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4、思い出の遊園地

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 鈴と出会って、3週間程経った。つまり、僕が幽霊になって3週間。相変わらず僕が何かを思い出すことは無く、空からの迎えも無かったが、それでも良いような気がしてきていた。
 毎日、鈴と歩き回る。いろんな場所で話を交わして、深夜は無邪気に遊ぶ。時には意味もなく睡眠をとったりもするが、それも2人なら楽しかった。
 たかが3週間。されど3週間だ。朝から晩まで、離れることなく、話題が尽きることもなく一緒にいた。とある感情が湧いているのは、もう自覚済みだった。

 今日は珍しく、駅に来ている。普段は街の中にいるが、特別、電車に乗って街の外に出ようと言う。

「そんなに遠くまで行くの?」
「うーん、1時間くらいで着くよ」
「一体どこに行くの」
「遊園地。隣の県にある、そんなに賑やかじゃないところ!」

 なんでわざわざ、とは言えなかった。電車を待つ鈴の瞳が、僕よりもっと先の、遠い何処かを見ていた。暫く互いに無言になってしまった。しかしすぐに電車は着き、ぱらぱらと乗り込む人々の後を追って僕達も乗る。
 ドアのすぐそばに立った鈴の、向かい側に立つ。いつもと違う様子で、話しかけられない。仕方なく、流れていく景色に目を向けたところで、鈴が小さく呟き始めた。

「8年もの間、一度も忘れなかった思い出があるの。いつだったかまでは覚えていないけれど、家族で行った遊園地、ずっと覚えてる」

 僕は一瞬、返答に詰まってしまった。軽く流せない雰囲気に、声が出なかった。鈴は構わず、呟き続ける。

「すごく小さな遊園地でね、アトラクションも正直、しょぼいし。売店で売ってたフライドポテトは味がなかったし」

 もしかしたら、僕の返答を必要としていないのかもしれない。決して目は合わされない。寂しげな声色だが、何かを愛おしむような物言いをしてた。

「でもね、楽しかったの。私、初めての遊園地で、最後の遊園地だった。幸せだったんだ」

 そこまで言い終えると、ゆっくりと視線を僕の方へずらしてきた。つい逸らしそうになって、耐える。視線が交わると、鈴のいつもの、柔らかで楽しそうな笑顔になった。

「なーんてね! ちょっと、しんみりした?」

 またも返答に詰まる。今度は、雰囲気に飲まれたと言うよりかは、すぐに理解できなかったからだった。
 悪戯っ子のように鈴が笑っている。

「今のは、鈴の作り話、なの?」
「ふふ、話はほんと! でも、悲しそうに言ったのはわざと!」

 溜息が溢れた。こういうところがあるから、面白いというか、困るというか。自慢気な目で僕をじっと見つめている鈴に、ふと心臓が大きくドクンと跳ねた。
 鈴が可愛い。そのせいで最近、よく心臓が煩く鳴る。今も、またか、としか思わなかった。音が全身を支配し、鼓動の回数が増えていく。

 先日のように、ゆっくり深呼吸をして落ち着こうとした。もう僕から視線を外した鈴を横目に、静かに深く息を吸った。その時だった。

「……ゔっ」

 ゾンビのような声が喉から出た。と同時に、胃から内容物がせり上がってきた。頭は金槌で休みなく叩かれているように痛い。突然の半端ない吐き気と頭痛に、その場で力無くうずくまる。

「あおっち、どうしたの!」

 鈴の声が曇って聞こえる。慌てているように思えるが、気遣って、笑って誤魔化す余裕もない。とにかく、吐かないように自分自身と格闘することで精一杯だった。
 あまりにも急すぎて、意識が朦朧としてくる。鈴が何か声をかけてくれているようだが、聞き取ることすら困難になった。

 電車の速度が緩まり、完全に止まると、鈴が力強く腕を引っ張ってきた。少しだけ肩に寄りかからせてもらいながら、駅のホームに降りる。体調は改善する気配なく、呼吸が浅い。
 降りたその場で再びうずくまると、鈴が何かを言いながら背中をさすってくれた。これ以上迷惑かけるわけにいかないと、無理やり深呼吸を繰り返す。その度に絶大な吐き気と、そしていよいよ目眩にも襲われたが、なんとか鈴とやり取りができるまでには回復した。

「ごめん……なんか、急に……具合、悪くなって」
「私は気にしないで! ここで少し休んで良くなったら、街に戻ろう」
「でも、遊園地、行こうよ……」
「遊園地なんかまた行けばいいよ。そんなことよりも、早く街に帰って休んだほうが絶対良いから!」

 折角、鈴が行こうとしていたのに、僕のせいで中止になってしまう。そんなのは駄目だ。言葉に甘えて頷きそうになってしまったが、どうにか首を横に振った。

「……じゃあ、鈴だけでも」
「私、幽霊になってから遊園地行ったことないの。だって、1人じゃつまらないから!」

 それが本当かどうかは確認できないが、この言葉はすっと胸に入ってきた。またの機会に、絶対に行くとしよう。今は、早く回復しなければ。

 ホームの椅子まで移動する。重い体で腰掛けると、視界がぐらりと回った。目頭を押さえて下を向く。なんで、こんなことに。
 懸命に背中をさすってくれる鈴に、莫大な有り難みを感じた。多分、僕だけだったら幽霊なのに死んでいたに違いない。迷惑をかけて本当に申し訳ないが、体調が良くなるまでは甘えることにした。





