30 / 94
第四章 迷い山の地下神殿
6
しおりを挟む
ドン!
破裂音が聞こえた。閉ざされた洞窟に音の振動が暴れまわったせいで、ヒカルやウインたちは思わず両耳を塞ぐ。
振動が聞こえる。
地面が揺れている。
パラパラ、と天井から砂ぼこりが落ちてくる。
「何が起きた!?」
隊長ブリーゲルが叫ぶ。
反応がない。
誰も答えない。
分からないからだ。
ただ一人を除いて――。
揺れる洞窟の中でヒカルの目に入ったもの――それは、大きな黄色い旗に火を着ける「マフラー」さんの泣き叫ぶ姿であった。
「黄金竜を倒せ!」
――黄金竜を倒せ。
「黄金竜を墜とせ!」
――黄金竜を墜とせ。
彼の持つ黄色の旗が、メラメラと炎に包まれる。
ヒカルには何が何だか分からない。
突然の破裂音と、未だに続く地響きの正体。加えて、「マフラー」とあだ名をつけた一人の兵士の奇行。
グラグラと揺れるのは足元だけではなく、思考も同じ。
だが、ヒカルを除く他の誰しもが、ブリーゲルやウイン、カリンダまでもが、揺れる足元と思考の中で一つの真実に気がついた。
裏切り者がいた。
それは、今朝に黄金竜を見た、と報告した兵士だ。
それは、朝から異様にブルブルと震えていた兵士だ。
それは、ヒカルが「マフラー」とあだ名をつけた兵士だ。
彼は今、黄色い旗に火を放った。無論、ヒカルにはこの行動の真意は分からない。だが、この世界に住む人々の中に知らない者はいない。
「黄金竜を倒せ! 黄金竜を墜とせ! 黄金竜を――」
オルストン、そしてノリータを含める黄金竜討伐派の共和国側の証明。黄色い旗を黄金竜に見立てて火を放つ。
真意をわからぬヒカルにも、黄色い旗を燃やす火が、パッチの炎とは違うことに気がついた。
憎しみや悲しみ。それらを含めた禍々しい思想の火だ。
天井が崩れてきた。兵士の足が大きな岩の下敷きになって、叫び声をあげる。
ブリーゲルとパッチが、瞬く間に「マフラー」さんへ飛びかかった。続いてウインも駆け出す。落ちてくる岩を器用に避けながら。
ブリーゲルの抜いた剣が、「マフラー」さんの腕を落とした。次いでパッチの正拳突き(ヒカルにはそう見えた)が腹に決まり、「マフラー」さんは後方へ飛ばされる。
まさに一瞬の出来事。腕を斬られ、殴り飛ばされた「マフラー」さんは、地面に倒れピクリとも動かない。
ブリーゲルもさることながら、ヒカルはパッチの見えないくらい早い突撃に驚いた。
開いた口と目がが塞がらないとはまさにこのことだ。
――こ、小熊のくせに……。
ブリーゲル、ウイン、それからパッチの二人と一匹は、倒れた「マフラー」さんではなく、足元で煙をあげる黄色い旗を見下ろして、いったい何を思っているのか。
恥、悔い、怒り、悲しみ。煙はそれらの感情をうまい具合に引き立てる。
地響きは止んだ。
岩の下敷きになった兵士を、他の兵士たちがなんとか助けようと躍起になっていた。
そして、ブリーゲル、ウイン、パッチが意識朦朧の「マフラー」を囲んでいた。
――何のためだ?
