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第七章 パピー一族
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「何か光ってるよ!」
カリンダの横で、彼女と同じようにその竜の像をヒカルが指差した。
陰っているからか、所々錆びてくすんで見えるのだけれど、その荒々しくも威風堂々と造られた竜の金像は、今にも動き出すのかと思わせるくらいの息吹を宿していた。
そして、ヒカルが見つけた竜の左目に光る物。
それは小さな赤く光る宝石であった。
「竜神様?」
ウインとカリンダは、両手を前に差し出して祈りを捧げた。
すべては竜神様の御心に――。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
目を瞑る二人の間に入って、ヒカルは声を上げる。
「も、もしかして、カリンダは《こんなもの》と共鳴していたの!?」
ヒカルは驚きと大きな落胆があった。
それもそのはず。彼の思う黄金竜とは、大都市オルストンで見たような、巨大で、雄大で、人々が信仰の対象にすることにも頷ける偉大な存在なのだ。
なのに、今目の前にあるのはただの金像だ。
こんなもののために、自分たちは魔の鳥籠と呼ばれ、恐れられている山に飛び込み、鱗と対峙し、隊長たちともはぐれて決死の思いで進んできたのか。あまつさえパピーの姿に変えられてしまったのではないか。
そう考えると、ヒカルの落胆した気持ちは、ふつふつと怒りに変わってきた。
すべてはあの偉大な黄金竜を探すためじゃなかったのか!
確かに、この場所は神聖な雰囲気を感じる。だが、それもあくまで雰囲気だ。たまたま神社を想起させたから、例えば中にワニや虫や猿なんかがいても、きっと同じ感情を抱いていた……はず。
「気配を感じるからって……結局見つけたのは黄金竜じゃなくて、竜の形をしたただの像じゃないか!」
竜の金像の左目が赤く光る。
失礼なこと言うヒカルを咎めるようにして。
「それは違うわ」
透き通った声――。
綺麗な声の主は、銀髪の少女カリンダであった。
「竜神様の気配を追って、例え、その先に待っていたものが小さな石ころだったとしても、私たちはそれをただの石ころだとは思わない。共鳴の力は絶対なのよ」
「おい――」
良いのかい? と、ウインがカリンダの肩に手をおく。カリンダは「良いの」と、優しく返事をした。
今まで無口だったカリンダが、流暢に喋ってみせた。
「それに、私が共鳴したのは、竜神様の像ではないの。これよ……」
カリンダが指差す先――ヒカルの見つけた赤く光る竜の左目の宝石だ。
「ただの石ころじゃない。きっと、竜神様と何かの関係があるはず」
〇
銀髪の少女カリンダが突然口を開いたことにも驚いたけれど、彼女が赤く光る宝石を指差したその時――遠くから激しい鐘の音が聞こえてきた。
どこかで聞いたことがある鐘の音。
「敵襲?」
ウインの言葉で思い出した。この鐘のリズムは、大都市オルストンで聞いたことがあったのだ。
こんな平和そうな、閉ざされた町で「敵襲」の鐘がなることなどあるのだろうか。
三人が外に出てみると、なにやら町中が騒がしい。一陣の細い煙も昇っているではないか。
「逃げろ! 火が放たれた!」
走り回るパピーたちがこちらにも逃げてくる。
「どうされましたか!?」
「ボルボルの奴らだ! あいつらついに火を放ちやがった」
三人は火の出ている町の中へ急いだ。
豪々と燃える――とはお世辞にも言い難い炎がパピーの家を襲っている。
