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第七章 パピー一族
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狭い通路を抜けた先には、綺麗な草原が広がっていた。
「――と言うことは、ウインは実は俺が技術者ではないって知っていたってこと?」
後ろで通路をちょうど抜けたウインが、ニコリと頷いた。
「牢屋で出会ったときのこと覚えてる?」
黄金の虫に連れ去られた先で捕らえられた時、牢屋の前で見張っていたのがウインであったのだ。
「あの時、君の頭を覗いたけれど、何も見えなかったんだ……いや」
見えたのは見えたけど、何が何だかわからなかったんだ。
バルにも言われたことがある。君は技術者なのか? と。ウインによると、技術者とは物に「魂」を込める人たちのことだと言う。遥か太古の昔、世の中には人の力を借りずとも生命を持たない物たちが、自分で考え、自力で動いていた。
「そして、物に込められた魂を呼び出しのが、僕たち召喚士の役目なのさ」
器を作って魂を込めるのが「召喚士」。その器から魂を呼び出すのが「召喚士」であるのだとウインが教えてくれた。
パッチも同様。彼がジャラジャラとうるさく音を立てるアクセサリーは、皆技術者に作らせた器なのだ。
魂を込めて自力で動く物を作る技術者。そう言った意味では、時計職人であるヒカルもある種の技術者なのだろう。
ヒカルは最後に出てきたカリンダに手を貸してやる。彼女はヒカルの手をしっかりと握った。
黄金竜を探して入った魔の鳥籠。
ヒカルたちはそこで色々な局面に遭った。
「マフラー」さんの裏切り。黄金モグラの襲来。隊長フリーゲルたちの別れ。そして、洞窟の隠し部屋で見つけたヒント。
自分は何をすべきなのか――。
「それにしても大きくでたね」
ウインの言葉には、そんなこと本当に出来るの? という意味があったけれど、ヒカルは無視をした。
道中、ウインとカリンダに告げた自分の目的。
――この世界から争いを無くそう。誰かを、何かを失うのはもうごめんだ。
このセカイに蔓延る争いの元ははっきりしている。空を舞い、鱗を落とす巨大な竜だ。
このセカイと、自分のいた世界はどのような関わりがあるのか。
自分はどうしてこのセカイに来ることが出来たのか。
きっと意味があるはずだ。
だが、今はこのセカイの争いを止めねば。自分のちっぽけな探し物など、きっと後からついてくるだろうから。
「さて、狭苦しい洞窟を抜けたのは良いけれど、ここはいったいどこだろうか」
目の前に広がる草原は、風を受けてキラキラと光って見せた。
魔の鳥籠の中腹。
そこは、地図に載っていない未踏の場所であった。
〇
ヒカルとウインとカリンダの三人は走っていた。
山の洞窟を抜けて出てきた草原の上。彼らは今、小さな「パピー」に追われている。
「ねえ、そんなに早く走らなくても良いんじゃない?」
パピーは小型犬ほどの大きさで二足歩行をする生き物だ。短い毛が坊主頭の様に生え揃っていて、ヒカルはそれを見たとたん、「かわいい」と思ってしまった。
「だめだよ! 全力で走るんだ!」
ウインの激が飛ぶ。
まさか、毒をもっているとか!?
ヒカルが振り向くと、遠い後ろからパピーが短い両手を上げて追いかけてくる。
毒なんか持っているようには全く見えない。むしろ、癒しを持っているに違いない。
良く見ると、顔が必死になっているのも可笑しい。いとおしい。
走りのが遅く、手加減をして遊びたい。
結局、ヒカルはウインの呼び掛けを無視して走ることを止め、追いかけてくるのを待った。
必死に追いかけたからか、パピーはヒカルに追い付くと、小さな体で膝をつき、乱れる呼吸を必死に整えようとしている。
可愛い――。いとおしい――。
ヒカルのもとへウインとカリンダもやってくる。パピーに鼻の下を伸ばす自分に対して、二人の表情はかなり険しく、落胆の表情があった。
あーあ。やっちゃった、と。
そんなことはお構いなしに、頭を垂れるパピーの頭を撫でようと手を伸ばすと、パピーはヒカルの手を勢いよく弾いた。
「……するな」
「え?」
まるでポメラニアンのようなパピーのまん丸な瞳には、薄ら涙が浮かんでいる。その愛らしい表情は怒っているようにも思われた。
「子ども扱いするではない! 馬鹿者が!」
しゃべった!?