三人……いや、三人と一匹にヒカルが駆け寄り、耳に入ったウインの言葉。
恐ろしくも冷たくて、鋭い棘のある言葉だ。
ウインの見えない氷の剣が、虫の息である「マフラー」さんの喉元にそっと当てられた。
返答次第では、虫の息はすぐに止まる。
今にも飛びかかりそうなブリーゲルとパッチが囲んでいるのだから。
腕からは大量の血が溢れている。ヒカルはその生々しい状態を――この状況を察知して、酸っぱいものが汲み上げてきた。
――お前らは知らない。
血で喉を塞がれた「マフラー」さんの声はひどく聞き取りにくいものだった。
それでも、ヒカルは心に錨が突き刺さった気持ちになってしまった。
重たく錆び付いた錨。
きっと、ウインやブリーゲルの心にも刺さったのだろう。
彼らもまた「マフラー」さんの神妙な言葉にどう反応すれば良いのか分からない様子だった。
「人を……家族を失った悲しみ……憎しみを……お前たちは何にも分かっちゃいない!」
ヒカルの心に錨がどんどん食い込んでいく。ああ、この人もこの世界の被害者であったのだ。
「竜が憎い……。亡き同胞に約束したのだ。我々ノリータは必ず竜を討伐するのだと」
「お前はノリータの生き残りか? なら、昨日僕たちを襲った賊たちも、お前の駒って訳か」
ウインの問いかけに、「マフラー」さんはニヤリと笑みを浮かべるだけだった。
竜に襲われた大国ノリータ。先の戦争相手であるオルストンと同盟を組み、共和国として黄金竜の討伐を目指す国だ。
「お前らは知らないのだ! 目の前で妻を……子供を殺される悲しみを」
「マフラー」さんの声に、血と涙が混じり合う。
ヒカルは耳を塞ぎたかった。でも出来なかった。どうして? どの位置に立っていても、「マフラー」さんの言葉は真実だからだ。
目の前で家族を殺された男。憎しみや悲しみ。それらの負の感情がこの世界には溢れている。決して取り戻すことが出来ない幸せなのに、不幸の捌け口が復讐心となる悲劇の仕組みだ。
この世界には、悲劇に巻き込まれた人がいったいどれほどいるのだろうか。
「マフラー」さんの叫び声には、世界中の声が詰まっている気がした。だからこそヒカルは耳を塞げなかった。たった一人の男の言葉に、何千、何万もの真実が込められているのだから。
「この地下で、お前は何をしたのだ?」
いつの間にか剣を鞘に戻していたブリーゲルが、低い声で言った。
パッチは相変わらずメラメラと炎を燃やし続けてはいるけれども。
「入り口を爆破した」
ヒカルは咄嗟に降りてきた階段に目をやる。そこには大きな瓦礫が幾層にも重なっていて、人ひとり、少年バルでさえも通れないくらいの隙間しかない。
「竜神様を見たというは嘘なんだな?」
「マフラー」さんはさっきよりも大きく口を開けて笑って見せた。
口の中が真っ赤で、たらりと粘り気のある血が一筋溢れた。
「お前たち反逆者たちを閉じ込めるために。竜の子を閉じ込めるためにだ!」
力なき「マフラー」さんの首がぐるんと首をふる。その先――彼が見つめる一直線先には、伸びすぎた銀の前髪をした少女が立っている。
竜の子。それは共和国側からしたら忌むべき存在。黄金竜と共鳴し、不気味な黄色い眼を持って生まれてくる悪魔の子なのだ。
黄金竜と共鳴?
底の見えないこの世界の縮図を前にして、いや客観的な立場にいるからこそ、ヒカルの頭に一つの疑問が浮かんだ。
破裂音が聞こえた。閉ざされた洞窟に音の振動が暴れまわったせいで、ヒカルやウインたちは思わず両耳を塞ぐ。
振動が聞こえる。
地面が揺れている。
パラパラ、と天井から砂ぼこりが落ちてくる。
「何が起きた!?」
隊長ブリーゲルが叫ぶ。
反応がない。
誰も答えない。
分からないからだ。
ただ一人を除いて――。
揺れる洞窟の中でヒカルの目に入ったもの――それは、大きな黄色い旗に火を着ける「マフラー」さんの泣き叫ぶ姿であった。
「黄金竜を倒せ!」
――黄金竜を倒せ。
「黄金竜を墜とせ!」
――黄金竜を墜とせ。
彼の持つ黄色の旗が、メラメラと炎に包まれる。
ヒカルには何が何だか分からない。
突然の破裂音と、未だに続く地響きの正体。加えて、「マフラー」とあだ名をつけた一人の兵士の奇行。
グラグラと揺れるのは足元だけではなく、思考も同じ。
だが、ヒカルを除く他の誰しもが、ブリーゲルやウイン、カリンダまでもが、揺れる足元と思考の中で一つの真実に気がついた。
