもあちらこちらと駆け回っている。

――喉が痛い。
 叫ぶことにも疲れたヒカルは、ただ同じ場所に項垂れていた。
 山の中腹だからだろうか、星たちの光り、月の光りがよく照らしてくれていた。

「来てくれないか?」

 エバーに無理矢理起こされると、ヒカルは社へと連れていかれた。
 力なき足が勝手に動く。ヒカルの頭は白紙のようで、実は様々な声が飛び交っていた。

 人間の姿にも戻れなかった。エバーは、この呪いを解くことは自分でもできない、と言った。
 争いも止められない。自分の問題さえも解決できないくらい、非力でちっぽけな存在だ。

「これは黄金竜を祀る社だ。正直に言う……私は黄金竜が嫌いだ。竜のせいで我々はこの土地へと逃げてきたのだから」

 社では、傷ついた兵士たちが祈りを捧げていた。赤い光に包まれては、次々に傷が癒されていく。

「君は約束してくれただろう? あの偉大な黄金竜を止めてくれる、と――。我々がこの地を去ることを決めたのは、争いに負けたからだけではない。君が約束してくれたからだ」

 黄金竜を止める、と。

 他のパピーたちの視線を感じる。ウインとカリンダも、少し離れたところで見守ってくれていた。

 カリンダが黄金竜の意識を感じたと言う赤い宝石。
 ヒカルは赤い宝石が填められた竜の金象をきっと睨みつけた。小さな金象が、自分をあざ笑っているかのように思えたから。

 サボテン岩の争いを止めることさえ出来ずに、どうして我を止めることが出来ようか、と。

「俺は……」

 本当に黄金竜を止めることなどできるのか?
 心の奥底から聞こえてくる声さえも、ヒカルを笑う。

「気休めでも良い。今は、君にしか我々に希望を与えることが出来ないのだ」

 エバーが優しく、それでいて力強くパピー姿のヒカルの肩を叩いた。

「黄金竜と止めて……」
――本当にできるの?

「このセカイから争いを……」
――サボテン岩の争いも止められなかったのに?

「元の、平穏なセカイを取り戻します……」

 力無きその声でも、エバーは、パピーたちは満足してくれた。それほどまでに、彼らは希望を欲しているのだ。

 今にもこぼれそうな涙をぐっと堪えるヒカルの隣で、エバーが膝を折り、竜の金象に祈りをささげた。
 赤い光はエバー、そしてヒカルも包む。すると、黄金の懐中時計が、呼応するかのように青く輝き始めたではないか。

 懐中時計を開くと、時を止める装飾と同じ――文字盤にある小さな「窪み」が淡く光っている。

 二人を包む赤い光りは、青い光りに変わっていく。
 エバーも、ウインも、カリンダも、そして周りのパピーたちも、何が起きているのか、と、驚きを隠せずにいた。

 青い光はその窪みに集約されていき、眩しいその輝きの中で、ヒカルは短い夢を見た。
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