逃げ惑うパピーや何とか火を消そうと試みるパピーたちが、まるで焚き火のような火事現場を入り乱れている。
人間にとっては小さな火でも、パピーにとっては大火事なのだろう。
ウインはすぐに、首にかけたアクセサリーを一つ外した。そして、例のごとく小声でぶつぶつ呪文を呟くと、そのアクセサリーから丸い石盤が現れたではないか。
灰色の石盤の中心には、人の唇が彫られていた。
「火を喰らえ――」
すると、石盤の唇がその大きな口を開けてみせると、ズズズ――と炎を吸い込み始めたではないか。
みるみるうちに燃え盛る火が飲み込まれていく。やがて、火事のあったパピーの家から火はなくなり、炎を見事食べ終えた石盤は口を閉じた。
「良くやってくれた」
戻って良い――。
すると、赤く熱せられた石盤がウインの持つアクセサリーに吸い込まれていく。
これもまた、ウインのアクセサリーから召喚された魂なのだろうか。それにしては、やけに大人しい。先の二つがたまたま煩かっただけなのかもしれないけれど。
「ああ……お助け頂きありがとうございました」
一人のパピーが駆け寄ってきた。火傷でもしたのか、足を引きずっている。
「いえ。他の家へ燃え移るまでに消せて良かった」
そのパピーはフィリップ・トリップ・ガガーと名乗った。
「トリップと呼んでください」
「僕はウインと申します。こっちは――」
「竜の子、カリンダです」
「なんと、竜神様の……。確かに黄色い眼をお持ちでいらっしゃる」
――すべては竜神様の御心に。どうか慈悲と情けを。
祈りを捧げるトリップに気付かれぬよう、ウインがカリンダを睨み付ける。「何を勝手に喋ってるんだ」と。
だが、当のカリンダは知らん顔だ。
「僕たちは竜神様の気配を追ってこの地までやって参りました。お心当たりはございますでしょうか?」
「なんと、そうでしたか。いや、しかしこの地で竜神様を見たことはございませんし、報告もありません」
「ならば、竜の金像の赤い宝せ――」
「エバー様って知ってるかしら? 彼を探してるのだけれど」
またしてもカリンダが口を挟んだ。ウインの目線がいっそう険しくなる。
揉め事はもう勘弁してくれよ、とヒカルは内心ヒヤヒヤしていた。
「エバー様……? そうだ! あいつの仕業に違いない! あいつはボルボルと通じる裏切り者なんです!」
カリンダの横で、彼女と同じようにその竜の像をヒカルが指差した。
陰っているからか、所々錆びてくすんで見えるのだけれど、その荒々しくも威風堂々と造られた竜の金像は、今にも動き出すのかと思わせるくらいの息吹を宿していた。
そして、ヒカルが見つけた竜の左目に光る物。
それは小さな赤く光る宝石であった。
「竜神様?」
ウインとカリンダは、両手を前に差し出して祈りを捧げた。
すべては竜神様の御心に――。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
目を瞑る二人の間に入って、ヒカルは声を上げる。
「も、もしかして、カリンダは《こんなもの》と共鳴していたの!?」
ヒカルは驚きと大きな落胆があった。
それもそのはず。彼の思う黄金竜とは、大都市オルストンで見たような、巨大で、雄大で、人々が信仰の対象にすることにも頷ける偉大な存在なのだ。
なのに、今目の前にあるのはただの金像だ。
こんなもののために、自分たちは魔の鳥籠と呼ばれ、恐れられている山に飛び込み、鱗と対峙し、隊長たちともはぐれて決死の思いで進んできたのか。あまつさえパピーの姿に変えられてしまったのではないか。
そう考えると、ヒカルの落胆した気持ちは、ふつふつと怒りに変わってきた。
すべてはあの偉大な黄金竜を探すためじゃなかったのか!