「……ごめん、本当に。僕のせいで行けなくて……」
「気にしないでってば! また今度、一緒に行こうよ!」

 暫く休んで回復した僕と鈴は、電車に乗ってきた道をのんびりと歩いて、街に戻っていた。歩いて帰るには相当の時間がかかるが、他に何か目的もなかった僕達には、これがいい暇潰しになる。
 結論から言うと、僕が具合悪くなったのは、電車酔いじゃないか、ということになった。幽霊になってから初めて電車に乗ったので、生前とは感覚に差があり、酔ってしまったのではないか、と。
 実際、その結論が正しいのかは自分でもよく分からないが、とりあえず、回復はして良かった。あのまま回復しなかったら、絶対にお迎えが来ていた。絶対に、だ。

「ねぇ、ちょっとワガママ聞いてくれる?」

 僕達と共に、ゆっくりと進んでいく雲を眺めながら歩いていると、隣から恐る恐る尋ねられた。先程の罪悪感もあるし、体調も悪くないので聞く以外の選択は無い。視線を鈴の方にずらして、話を聞いてみる。

「これから、あおっちの家に行きたいなぁ~」
「えっ、家!? ……いいけど、何もないよ」
「行ってみたいなぁって思っただけ! 連れてって~!」

 まさか、家に来たいなど言われるとは思わなかった。しかし特に断る理由も無く、街に戻ったらそのまま僕の家に案内することになった。
 鈴と話が弾んでいるうちに日は暮れ出し、思ったよりも早く街に戻ることも出来た。何が楽しみなのか、いつもより興奮した様子で僕の隣を歩いている。家に着いた時には、飛び上がって喜んでいた。本当に、何が楽しみなのか。

「お邪魔しまぁ~す……」

 こそこそと静かに玄関を通り抜ける鈴。おもてなしは深夜にならないと不可能なので、自室に招待して、好きなように物色してもらう。本棚や机の上を見終わった後、鈴は満足げにベットの上に腰掛けた。その様子に苦笑いして、鈴と人2人分離れてベッドに座る。

「なんか、年頃の男の子っていうもの、なーんにも無いんだねぇ……」
「悪いけど僕は持ってないよ。期待してた?」
「ううん、ほっとした!」
「なんだよ、それ」

 訳の分からない返答に、苦笑いを繰り返す。窓から差し込んでくる夕日が、僕達を薄暗く照らしている。

 そう、窓に目を移して一拍置いたその隙に、鈴が間を詰めてきた。思わず逃げようとして、裾をぎゅっと掴まれる。
――ちょっと、まってよ。
 どういう意図か知らないけど、上目遣いでじっと見つめられると、正直厳しい。一瞬で早くなった鼓動が全身に鳴り響く。お願い、喋って。

 可愛い。反則だ。頭がぐるぐると、変な思考で埋めつくされてしまいそうになる。決して手は出さない。だけど、この距離は耐えられない。
 再び逃げようとするが、裾を掴んで離さない。突然、一体なぜ、こんなことをしてくるのか。僕を捉え続ける瞳に、胸が苦しくなる。その苦しさを吐き出すように、小さく口を開けた時、鈴も同時に口を開いた。

「好き、だよ」
「あおっち、好き」

 短い発言の後、意味深な沈黙が、僕に重くのしかかる。何を考えたら良いか分からず、答えられなかった。それは、鈴に好意がないから、ではなくて。
 緊張に緊張を厚塗りし過ぎた。体は動かないし、頭は真っ白だし、息さえできてる自覚がない。このまま、死にそう。死んでるけれど。

 鈴と交じり合う視線を解いて、か細く深呼吸をした。手先が震えている。正直、鈴から言われるとは思わなかった。こんなに積極的だとは。
 またも、か細い深呼吸をすると、しっかりと鈴に目を合わせる。無下にはできない。というか、したくない。折角鈴から言ってくれたなら、変に意地を張らずに僕だって応えたい。

「僕も、好きだよ」

 丁寧に、言葉を放つ。瞬間、鈴の頬は燃え上がるように赤く染まり、勢いよく目を逸らされた。もしかして、冗談だった、なんてことは……無いよね?
 今度は僕が待たされる形になり、右手を胸に添えた鈴が、大きく深呼吸をしている。耳まで赤くなっているように見えるのは、夕日のせいか否か。僕の顔色を伺うように、ちらちらとこちらを見てきた。

「……じゃ、じゃあ……恋人、になる……?」
「そうだね。――付き合おう」

 先程よりも格段に冷静を装って鈴に返した。だが僕の心臓は相変わらず、爆音で全身に鳴り響いていた。もしかしたら、顔色でバレているかもしれない。顔が燃えている感覚がある。
 そして、照れながら、でも嬉しそうに。今まで見たことのない、ふにゃっとした笑顔で、鈴は笑って頷いた。

「これから、宜しくお願いします……!」

 幽霊同士の、なんとも奇妙な恋人関係が、始まった。
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