黄金竜のいるセカイ

にぎた

文字の大きさ
上 下
3 / 94
第一章 黄色い目をした少女

しおりを挟む
「中で待っています。大槻ヒカル様」



 ドキリとした。
 自分の名前が書かれているからではなく、この廃墟の中には誰かが居て、逃げてもきっと追いかけてくるに違いない、と確信できたからだ。

 原付バイクのエンジンを切る。逃げられない――ヒカルは意を決して、ギイと嫌な音が鳴る鉄の玄関を開けたのだ。

 廃墟の中は、外から見るより綺麗なままであった。
 埃は積もっているけれど、家具や窓ガラスもそのままで、人が住めないような状態では決してない。玄関には、扉が一つと奥へと続く廊下がある。ヒカルは、箱を脇に抱えながら、

「すみません」

 反応はない。ヒカルは腕時計をちらと見た。これも自分で拵えた自信作だ。美しい白の文字盤に、淡い青色の針が、ちょうど一一時を指していた。

 南向きの窓が多いためか、廃墟の中は薄暗く肌寒い。影がいたるところに落ちていて、世界の色を奪っている。

「すみません!」

 今度は少しだけ、ほんの少しだけ大きな声を出してみた。それでも、返事はなかった。

 どうしよう。
 玄関から身動きが取れなくなったヒカルは、いっそのこと箱を開けてしまおうかと考えてみた。じっと箱をみつめてみる。これがただのびっくり箱で、おじいちゃんおばあちゃんたちの悪戯だったら、と想像してみた。箱を振ってみると、カラカラと音がした。そして、チクチクチク、と音が聞こえ始めたではないか。

 自動巻き時計の音だ、とヒカルはすぐに気が付いた。中には時計が入っている! 

 拳銃ではないと分かって、ヒカルの心の重りは半分くらい落とされた。でも、まだ安心できない。この時計を必ず届けなくては、と時計職人としての熱が出てきたのだ。慣れしたんできた時計がここにいる。それだけで、ヒカルはまるで最強の武器を手に入れたかのような、最強の助っ人が登場したかのような気持になることができた。

 大好きな時計を前にしては、どうして指定された場所が廃墟だったのか、という疑問は重りと一緒に消えてしまう。
 やがて、ヒカルはあることに気が付いた。

  埃の被った廊下に、微かではあるけれど足跡があることに。足跡は奥の廊下へと続いている。ヒカルは、その足跡をたどって、薄暗い廃墟の奥へと進んでいった。

 廊下の奥には、何もない八畳の座敷が広がっていた。南向きの窓からは日光が入り込んでいて、空中に舞う埃とを照らし、綺麗な光の筋が出来ている。畳の上にも、窓の形の光が浮いている。

 足跡はそこで終わっていた。
 呆気に取られてしまったヒカルは、何もないはずの和室をぐるぐる回ってみたけど、何も起こらなかった。隠し部屋があるのかとも考えた。畳を剥がそうとしたり、壁を叩いてみたりしたけれど、何も見つからない。

 はあ、とため息をひとつ。
 すると、家の外からガシャンと音がした。何事かと耳をすましてみると、なんと切ったはずの原付バイクのエンジンがかかっているらしい。

 まさか! そう思ってポケットの中に手を入れてみる。

「差しっぱなしだ……」

 ヒカルは慌てて来た廊下を駆け抜けた。しかし、どうにもおかしい。短い廊下のはずが、嫌に長く感じる。いくら走っても廊下が終わらない。むしろ長くなっている気もしたのだ。

「なんだこれ!?」

 バイクが盗まれてしまうのではないかという不安もあったけれど、不気味に伸びた廊下から出られない恐怖がヒカルを襲う。どんどん走るスピードが速くなる。息も上がってきた。しまいに、足がもつれてしまって、ヒカルは転んでしまった。拍子に持っていた箱が飛ばされる。再び箱の中からチクチク、と再び音が聞こえてきた。

