黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第二章 大都市オルストン

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「黄金竜だ!!」

 ピン、と嘘のように静まり返った戦場で誰かが叫ぶ。同時に、先程までの怒号よりもさらに大きな叫び声がいっせいに広がる。

――逃げろ!
――竜が来たぞ!

 黄金竜の突然とも言える出現に、大通りは逃げ惑う兵士たちでパニックになった。
 皆武器を捨て、鎧を捨て、まるで蟻のようにあちらこちらへと走り回る。

 中には武器を握りしめて黄金竜を睨み付ける者もいた。
 膝をつき、両手を広げて「祈り」を捧げる者もいた。

「竜神さま?」

 震えの治まったバルが後ろで呟く。ヒカルは原付バイクに座ったまま、ただ見上げるばかり。

 白い光線が見えた。

 黄金竜の口から放たれたそれは、大都市オルストンを両断する。光線の赤い焼き筋が地面に浮かび上がり、そして――大きな爆発へ。

 黄金竜の一撃。たったそれだけで、大都市は半壊した。
 月まで達する炎が、一瞬にして町を包む。

 ヒカルは魅入っていた。
 爆炎を背にしてもなお、美しくも雄大に輝く黄金竜に。

 両翼を大きく広げ、燃える夜空に佇む黄金竜。ヒカルも分かった気がした。この世界の人々が神として崇め、災厄を降り注ぐ魔物になった今でも信仰をやめない理由を。

 それほど、かの黄金竜は輝いているのだ。

「逃げなきゃ!」

 バルの言葉に、今度はヒカルが正気に戻された。
 黄金竜から何かが降ってくる。鱗だ。それも一つだけではなく、一見しただけでも何十個と。

 燃えた地面に次々と鱗が突き刺さる。直撃し崩壊する家、落下の衝撃で吹き飛ぶ兵士たちもいた。
 逃げる者。武器を離さない者。鱗が落ちてきても「祈り」を止めない者。前後右左の無くなった大通りは、戦場だったときよりも大きな混沌が渦を巻く。

 まるで台風だ。敵味方関係なく全てを飲み込んでいく。

 落下した鱗たちは、まるで孵化したかのようにたちまち変形し、羽の映えた虫になった。
 人間大の黄金蜂。しかも大群だ。
 蜂たちは宙を飛び回り、無差別に人々を捕まえていく。

 ヒカルとバルの頭上を、黄金蜂に捕まった兵士が通り過ぎていく。手を降り、足をバタつかせているのが見える。

 そしてグチャリ。
 上空で蜂の足から抜け出した兵士が、二人のすぐ近くの屋根に落ちた。屋根にかかる真っ赤な血を見て、バルは「ひぃ」と悲鳴を上げた。

「捕まれ!」

 返事を待たずして、ヒカルは原付バイクのアクセルを最大に回す。

 前輪が思わず上がるがお構い無し。バルを後ろに乗せたヒカルは、そのままトップスピードで裏路地を引き返す。

 大通りを背中に、狭い路地裏を抜けていく。ウインカーなんていらない! 左はもともと壊れてるのだから。

 町のあちこちから爆発音が聞こえた。

 右へ曲がり左へ曲がる。円上の大都市の中心から外周へ。どこに逃げれば良いとは考えない。戦争が起きて、黄金竜の鱗が落ちた大通りから出来るだけ遠くへ!

 途中、二人の上を黄金蜂が追い抜いていく。中には、先ほどのように連れている者もあった。

 いったいどこへ連れていかれるのか。いつ落とされてしまうのか。ぐちゃり、と落ちた兵士を思い出すと、考えただけでゾッとする。

 顔に熱風が当たる。焦げ臭い匂いもする。喉が乾いた。汗が目に入ってしみる。

 かの黄金竜は、炎を纏っているのかのように、燃える大都市をいまだに見下ろしていた。

「ねぇ! 光ってるよ!」

 バルに言われて気がついた。腰に着けた黄金の懐中時計だ。紅く、そして淡く光っているではないか。

 まるで使ってくれ、と言わんばかりに。

 ハンドルを握りながら、ヒカルは懐中時計に左手を伸ばす。危ない! 危うく家の壁に激突するところだった。
 風が頬を切る。原付バイクの後ろから何かが追い越していく。

 瞬間――あれ? 浮いてる?

 どうして……。石の地面が遠くなる。バルと倒れた原付バイクが小さくなっていく。宙ぶらりんの足。何かが背中にへばりついている。

「待ってぇ!!」

 バルの叫び声が微かに聞こえた。

 気がついたときにはもう遅かった。ヒカルは、鱗である黄金の蜂に連れ去られてしまったのだ。




(第三章へつづく――)
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