甲高い子どものようなパピーの声に驚かされ、ヒカルは思わず「ごめんなさい」と謝った。
「ふんっ! 謝ってわしの傷付いた心が治ると言うのか? お前たち二人はよく走ってくれた。礼を言うぞ」
パピーがウインとカリンダを指差すと、二人は「ははー」と頭を下げた。
パピーはそれに満足したのか、ふん、と胸を反らして見せる。
得意気な表情も可愛い。いとおしい……。
現を抜かすヒカルが、パピーの頭を撫でようと手を伸ばした時――。
「あ」
無口なカリンダの声が聞こえた。
なんだよー。邪魔するなよー。
見上げると、カリンダと同じく、ウインも「やばい」と驚きと嘆きの顔だ。
――あれ?
見上げる? パピーを撫でるためにしゃがんだつもりはなかったのに、ウインとカリンダの顔は上にあった。
「な……なにが――」
「貴様はわしを侮った。この想い、貴様の人生とをもって償ってもらうぞ」
すぐ隣に、怒ったパピーが見えた。
小さな、まさしく子犬のような「パピー」と同じ目線。
ウインたちには「本気で」走れと言われたけれど、突然現れたパピーが可愛いすぎて、その魔力に我慢できず「力を抜いて」走ってしまった。
その結果、パピーの怒りを買った。パピーは皆、プライドが高いのだ。もし、パピーのプライドを傷つけてしまったらどうなるのか?
このセカイに住む人たちのにとっては当たり前のことだが、奇しくも、ヒカルにその常識は持ち合わせていない。
パピーの逆鱗に触れてしまったヒカル。
彼は、パピーの呪いによって身体をパピーに変えられてしまったのだ。
「――と言うことは、ウインは実は俺が技術者ではないって知っていたってこと?」
後ろで通路をちょうど抜けたウインが、ニコリと頷いた。
「牢屋で出会ったときのこと覚えてる?」
黄金の虫に連れ去られた先で捕らえられた時、牢屋の前で見張っていたのがウインであったのだ。
「あの時、君の頭を覗いたけれど、何も見えなかったんだ……いや」
見えたのは見えたけど、何が何だかわからなかったんだ。
バルにも言われたことがある。君は技術者なのか? と。ウインによると、技術者とは物に「魂」を込める人たちのことだと言う。遥か太古の昔、世の中には人の力を借りずとも生命を持たない物たちが、自分で考え、自力で動いていた。
「そして、物に込められた魂を呼び出しのが、僕たち召喚士の役目なのさ」
器を作って魂を込めるのが「召喚士」。その器から魂を呼び出すのが「召喚士」であるのだとウインが教えてくれた。
パッチも同様。彼がジャラジャラとうるさく音を立てるアクセサリーは、皆技術者に作らせた器なのだ。
魂を込めて自力で動く物を作る技術者。そう言った意味では、時計職人であるヒカルもある種の技術者なのだろう。
ヒカルは最後に出てきたカリンダに手を貸してやる。彼女はヒカルの手をしっかりと握った。
黄金竜を探して入った魔の鳥籠。
ヒカルたちはそこで色々な局面に遭った。
「マフラー」さんの裏切り。黄金モグラの襲来。隊長フリーゲルたちの別れ。そして、洞窟の隠し部屋で見つけたヒント。
自分は何をすべきなのか――。
「それにしても大きくでたね」
ウインの言葉には、そんなこと本当に出来るの? という意味があったけれど、ヒカルは無視をした。
道中、ウインとカリンダに告げた自分の目的。
――この世界から争いを無くそう。誰かを、何かを失うのはもうごめんだ。
このセカイに蔓延る争いの元ははっきりしている。空を舞い、鱗を落とす巨大な竜だ。
このセカイと、自分のいた世界はどのような関わりがあるのか。
自分はどうしてこのセカイに来ることが出来たのか。
きっと意味があるはずだ。
だが、今はこのセカイの争いを止めねば。自分のちっぽけな探し物など、きっと後からついてくるだろうから。
「さて、狭苦しい洞窟を抜けたのは良いけれど、ここはいったいどこだろうか」
目の前に広がる草原は、風を受けてキラキラと光って見せた。
魔の鳥籠の中腹。
そこは、地図に載っていない未踏の場所であった。
〇
ヒカルとウインとカリンダの三人は走っていた。
山の洞窟を抜けて出てきた草原の上。彼らは今、小さな「パピー」に追われている。
「ねえ、そんなに早く走らなくても良いんじゃない?」
パピーは小型犬ほどの大きさで二足歩行をする生き物だ。短い毛が坊主頭の様に生え揃っていて、ヒカルはそれを見たとたん、「かわいい」と思ってしまった。
「だめだよ! 全力で走るんだ!」
ウインの激が飛ぶ。
まさか、毒をもっているとか!?