 時計は無事かと箱を拾い上げてみると、さっきとは違い、秒針の音がどんどん早くなっていく。

 チクチクチク……が、チチチ……と。
 まるで時間が加速しているかのようで、チー……と、絶え間ない音が出るようになってきた。

  秒針が遅れることはあっても、早くなることはほとんどない。それはヒカルもちゃんと知っている。だが、しばらくして、今度はチクチクチク……、と正常な間隔に戻っていった。

「なにが起こってるの?」

 そして、さっきまで永遠に近く続いてはずの廊下の出口が、すぐ目の前にあることにヒカルは気が付いた。
 伸びた廊下。急加速した時計の音。朝から多くの謎を詰め込まれたヒカルの頭は、すでにパンクしてしまっていて、何も考えることが出来ないまま、廊下を出た。

 だからこそなのかも知れない。ヒカルが目の前の、本日最大の謎の光景を目にして、一つも驚くことができなかったのは。

 廊下を抜けた先――そこは、影のおちた玄関ではなく、ただの草原が広がっていたのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

家族全員異世界へ転移したが、その世界で父(魔王)母(勇者)だった…らしい~妹は聖女クラスの魔力持ち!?俺はどうなんですかね?遠い目~

厘/りん
ファンタジー
ある休日、家族でお昼ご飯を食べていたらいきなり異世界へ転移した。俺(長男)カケルは日本と全く違う異世界に動揺していたが、父と母の様子がおかしかった。なぜか、やけに落ち着いている。問い詰めると、もともと父は異世界人だった(らしい)。信じられない! ☆第4回次世代ファンタジーカップ  142位でした。ありがとう御座いました。 ★Nolaノベルさん•なろうさんに編集して掲載中。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

ブラフマン~疑似転生~

臂りき
ファンタジー
プロメザラ城下、衛兵団小隊長カイムは圧政により腐敗の兆候を見せる街で秘密裏に悪徳組織の摘発のため日夜奮闘していた。 しかし、城内の内通者によってカイムの暗躍は腐敗の根源たる王子の知るところとなる。 あらぬ罪を着せられ、度重なる拷問を受けた末に瀕死状態のまま荒野に捨てられたカイムはただ骸となり朽ち果てる運命を強いられた。 死を目前にして、カイムに呼びかけたのは意思疎通のできる死肉喰(グールー)と、多層世界の危機に際して現出するという生命体<ネクロシグネチャー>だった。  二人の助力により見事「完全なる『死』」を迎えたカイムは、ネクロシグネチャーの技術によって抽出された、<エーテル体>となり、最適な適合者(ドナー)の用意を約束される。  一方、後にカイムの適合者となる男、厨和希(くりやかずき)は、半年前の「事故」により幼馴染を失った精神的ショックから立ち直れずにいた。  漫然と日々を過ごしていた和希の前に突如<ネクロシグネチャー>だと自称する不審な女が現れる。  彼女は和希に有無を言わせることなく、手に持つ謎の液体を彼に注入し、朦朧とする彼に対し意味深な情報を残して去っていく。  ――幼馴染の死は「事故」ではない。何者かの手により確実に殺害された。 意識を取り戻したカイムは新たな肉体に尋常ならざる違和感を抱きつつ、記憶とは異なる世界に馴染もうと再び奮闘する。 「厨」の身体をカイムと共有しながらも意識の奥底に眠る和希は、かつて各国の猛者と渡り合ってきた一兵士カイムの力を借り、「復讐」の鬼と化すのだった。 ~魔王の近況~ 〈魔海域に位置する絶海の孤島レアマナフ。  幽閉された森の奥深く、朽ち果てた世界樹の残骸を前にして魔王サティスは跪き、神々に祈った。  ——どうかすべての弱き者たちに等しく罰(ちから)をお与えください——〉

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?

Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」 私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。 さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。 ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?

処理中です...