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第二章 大都市オルストン
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買い物をしつつ、町の中を二人は歩き回った。
この世界では珍しい原付バイクを押しながらではあるけれども。
高い展望塔にも登った。
綺麗に整った円形の町並みが米粒ほど小さく見える。地平線への景色も絶景。ヒカルは意外と海が近いことに驚いた。
この世界でも海は青い。なぜだか、ヒカルは叫びたくなった。
黄金竜のいるこの世界。まだ時間や日にちは少ないけれど、ヒカルは日常ではあり得ないようなたくさんの経験をしてきた。
絶え間なく襲い掛かる脅威から逃げ、ようやくため息をつくことができるくらいの余裕が生まれてきたのだ。
「ヤッホー!」
欄干から身を乗り出して、ヒカルは海に向かって叫ぶ。
「急にどうしたの!?」
「ごめん。間違った」
そうだった。ヤッホー! は山だった。
驚く見物客やバルたちなんかお構いなしに、ヒカルの顔には澄んだ笑顔が広がった。
大都市オルストンにはたくさんの人がいる。活気もあれば、青年一人の心にかかった不安の雲を晴らすくらい、どうってことない。
他にも食料の補充と、「久しぶりにふかふかのベッドで寝たい」というヒカルの案で、宿も探した。
紙とペンも買った。工具や、麻の袋をまとめて入れられるようなリュックも手に入れた。
一日中歩き回っても、銀硬貨は一枚も減っていない。リンゴ代のお釣りもまだまだたくさん残っている。残念ながらガソリンスタンドは見つからなかったけれども。
大都市という異名を持つ町の中でも、原付バイクどころか自転車さえ見つける事が出来なかった。
船も手漕ぎだ。もしかしたらこの世界には機械という自動の物がないのかと、ヒカルは薄々と感じ始めていた。
原付バイクを初めて見たリオンやバル、オルストンの人々の不思議そうな視線からして、きっとそうなのだろう。
まさに中世のヨーロッパだ。
買い物だけではなく、もちろん、バルの就職活動もした。
骨が折れる、というよりも、心が折れそうだ。どこに行っても門前払い。まだまだ小さな少年を雇う暇など、どこにもないのだ。
今日はもう終わりしよう。あそこで最後にしよう。そう決めて入った酒場に、なんとまあ奇遇な縁が落ちていた。
「気に入った!」
店主であるおっさんの一言目はそれだった。
「俺んとこはみんな逃げちまったから人手に困ってんだ。黄金竜が来る。戦争が起きるって言って。だらしがねえ」
坊主頭のおっさん。いや、おじさまの計らいで、奇跡的に仕事先を見つけることが出来たのだ。
「ただし、子どもだからって気を遣わねえぜ。酒場っつっても、力仕事だ。重たい酒を運んだり、常に店を綺麗にしておかないといけない。ちょっとでも弱音を吐いたら、ケツぶった叩くからな!」
「大丈夫だよ、おじさん! 僕、力持ちだよ。お化けの蛇からも逃げきったんだからさ!」
「本当か? ガハハハハ! そいつは大したもんだ」
大口をあけての高笑い。おじさまもバルをすっかり気に入ってくれたようだ。
夕食もそこで済ました。
おじさまの計らいで売れ残った肉を特別にごちそうしてくれたりもした。豪快というかなんというか。これなら普通の人はもたないな、とヒカルは思った。
「よろしくお願いします。おじさん」
「おい! 俺のことはマスターって呼べよ」
「はい。マスター!」
去り際に握手を交わすほど、二人は意気投合していた。悪い人ではない。それだけはヒカルも分かって安心した。
お腹いっぱいで動き辛い。二人はよろよろと、泊まる宿へと夜の小道を歩く。家と家の間から、満月の月が見えた。
二人の間にあった談笑の声が徐々に少なくなっていき、ついには沈黙に変わった。心地良い疲れのものじゃない。繊細で、少しでもつつくと破れて飛んで行ってしまいそうな沈黙だった。
「僕、ちゃんと働けるかな?」
そして、バルがぽつりとこぼした。
「そうやって心配するより、胸を張って堂々しとけよ」
「うう……」
「バルなら大丈夫だ。俺が保証してやるから」
ヒカルはバルのくせ毛頭をくしゃくしゃと撫でてやった。
バルは返事をしなかった。気が付けば鼻をすする音がする。そんなに心配なのか、とヒカルは立ち止まってバルの顔を覗き込む。
「元気だせよ。無事仕事も見つかっただろ? マスターも良い人じゃないか」
「……君も、旅を続けるんでしょ?」
ヒカルはドキリとした。
「一緒に仕事を探してくれたけれどさ。仕事が見つかったから、もうお別れだよね?」
夜はノスタルジーになる。青白く、幻想的な光で照らされた路地裏を歩くときなんかは特に顕著だ。
バルの丸い鼻が赤くなっていた。
もしかしたら、バルは仕事なんか見つからなくても良い、見つかって欲しくないと思っていたのかもしれない。
そんなバルの赤っ鼻を、ヒカルはおもむろにつまんでみせた。
「いだだだ……何するんだ!?」
涙目で怒るバルをみて、ヒカルはニコリと笑う。
「約束する。バルが仕事に慣れるまで、友達が出来るまで、俺はこの町に居るよ」
「本当に?」
「本当だ。 ずっと一緒とは言えないけれど、バルが一人でも大丈夫になるまでは俺もこの町で暮らすよ」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃないよ」