確かに、この場所は神聖な雰囲気を感じる。だが、それもあくまで雰囲気だ。たまたま神社を想起させたから、例えば中にワニや虫や猿なんかがいても、きっと同じ感情を抱いていた……はず。
「気配を感じるからって……結局見つけたのは黄金竜じゃなくて、竜の形をしたただの像じゃないか!」
竜の金像の左目が赤く光る。
失礼なこと言うヒカルを咎めるようにして。
「それは違うわ」
透き通った声――。
綺麗な声の主は、銀髪の少女カリンダであった。
「竜神様の気配を追って、例え、その先に待っていたものが小さな石ころだったとしても、私たちはそれをただの石ころだとは思わない。共鳴の力は絶対なのよ」
「おい――」
良いのかい? と、ウインがカリンダの肩に手をおく。カリンダは「良いの」と、優しく返事をした。
今まで無口だったカリンダが、流暢に喋ってみせた。
「それに、私が共鳴したのは、竜神様の像ではないの。これよ……」
カリンダが指差す先――ヒカルの見つけた赤く光る竜の左目の宝石だ。
「ただの石ころじゃない。きっと、竜神様と何かの関係があるはず」
〇
銀髪の少女カリンダが突然口を開いたことにも驚いたけれど、彼女が赤く光る宝石を指差したその時――遠くから激しい鐘の音が聞こえてきた。
どこかで聞いたことがある鐘の音。
「敵襲?」
ウインの言葉で思い出した。この鐘のリズムは、大都市オルストンで聞いたことがあったのだ。
こんな平和そうな、閉ざされた町で「敵襲」の鐘がなることなどあるのだろうか。
三人が外に出てみると、なにやら町中が騒がしい。一陣の細い煙も昇っているではないか。
「逃げろ! 火が放たれた!」
走り回るパピーたちがこちらにも逃げてくる。
「どうされましたか!?」
「ボルボルの奴らだ! あいつらついに火を放ちやがった」
三人は火の出ている町の中へ急いだ。
豪々と燃える――とはお世辞にも言い難い炎がパピーの家を襲っている。
逃げ惑うパピーや何とか火を消そうと試みるパピーたちが、まるで焚き火のような火事現場を入り乱れている。
人間にとっては小さな火でも、パピーにとっては大火事なのだろう。
ウインはすぐに、首にかけたアクセサリーを一つ外した。そして、例のごとく小声でぶつぶつ呪文を呟くと、そのアクセサリーから丸い石盤が現れたではないか。
灰色の石盤の中心には、人の唇が彫られていた。
「火を喰らえ――」
すると、石盤の唇がその大きな口を開けてみせると、ズズズ――と炎を吸い込み始めたではないか。
みるみるうちに燃え盛る火が飲み込まれていく。やがて、火事のあったパピーの家から火はなくなり、炎を見事食べ終えた石盤は口を閉じた。
「良くやってくれた」
戻って良い――。
すると、赤く熱せられた石盤がウインの持つアクセサリーに吸い込まれていく。
これもまた、ウインのアクセサリーから召喚された魂なのだろうか。それにしては、やけに大人しい。先の二つがたまたま煩かっただけなのかもしれないけれど。
「ああ……お助け頂きありがとうございました」
一人のパピーが駆け寄ってきた。火傷でもしたのか、足を引きずっている。
「いえ。他の家へ燃え移るまでに消せて良かった」
そのパピーはフィリップ・トリップ・ガガーと名乗った。
「トリップと呼んでください」
「僕はウインと申します。こっちは――」
「竜の子、カリンダです」
「なんと、竜神様の……。確かに黄色い眼をお持ちでいらっしゃる」
――すべては竜神様の御心に。どうか慈悲と情けを。
祈りを捧げるトリップに気付かれぬよう、ウインがカリンダを睨み付ける。「何を勝手に喋ってるんだ」と。
だが、当のカリンダは知らん顔だ。
「僕たちは竜神様の気配を追ってこの地までやって参りました。お心当たりはございますでしょうか?」
「なんと、そうでしたか。いや、しかしこの地で竜神様を見たことはございませんし、報告もありません」
「ならば、竜の金像の赤い宝せ――」
「エバー様って知ってるかしら? 彼を探してるのだけれど」
またしてもカリンダが口を挟んだ。ウインの目線がいっそう険しくなる。
揉め事はもう勘弁してくれよ、とヒカルは内心ヒヤヒヤしていた。
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