裏切り者がいた。
それは、今朝に黄金竜を見た、と報告した兵士だ。
それは、朝から異様にブルブルと震えていた兵士だ。
それは、ヒカルが「マフラー」とあだ名をつけた兵士だ。
彼は今、黄色い旗に火を放った。無論、ヒカルにはこの行動の真意は分からない。だが、この世界に住む人々の中に知らない者はいない。
「黄金竜を倒せ! 黄金竜を墜とせ! 黄金竜を――」
オルストン、そしてノリータを含める黄金竜討伐派の共和国側の証明。黄色い旗を黄金竜に見立てて火を放つ。
真意をわからぬヒカルにも、黄色い旗を燃やす火が、パッチの炎とは違うことに気がついた。
憎しみや悲しみ。それらを含めた禍々しい思想の火だ。
天井が崩れてきた。兵士の足が大きな岩の下敷きになって、叫び声をあげる。
ブリーゲルとパッチが、瞬く間に「マフラー」さんへ飛びかかった。続いてウインも駆け出す。落ちてくる岩を器用に避けながら。
ブリーゲルの抜いた剣が、「マフラー」さんの腕を落とした。次いでパッチの正拳突き(ヒカルにはそう見えた)が腹に決まり、「マフラー」さんは後方へ飛ばされる。
まさに一瞬の出来事。腕を斬られ、殴り飛ばされた「マフラー」さんは、地面に倒れピクリとも動かない。
ブリーゲルもさることながら、ヒカルはパッチの見えないくらい早い突撃に驚いた。
開いた口と目がが塞がらないとはまさにこのことだ。
――こ、小熊のくせに……。
ブリーゲル、ウイン、それからパッチの二人と一匹は、倒れた「マフラー」さんではなく、足元で煙をあげる黄色い旗を見下ろして、いったい何を思っているのか。
恥、悔い、怒り、悲しみ。煙はそれらの感情をうまい具合に引き立てる。
地響きは止んだ。
岩の下敷きになった兵士を、他の兵士たちがなんとか助けようと躍起になっていた。
そして、ブリーゲル、ウイン、パッチが意識朦朧の「マフラー」を囲んでいた。
――何のためだ?
三人……いや、三人と一匹にヒカルが駆け寄り、耳に入ったウインの言葉。
恐ろしくも冷たくて、鋭い棘のある言葉だ。
ウインの見えない氷の剣が、虫の息である「マフラー」さんの喉元にそっと当てられた。
返答次第では、虫の息はすぐに止まる。
今にも飛びかかりそうなブリーゲルとパッチが囲んでいるのだから。
腕からは大量の血が溢れている。ヒカルはその生々しい状態を――この状況を察知して、酸っぱいものが汲み上げてきた。
――お前らは知らない。
血で喉を塞がれた「マフラー」さんの声はひどく聞き取りにくいものだった。
それでも、ヒカルは心に錨が突き刺さった気持ちになってしまった。
重たく錆び付いた錨。
きっと、ウインやブリーゲルの心にも刺さったのだろう。
彼らもまた「マフラー」さんの神妙な言葉にどう反応すれば良いのか分からない様子だった。
「人を……家族を失った悲しみ……憎しみを……お前たちは何にも分かっちゃいない!」
ヒカルの心に錨がどんどん食い込んでいく。ああ、この人もこの世界の被害者であったのだ。
「竜が憎い……。亡き同胞に約束したのだ。我々ノリータは必ず竜を討伐するのだと」
「お前はノリータの生き残りか? なら、昨日僕たちを襲った賊たちも、お前の駒って訳か」
ウインの問いかけに、「マフラー」さんはニヤリと笑みを浮かべるだけだった。
竜に襲われた大国ノリータ。先の戦争相手であるオルストンと同盟を組み、共和国として黄金竜の討伐を目指す国だ。
「お前らは知らないのだ! 目の前で妻を……子供を殺される悲しみを」
「マフラー」さんの声に、血と涙が混じり合う。
ヒカルは耳を塞ぎたかった。でも出来なかった。どうして? どの位置に立っていても、「マフラー」さんの言葉は真実だからだ。
目の前で家族を殺された男。憎しみや悲しみ。それらの負の感情がこの世界には溢れている。決して取り戻すことが出来ない幸せなのに、不幸の捌け口が復讐心となる悲劇の仕組みだ。
この世界には、悲劇に巻き込まれた人がいったいどれほどいるのだろうか。
「マフラー」さんの叫び声には、世界中の声が詰まっている気がした。だからこそヒカルは耳を塞げなかった。たった一人の男の言葉に、何千、何万もの真実が込められているのだから。
「この地下で、お前は何をしたのだ?」
いつの間にか剣を鞘に戻していたブリーゲルが、低い声で言った。
パッチは相変わらずメラメラと炎を燃やし続けてはいるけれども。
「入り口を爆破した」