嘘じゃないさ――
もうバルを独りぼっちにしないよ。
この世界では珍しい原付バイクを押しながらではあるけれども。
高い展望塔にも登った。
綺麗に整った円形の町並みが米粒ほど小さく見える。地平線への景色も絶景。ヒカルは意外と海が近いことに驚いた。
この世界でも海は青い。なぜだか、ヒカルは叫びたくなった。
黄金竜のいるこの世界。まだ時間や日にちは少ないけれど、ヒカルは日常ではあり得ないようなたくさんの経験をしてきた。
絶え間なく襲い掛かる脅威から逃げ、ようやくため息をつくことができるくらいの余裕が生まれてきたのだ。
「ヤッホー!」
欄干から身を乗り出して、ヒカルは海に向かって叫ぶ。
「急にどうしたの!?」
「ごめん。間違った」
そうだった。ヤッホー! は山だった。
驚く見物客やバルたちなんかお構いなしに、ヒカルの顔には澄んだ笑顔が広がった。
大都市オルストンにはたくさんの人がいる。活気もあれば、青年一人の心にかかった不安の雲を晴らすくらい、どうってことない。
他にも食料の補充と、「久しぶりにふかふかのベッドで寝たい」というヒカルの案で、宿も探した。
紙とペンも買った。工具や、麻の袋をまとめて入れられるようなリュックも手に入れた。
一日中歩き回っても、銀硬貨は一枚も減っていない。リンゴ代のお釣りもまだまだたくさん残っている。残念ながらガソリンスタンドは見つからなかったけれども。
大都市という異名を持つ町の中でも、原付バイクどころか自転車さえ見つける事が出来なかった。
船も手漕ぎだ。もしかしたらこの世界には機械という自動の物がないのかと、ヒカルは薄々と感じ始めていた。
原付バイクを初めて見たリオンやバル、オルストンの人々の不思議そうな視線からして、きっとそうなのだろう。
まさに中世のヨーロッパだ。
買い物だけではなく、もちろん、バルの就職活動もした。
骨が折れる、というよりも、心が折れそうだ。どこに行っても門前払い。まだまだ小さな少年を雇う暇など、どこにもないのだ。
今日はもう終わりしよう。あそこで最後にしよう。そう決めて入った酒場に、なんとまあ奇遇な縁が落ちていた。
「気に入った!」
店主であるおっさんの一言目はそれだった。
「俺んとこはみんな逃げちまったから人手に困ってんだ。黄金竜が来る。戦争が起きるって言って。だらしがねえ」
坊主頭のおっさん。いや、おじさまの計らいで、奇跡的に仕事先を見つけることが出来たのだ。
「ただし、子どもだからって気を遣わねえぜ。酒場っつっても、力仕事だ。重たい酒を運んだり、常に店を綺麗にしておかないといけない。ちょっとでも弱音を吐いたら、ケツぶった叩くからな!」
「大丈夫だよ、おじさん! 僕、力持ちだよ。お化けの蛇からも逃げきったんだからさ!」
「本当か? ガハハハハ! そいつは大したもんだ」
大口をあけての高笑い。おじさまもバルをすっかり気に入ってくれたようだ。
夕食もそこで済ました。
おじさまの計らいで売れ残った肉を特別にごちそうしてくれたりもした。豪快というかなんというか。これなら普通の人はもたないな、とヒカルは思った。
「よろしくお願いします。おじさん」
「おい! 俺のことはマスターって呼べよ」
「はい。マスター!」
去り際に握手を交わすほど、二人は意気投合していた。悪い人ではない。それだけはヒカルも分かって安心した。
お腹いっぱいで動き辛い。二人はよろよろと、泊まる宿へと夜の小道を歩く。家と家の間から、満月の月が見えた。
二人の間にあった談笑の声が徐々に少なくなっていき、ついには沈黙に変わった。心地良い疲れのものじゃない。繊細で、少しでもつつくと破れて飛んで行ってしまいそうな沈黙だった。
「僕、ちゃんと働けるかな?」
そして、バルがぽつりとこぼした。
「そうやって心配するより、胸を張って堂々しとけよ」
「うう……」
「バルなら大丈夫だ。俺が保証してやるから」
ヒカルはバルのくせ毛頭をくしゃくしゃと撫でてやった。
バルは返事をしなかった。気が付けば鼻をすする音がする。そんなに心配なのか、とヒカルは立ち止まってバルの顔を覗き込む。
「元気だせよ。無事仕事も見つかっただろ? マスターも良い人じゃないか」
「……君も、旅を続けるんでしょ?」
ヒカルはドキリとした。
「一緒に仕事を探してくれたけれどさ。仕事が見つかったから、もうお別れだよね?」
夜はノスタルジーになる。青白く、幻想的な光で照らされた路地裏を歩くときなんかは特に顕著だ。
バルの丸い鼻が赤くなっていた。
もしかしたら、バルは仕事なんか見つからなくても良い、見つかって欲しくないと思っていたのかもしれない。
そんなバルの赤っ鼻を、ヒカルはおもむろにつまんでみせた。
「いだだだ……何するんだ!?」
涙目で怒るバルをみて、ヒカルはニコリと笑う。
「約束する。バルが仕事に慣れるまで、友達が出来るまで、俺はこの町に居るよ」
「本当に?」
「本当だ。 ずっと一緒とは言えないけれど、バルが一人でも大丈夫になるまでは俺もこの町で暮らすよ」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃないよ」
嘘じゃないさ――
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