ヒカルが振り向くと、遠い後ろからパピーが短い両手を上げて追いかけてくる。
毒なんか持っているようには全く見えない。むしろ、癒しを持っているに違いない。
良く見ると、顔が必死になっているのも可笑しい。いとおしい。
走りのが遅く、手加減をして遊びたい。
結局、ヒカルはウインの呼び掛けを無視して走ることを止め、追いかけてくるのを待った。
必死に追いかけたからか、パピーはヒカルに追い付くと、小さな体で膝をつき、乱れる呼吸を必死に整えようとしている。
可愛い――。いとおしい――。
ヒカルのもとへウインとカリンダもやってくる。パピーに鼻の下を伸ばす自分に対して、二人の表情はかなり険しく、落胆の表情があった。
あーあ。やっちゃった、と。
そんなことはお構いなしに、頭を垂れるパピーの頭を撫でようと手を伸ばすと、パピーはヒカルの手を勢いよく弾いた。
「……するな」
「え?」
まるでポメラニアンのようなパピーのまん丸な瞳には、薄ら涙が浮かんでいる。その愛らしい表情は怒っているようにも思われた。
「子ども扱いするではない! 馬鹿者が!」
しゃべった!?
甲高い子どものようなパピーの声に驚かされ、ヒカルは思わず「ごめんなさい」と謝った。
「ふんっ! 謝ってわしの傷付いた心が治ると言うのか? お前たち二人はよく走ってくれた。礼を言うぞ」
パピーがウインとカリンダを指差すと、二人は「ははー」と頭を下げた。
パピーはそれに満足したのか、ふん、と胸を反らして見せる。
得意気な表情も可愛い。いとおしい……。
現を抜かすヒカルが、パピーの頭を撫でようと手を伸ばした時――。
「あ」
無口なカリンダの声が聞こえた。
なんだよー。邪魔するなよー。
見上げると、カリンダと同じく、ウインも「やばい」と驚きと嘆きの顔だ。
――あれ?
見上げる? パピーを撫でるためにしゃがんだつもりはなかったのに、ウインとカリンダの顔は上にあった。
「な……なにが――」
「貴様はわしを侮った。この想い、貴様の人生とをもって償ってもらうぞ」
すぐ隣に、怒ったパピーが見えた。
小さな、まさしく子犬のような「パピー」と同じ目線。
ウインたちには「本気で」走れと言われたけれど、突然現れたパピーが可愛いすぎて、その魔力に我慢できず「力を抜いて」走ってしまった。
その結果、パピーの怒りを買った。パピーは皆、プライドが高いのだ。もし、パピーのプライドを傷つけてしまったらどうなるのか?
このセカイに住む人たちのにとっては当たり前のことだが、奇しくも、ヒカルにその常識は持ち合わせていない。
パピーの逆鱗に触れてしまったヒカル。
彼は、パピーの呪いによって身体をパピーに変えられてしまったのだ。
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