ヒカルは咄嗟に降りてきた階段に目をやる。そこには大きな瓦礫が幾層にも重なっていて、人ひとり、少年バルでさえも通れないくらいの隙間しかない。
「竜神様を見たというは嘘なんだな?」
「マフラー」さんはさっきよりも大きく口を開けて笑って見せた。
口の中が真っ赤で、たらりと粘り気のある血が一筋溢れた。
「お前たち反逆者たちを閉じ込めるために。竜の子を閉じ込めるためにだ!」
力なき「マフラー」さんの首がぐるんと首をふる。その先――彼が見つめる一直線先には、伸びすぎた銀の前髪をした少女が立っている。
竜の子。それは共和国側からしたら忌むべき存在。黄金竜と共鳴し、不気味な黄色い眼を持って生まれてくる悪魔の子なのだ。
黄金竜と共鳴?
底の見えないこの世界の縮図を前にして、いや客観的な立場にいるからこそ、ヒカルの頭に一つの疑問が浮かんだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
魔物集うダンスパーティー
夕霧
ファンタジー
配信企画で作った作品をこちらでも掲載しようと思います。
フリー台本なので、使用していただいて構いません。一言使いますと言っていただけると嬉しいです。
アレンジなどはセリフ改変ない限りOKです
さっさと離婚に応じてください
杉本凪咲
恋愛
見知らぬ令嬢とパーティー会場を後にする夫。
気になった私が後をつけると、二人は人気のない場所でキスをしていた。
私は二人の前に飛び出すと、声高に離婚を宣言する。
輝夜坊
行原荒野
BL
学生の頃、優秀な兄を自分の過失により亡くした加賀見亮次は、その罪悪感に苦しみ、せめてもの贖罪として、兄が憧れていた宇宙に、兄の遺骨を送るための金を貯めながら孤独な日々を送っていた。
ある明るい満月の夜、亮次は近所の竹やぶの中でうずくまる、異国の血が混ざったと思われる小さくて不思議な少年に出逢う。彼は何を訊いても一言も喋らず、身元も判らず、途方に暮れた亮次は、交番に預けて帰ろうとするが、少年は思いがけず、すがるように亮次の手を強く握ってきて――。
ひと言で言うと「ピュアすぎるBL」という感じです。
不遇な環境で育った少年は、色々な意味でとても無垢な子です。その設定上、BLとしては非常にライトなものとなっておりますが、お互いが本当に大好きで、唯一無二の存在で、この上なく純愛な感じのお話になっているかと思います。言葉で伝えられない分、少年は全身で亮次への想いを表し、愛を乞います。人との関係を諦めていた亮次も、いつしかその小さな存在を心から愛おしく思うようになります。その緩やかで優しい変化を楽しんでいただけたらと思います。
タイトルの読みは『かぐやぼう』です。
※表紙イラストは画像生成AIで作成して加工を加えたものです。
悪役女王に転生したので、悪の限りを尽くします。
月並
ファンタジー
友達がやっていた恋愛シュミレーションゲームの悪役女王に転生した、女子高校生のすみれ。自分が生き残るため、そして死に際に抱いた後悔のため、彼女は絶対的権力を使って悪政を強いる。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~
美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。
貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。
そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。
紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。
そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!?
突然始まった秘密のルームシェア。
日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。
初回公開・完結*2017.12.21(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.02.16
*表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる